第17話 役に立たない才能
翌朝。
フィオナは、いつもより少し早く冒険者ギルドへ来ていた。
待ち合わせ場所は、ギルドの入口。
昨日、アルベルトと約束した時間よりも十五分早い。
「……まだ来てない」
辺りを見回す。
当然だ。
自分が早く来すぎただけなのだから。
「……落ち着かないな」
昨日までは、一人で依頼を受けるのが当たり前だった。
それなのに今日は、誰かと一緒に依頼へ行く。
しかも、その相手は昨日初めて会ったばかりのアルベルト。
「……ちゃんと役に立たないと」
小さく呟いた、そのとき。
「おはよう」
「ひゃっ!」
背後から声をかけられ、フィオナは飛び上がった。
「……アルベルトさん」
「そんなに驚くか?」
「す、すみません」
「いや、謝らなくていい」
アルベルトは苦笑した。
「待たせたか?」
「いえ! 私が早く来ただけです」
「そうか」
アルベルトはフィオナを見る。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
二人はギルドを出た。
今回の依頼は、森の浅い場所に生えている薬草の採取。
危険度は低い。
フィオナ一人でも受けられる程度の依頼だった。
「今日は薬草採取ですよね?」
「ああ」
「私、ちゃんと見つけます」
「そうか」
アルベルトはそれ以上何も言わなかった。
森へ入ってしばらく歩く。
フィオナは周囲を見ながら進んでいた。
薬草。
足跡。
木々の状態。
鳥の声。
風の流れ。
何となく、いつも確認している。
「……」
アルベルトが隣を歩いている。
それだけなのに、少し緊張する。
「フィオナ」
「はい?」
「この道、どう思う?」
「……え?」
突然の質問だった。
フィオナは道を見る。
森の中に続く細い道。
特に変わったところはない。
「……普通の道だと思います」
「そうか」
「……」
フィオナはもう一度、周囲を見る。
何かが引っかかった。
「……あれ?」
「どうした?」
「鳥の声が……少ないです」
アルベルトは黙って耳を澄ませる。
「確かに」
「それと……」
フィオナは道の脇へ近づいた。
「ここ」
地面に目を向ける。
草が一部だけ倒れている。
「草が潰れてます」
「人が通った跡か?」
「たぶん違います」
「なぜ?」
フィオナはしゃがみ込んだ。
「倒れ方が……」
草を指先で確認する。
「同じ方向にまとまってます」
「ほう」
「それに、こっちは少し土が掘れてる」
アルベルトも地面を見る。
確かに、浅い跡が残っていた。
「何だと思う?」
「……分かりません」
フィオナは少し考える。
「でも、何かがここを通ったのは間違いないと思います」
「魔物かもしれない?」
「はい」
「どうする?」
「……少し迂回したほうがいいと思います」
フィオナは道の先を見る。
「薬草なら、別の場所でも採れますから」
アルベルトは頷いた。
「じゃあ、そうしよう」
「はい」
二人は道を外れ、森の奥へ少しだけ進んだ。
しばらくして。
フィオナが足を止めた。
「……あ」
「どうした?」
「ここにもあります」
「薬草か?」
「はい」
フィオナは嬉しそうにしゃがみ込む。
「これなら依頼分は十分採れそうです」
「じゃあ、採るか」
「はい!」
フィオナは丁寧に薬草を摘み始めた。
その間も、時々顔を上げる。
森の音を聞く。
風を見る。
周囲を確認する。
アルベルトは何も言わず、それを見ていた。
「……フィオナ」
「はい?」
「さっきの道のことなんだが」
「はい」
「どうして鳥が少ないって分かった?」
「え?」
「俺は言われるまで気づかなかった」
「……そうなんですか?」
「ああ」
フィオナは首を傾げた。
「でも……普通じゃないですか?」
「普通?」
「森に入ったら、鳥の声とか……動物の気配とか……」
「それを毎回確認するのか?」
「……毎回?」
フィオナは少し考える。
「はい。癖みたいなものです」
アルベルトは黙った。
「道を歩くときも、足跡とか草の倒れ方とか……」
「他には?」
「他?」
「何を見る?」
「……」
フィオナは周囲を見渡した。
「木の傷とか」
「うん」
「獣の糞とか」
「うん」
「匂いとか……」
「他には?」
「……風?」
「風?」
「魔物が近くにいると、動物が逃げていたりするので……そのせいで風景が少し変わることがあります」
アルベルトは小さく息を吐いた。
「なるほどな」
「……何か変ですか?」
「いや」
アルベルトは首を横に振った。
「普通じゃない」
「え?」
「お前のそれ」
アルベルトはフィオナを見る。
「かなり使えるぞ」
フィオナは目を瞬かせた。
「……これが?」
「ああ」
「でも、戦えませんよ?」
「それは知ってる」
「魔法も弱いです」
「それも知ってる」
「じゃあ……」
フィオナは戸惑う。
アルベルトは森の奥を見る。
「冒険者っていうのは、魔物を倒すだけが仕事じゃない」
「……」
「敵を見つける」
「……」
「危険を避ける」
「……」
「仲間を安全に帰す」
アルベルトはフィオナに視線を戻した。
「それだって、立派な仕事だ」
フィオナは何も言えなかった。
今まで。
自分が見ていたものを、誰かに褒められたことなんてなかった。
むしろ――。
『そんなところばかり見てないで戦え』
そう言われたことならある。
「……私」
フィオナは自分の手を見る。
「これ……役に立つんですか?」
「ああ」
アルベルトは即答した。
「かなりな」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……ありがとうございます」
フィオナは小さく笑った。
まだ自信はない。
本当に自分に才能があるのかも分からない。
それでも――。
初めてだった。
自分が無意識にやっていたことを、「役に立つ」と言ってくれた人は。
「アルベルトさん」
「ん?」
「もう少し……森を見ていてもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
フィオナは周囲を見渡す。
今までと同じ森。
同じ道。
同じ木々。
なのに――。
今日は少しだけ、世界が違って見えた。
その日の帰り道。
アルベルトは、フィオナの少し後ろを歩いていた。
「……」
フィオナは歩きながら、何度も周囲を確認している。
足跡。
草。
鳥。
風。
そして、道。
「……なるほどな」
アルベルトは小さく呟いた。
昨日まで自分を「役立たず」だと思っていた少女。
だが――。
戦えないからといって、冒険者として価値がないわけではない。
むしろ。
彼女には、彼女にしかできないことがある。
それを本人がまだ知らないだけだった。




