第15話 マリアからのお願い
「……一人、心当たりがあるわ」
そう言って、マリアは受付を離れた。
向かった先は、ギルドの隅にある掲示板の前。
そこには、今日も何人もの冒険者が集まっている。
その中に――一人だけ、妙に落ち着いた男がいた。
壁にもたれながら依頼書を眺めている。
見た目だけなら、三十歳くらい。
特別に整った顔立ちでもない。
装備も派手ではなく、どこにでもいそうなCランク冒険者だ。
「アルベルト」
「ん?」
声をかけると、男が振り返った。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「……珍しいな。マリアからお願いなんて」
「そう?」
「いつもは俺に仕事を押しつけるだけだろ」
「人聞きが悪いわね」
マリアは苦笑する。
「それで、何?」
「新人の子を一人、見てあげてほしいの」
「新人?」
「フィオナっていう子。十八歳。冒険者になって一、二か月くらいね」
アルベルトは少し考えた。
「……俺が?」
「そう」
「俺はCランクだぞ?」
「知ってるわ」
「だったら、もっと上のランクの冒険者に頼んだほうがいいんじゃないか?」
「そういう話じゃないのよ」
マリアは少しだけ真剣な顔になる。
「その子、パーティから追い出されたの」
アルベルトの表情が変わった。
「……理由は?」
「戦えないから。魔法も弱い。だから役に立たないって」
「なるほど」
「それで、今は一人で依頼を受けてる」
「一人で?」
「ええ。しかも、最近ちょっと無理をしてるみたい」
アルベルトは掲示板へ視線を戻した。
「怪我でもしたのか?」
「大きな怪我じゃないわ。でも、最近は少しずつ依頼の難度を上げてる。自分が役立たずじゃないって証明したいんでしょうね」
「……そうか」
短く答えたアルベルトは、しばらく黙った。
そして、ため息をつく。
「俺は、人に戦い方を教えるのは得意じゃないぞ」
「戦い方を教えてほしいんじゃないわ」
「じゃあ?」
「話を聞いてほしいの」
アルベルトがマリアを見る。
「……それなら、お前のほうが得意だろ」
「私は受付嬢よ」
「俺も冒険者だぞ」
「でも、あなたは人の話を聞くのが上手いじゃない」
「そうか?」
「そうよ」
マリアは即答した。
「あなたより適任な人、私は知らないわ」
「……大げさだな」
「大げさじゃない」
マリアは微笑んだ。
「アルは、人が自分でも気づいていないことに気づくから」
「買いかぶりすぎだ」
「それでもいいから」
少しの沈黙。
やがてアルベルトは肩をすくめた。
「……話をするだけなら」
「本当?」
「ああ。ただし、俺が何かを教えられるとは思うなよ」
「十分よ」
マリアはほっとしたように笑った。
「じゃあ、フィオナを呼んでくるわ」
「今から?」
「善は急げ、でしょ?」
「……まあ、いいけどな」
そうしてマリアは受付へ戻っていった。
「フィオナ」
「はい」
受付で声をかけられ、フィオナは顔を上げた。
「少し時間ある?」
「はい。依頼の報告も終わっています」
「なら、紹介したい人がいるの」
「紹介……ですか?」
「ええ」
マリアはフィオナを連れて、ギルドの奥へ向かった。
フィオナは少し緊張していた。
誰かに注意されるのだろうか。
最近、一人で依頼を受けていることについて何か言われるのかもしれない。
そんなことを考えていると――。
「アル」
「来たか」
先ほどの男が振り返った。
フィオナはその人を見る。
三十歳くらいに見える男性。
装備も普通。
目立つところはない。
「こちら、アルベルト。Cランクの冒険者よ」
「……よろしく」
アルベルトが軽く頭を下げる。
「フィオナです。よろしくお願いします」
フィオナも頭を下げた。
Cランク。
自分よりずっと上のランクだ。
けれど、見た目からはそんなに強そうには見えない。
そんなことを考えていると、マリアが言った。
「フィオナのことを少し見てもらおうと思って」
「見てもらう……?」
フィオナが戸惑う。
「最近、一人で頑張ってるでしょう?」
「……はい」
「だから、アルに少し相談に乗ってもらおうと思ったの」
フィオナはアルベルトを見る。
「……相談、ですか?」
「ああ」
アルベルトは頷いた。
「ただ、最初に言っておくけど、俺はお前を鍛えるつもりはない」
「え?」
「少なくとも、今はな」
フィオナはますます困惑した。
「じゃあ、何を……?」
「話をするだけだ」
「話……」
「それで、お前がどうしたいのかを聞きたい」
フィオナは黙った。
どうしたいのか。
そんなことを聞かれたのは、久しぶりだった。
今まで言われてきたのは――。
もっと戦え。
もっと強くなれ。
役に立て。
足を引っ張るな。
そんな言葉ばかりだった。
「……私」
口を開きかけて、止まる。
するとアルベルトは急かさなかった。
ただ、静かに待っている。
「……すぐに答えなくてもいいぞ」
「え?」
「考えてから話せばいい」
その言葉に、フィオナは少し驚いた。
「……はい」
「じゃあ、まず一つだけ聞く」
アルベルトは椅子に座りながら言った。
「なんで冒険者になったんだ?」
「……え?」
あまりにも予想外の質問だった。
フィオナは目を瞬かせる。
「戦い方でもない。魔法でもない。依頼のことでもない」
アルベルトは穏やかに続ける。
「最初に、それを聞かせてくれ」
フィオナはしばらく黙った。
そして――。
ゆっくりと口を開いた。
「……私が冒険者になった理由は――」
自分が本当にやりたかったこと。
それを思い出すように。
フィオナは話し始めた。




