第16話 なんで冒険者になった?
「私が冒険者になった理由は――」
フィオナは、そこで言葉を止めた。
目の前にいるアルベルトは、何も言わない。
急かすこともない。
「……すみません」
「なんで謝る?」
「え?」
「考えてるだけだろ」
「あ……」
アルベルトは苦笑した。
「ゆっくりでいい」
「……はい」
フィオナは一度、深呼吸をした。
そして、ぽつりと話し始める。
「……昔、冒険者に助けてもらったことがあるんです」
「ほう」
「子供の頃なんですけど……村の近くに魔物が出たことがあって」
フィオナは当時のことを思い出す。
「すごく怖かったです。大人たちも逃げろって言っていて……私も、何もできなくて」
「うん」
「そのとき、冒険者の人たちが来たんです」
アルベルトは黙って聞いている。
「私たちを守ってくれて……魔物を倒して……」
「それで、冒険者になりたいと思ったのか?」
「……はい」
フィオナは小さく笑った。
「単純ですよね」
「そうか?」
「だって、助けてもらったから、自分も誰かを助けたいって……」
「いい理由じゃないか」
「……そう、ですか?」
「ああ」
アルベルトは頷いた。
「少なくとも、俺は好きだぞ。そういう理由」
フィオナは少しだけ目を丸くした。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、また話し始める。
「それから、冒険者になるのが夢になりました」
「うん」
「村を出るときも、家族には反対されました。危ないからって」
「それでも来た?」
「はい」
フィオナは少しだけ胸を張った。
「私、昔から頑固だったみたいで」
「今もじゃないか?」
「……えっ」
「一人で危ない依頼を受けてるくらいだからな」
「……」
フィオナは言葉に詰まった。
けれど、アルベルトは笑っていた。
責めているわけではない。
それが分かると、フィオナも少しだけ笑った。
「……そうかもしれません」
「それで?」
「はい?」
「冒険者になってからはどうだった?」
「……それが」
フィオナの表情が曇る。
「思っていたより、ずっと難しかったです」
「戦闘か?」
「全部です」
「全部?」
「剣も上手くならないし、魔法も弱いし……」
フィオナは自分の手を見る。
「依頼を受けても、パーティの人たちについていくだけで精一杯で」
「でも、続けた」
「……はい」
「なんで?」
「……」
フィオナは少し考えた。
「悔しかったから……だと思います」
「何が?」
「できない自分が」
その言葉が出ると、フィオナは堰を切ったように話し始めた。
「同期の人たちはどんどん強くなっていくんです。剣も上手くなって、魔法も覚えて、難しい依頼にも行けるようになって……」
「うん」
「私だけ、全然進めなくて」
「うん」
「それでも、いつかは役に立てると思ってたんです」
「そうか」
「でも……」
フィオナは唇を噛んだ。
「パーティから言われました」
『お前、何の役に立ってるんだ?』
その言葉が、今でも胸に残っている。
「……そのときは、何も言えませんでした」
「言い返せなかった?」
「はい」
「どうして?」
「……本当に、そうなのかもしれないって思ったからです」
アルベルトは黙ったままフィオナを見る。
「戦えない。魔法も弱い。だったら……役に立たないって言われても仕方ないのかなって」
「それで、一人になった」
「……はい」
「一人なら迷惑をかけないから?」
フィオナは頷いた。
「はい」
「それでも依頼を続けた」
「……はい」
「どうして?」
また同じ質問。
フィオナは少しだけ困った顔をした。
「……分かりません」
「本当に?」
「……」
フィオナは考える。
すると、少しずつ言葉が出てきた。
「……諦めたくなかったんだと思います」
「うん」
「子供の頃に憧れた冒険者になりたかった」
「うん」
「誰かを助けられる人になりたかった」
「うん」
「だから……」
フィオナは顔を上げた。
「……ここで辞めたら、全部嘘になる気がして」
アルベルトは何も言わなかった。
フィオナはその沈黙に背中を押されるように、さらに言葉を続けた。
「私、強くなりたいんです」
「うん」
「でも、強くなって何をしたいのかって聞かれたら……」
フィオナは少し笑った。
「やっぱり、誰かを助けたいんだと思います」
「そうか」
「……変ですか?」
「何が?」
「こんなに弱いのに、誰かを助けたいなんて」
アルベルトは首を横に振った。
「変じゃない」
「でも――」
「強い奴だけが誰かを助けるわけじゃない」
「……」
「それに」
アルベルトはフィオナの目を見る。
「お前は、本当に弱いのか?」
「……え?」
「俺には、まだ分からない」
フィオナは目を瞬かせる。
「今日初めて会ったばかりだからな」
「……そうですよね」
「だから、これから見せてもらう」
「何を……?」
「お前がどんな冒険者なのか」
アルベルトは立ち上がった。
「明日、一緒に依頼へ行くぞ」
「……私と?」
「ああ」
「でも、私……戦えませんよ?」
「知ってる」
「魔法も弱いです」
「それも聞いた」
「……役に立たないかもしれません」
アルベルトは少しだけ笑った。
「それは、俺が決めることじゃない」
「え?」
「お前自身が決めることでもない」
フィオナは黙った。
「冒険者として役に立つかどうかは、実際に冒険してみないと分からないだろ」
「……はい」
「だから、明日見せてくれ」
「私に……何ができるか」
「そういうことだ」
アルベルトはそう言って歩き出す。
その背中を見ながら、フィオナは思った。
不思議な人だ。
もっと強くなれと言われると思っていた。
剣を教えられると思っていた。
魔法を鍛えろと言われると思っていた。
なのに――。
この人は、一度も自分を否定しなかった。
そして、自分でも忘れかけていたことを、たくさん話してしまった。
「……アルベルトさん」
「ん?」
「私……」
フィオナは少し迷ってから言った。
「明日、頑張ります」
アルベルトは振り返る。
「頑張るのはいい」
「はい」
「でも、無理はするなよ」
「……はい」
その言葉に、フィオナは小さく笑った。
明日。
初めて、この人と一緒に冒険する。
少しだけ――楽しみだった。
ギルドの受付へ戻ったフィオナを見て、マリアは微笑んだ。
「どうだった?」
「……たくさん話してしまいました」
「そうでしょうね」
「どうして分かるんですか?」
「アルだから」
「……?」
フィオナには、まだ意味が分からなかった。
ただ――。
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなっていた。
「明日、一緒に依頼へ行くことになりました」
「そう」
「私、頑張ります」
「ふふ。頑張りすぎないようにね」
「はい」
フィオナは笑った。
まだ、自分に何ができるのかは分からない。
それでも――。
もう一度だけ、冒険者としてやってみよう。
そんな気持ちが、少しずつ戻ってきていた。




