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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
新人受付嬢編

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第2話 落とす前に支える

 冒険者ギルドで働き始めて、半月。

 リゼは少しずつ、仕事の流れが分かるようになってきた。


「次の方、どうぞ!」


 朝の受付を終え、リゼは一度だけ深呼吸する。

 忙しい。

 けれど、最初の頃ほど緊張はしなくなった。

 冒険者が来る。

 依頼を確認する。

 必要な説明をする。

 そして、送り出す。

 まだ時間はかかる。

 それでも、一つずつ覚えている。


「リゼさん、この書類を二階の資料室にお願い」

「はい!」


 先輩受付嬢から、束になった書類を受け取る。

 思ったより多い。


「これ、全部ですか?」

「うん。昨日までの依頼完了書類。まとめておいて」

「分かりました!」


 リゼは両腕で書類を抱えた。

 これくらいなら大丈夫。

 そう思って歩き出した。

 受付カウンターの横を通り、階段へ向かう。

 その途中だった。


「おい、ちょっと!」

「はいっ?」


 突然、後ろから声をかけられた。

 反射的に振り返る。

 その瞬間。

 腕の中の書類が、ぐらりと傾いた。


「あっ――」


 まずい。

 落ちる。

 そう思った。

 だが。

 ぱしっ。

 一番上の書類が、床へ落ちる寸前で止まった。


「……え?」


 リゼの目の前に、手があった。

 その手が、落ちかけた書類を一枚だけ掴んでいる。


「危なかったな」

「ア、アルベルトさん……?」

「よ」


 いつものように、アルベルトは淡々としていた。


「これ」

「あ、ありがとうございます!」


 受け取ろうとする。

 しかし、書類を抱えたままではうまく手が動かない。


「……」


 アルベルトはそれを見て、残りの書類を半分ほど受け取った。


「二階までだろ?」

「え?」

「持つぞ」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「そうか?」

「はい!」

「なら、俺はこれだけ持つ」


 そう言って、アルベルトは自分が持った書類をそのまま抱えた。


「……」


 リゼは断るタイミングを失った。


「行くぞ」

「は、はい!」


 二人で階段を上る。

 先を歩くアルベルトは、特に何も話さない。

 気まずい。

 いや。

 気まずいというより――

 なんとなく、変な感じがする。

 昨日までは、受付の向こう側にいる冒険者だった。

 今日は、同じ書類を持って階段を上っている。


「……あの」

「ん?」

「さっき、本当にありがとうございました」

「書類か?」

「はい」

「気にするな」

「でも……」

「落ちたら拾う。それだけだ」


 アルベルトは本当に、それだけのことだと思っているようだった。

 やがて二階に着く。


「ここでいいか?」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあな」

「あ……」


 アルベルトが階段を下りようとする。

 リゼは思わず呼び止めそうになった。

 けれど、何を言えばいいのか分からない。


「……なんでもありません」

「そうか」


 アルベルトは気にした様子もなく、そのまま階段を下りていった。

 リゼはその背中を見送る。


「……不思議な人」


 初めて会ったときも、そうだった。

 急かさない。

 怒らない。

 そして、困っていると自然に手を貸してくれる。

 でも――

 恩を売ろうとしている感じが、全然しない。

 それが妙に気になった。


     ◇


 昼を過ぎた頃。


「リゼ」

「はい!」


 マリアが受付カウンターの奥から声をかけた。


「さっきアルベルトさんと一緒に二階へ行ってたでしょう?」

「えっ?」


 リゼの動きが止まる。


「見てたんですか?」

「受付から見えるもの」

「そ、そうですか……」

「何かあった?」

「いえ、書類を運んでいたら、一枚落としそうになって……」

「ああ」


 マリアは納得したように頷く。


「アルベルトさんが拾ったのね」

「はい。それで……半分持ってくれました」

「そう」


 マリアは少しだけ笑った。


「アルベルトさんらしいわ」

「……そんなに、いつもあんな感じなんですか?」

「昔からね」

「昔から……」

「困ってる人がいると、いつの間にか手を貸してる」


 マリアはそう言って、少し考えるように目を細めた。


「本人は、たぶん大したことだと思ってないけど」

「やっぱり……」


 リゼも、なんとなくそんな気がしていた。


「アルベルトさんって、昔からこのギルドに?」

「ええ。かなり長いわ」

「そうなんですね」

「冒険者としても長いわよ。今でもCランクだけど」

「Cランク……」


 リゼは少し驚いた。

 冒険者のランクは、下からF、E、D、C、B、A、そして最高位のS。

 Cランクなら、決して新人というわけではない。

 むしろ、ある程度の経験を積んだ冒険者だ。


「じゃあ、すごく強いんですか?」

「どうかしら」


 マリアは曖昧に笑った。


「少なくとも、私はアルベルトさんが無茶をするところは見たことがないわね」

「……?」

「自分ができることと、できないことをちゃんと分かってる人だから」

「なるほど……」


 リゼは小さく頷く。

 すると、マリアがふと思い出したように言った。


「そうそう」

「はい?」

「アルベルトさん、五十歳よ」

「……え?」


 リゼは目を丸くした。


「五十……?」

「そう」

「……見えないです」

「でしょうね」


 マリアは苦笑する。


「私も初めて聞いたときは驚いたもの」

「三十代くらいに見えます……」

「本人は気にしてないけどね」

「そうなんですね」


 リゼは受付の向こうを見る。

 ちょうど別の冒険者が入ってきた。

 その後ろから――


「あ」


 アルベルトだった。

 目が合う。


「おう」

「こ、こんにちは!」


 思わず背筋が伸びる。

 アルベルトは軽く手を上げて、受付へ向かってきた。


「今日は依頼を受けたいんだが」

「はい!」


 リゼは慌てて依頼書を用意する。

 さっきまでなら、ただ緊張していただけだった。

 けれど今は。

 少しだけ違う。

 アルベルトが受付に来たことが、なんとなく嬉しい。


「この依頼でいいか?」

「はい。確認しますね」


 書類を受け取る。

 内容を一つずつ確認する。

 以前なら、早くしなければと焦っていた。

 でも今日は――

 アルベルトは急かさない。

 ただ、黙って待っている。


「……確認できました」

「ありがとう」


 その一言だけで、リゼは少し嬉しくなった。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ああ」


 アルベルトが背を向ける。

 その姿を、リゼは無意識に目で追った。


「……」


 自分でも、どうして見ているのか分からない。

 ただ。

 また来てくれたらいいな。

 そんなことを思った。

 ――まだ、それだけだった。

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