第12話 役立たずの冒険者
冒険者ギルドの朝。
受付カウンターの前に、一人の少女が立っていた。
「……こちらの依頼でお願いします」
「はい。Fランクの採取依頼ですね。お気をつけて行ってきてください」
「ありがとうございます!」
明るく頭を下げた少女の名前は、フィオナ。
十八歳。
冒険者になって、まだ二か月ほどしか経っていない新人だった。
肩まで伸びた淡い茶色の髪。
緑色の瞳。
細身で小柄な身体。
見た目だけなら、ごく普通の少女だ。
ただし――。
「今日も一人ですか?」
受付嬢のリゼが尋ねると、フィオナは少しだけ苦笑した。
「はい。最近は一人で受けるようにしています」
「そうですか……」
リゼは少し心配そうな顔をする。
新人冒険者が一人で依頼を受ける。
珍しいことではない。
しかし、フィオナの場合は少し事情が違った。
「……行ってきますね」
「はい。気をつけてください」
フィオナは笑顔でギルドを出ていった。
その背中を見ながら、リゼは思う。
(……大丈夫かな)
フィオナが一人で依頼を受けるようになったのには、理由がある。
――パーティを追い出されたのだ。
◇
「フィオナ、お前はもういい」
数日前。
森の中。
依頼を終えたフィオナたちの前で、パーティリーダーの男がそう言った。
「……え?」
突然の言葉に、フィオナは目を丸くする。
「今日で抜けてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
フィオナは慌てて仲間たちを見る。
しかし、誰も彼女と目を合わせようとはしなかった。
「私……何かしましたか?」
「何かしたっていうか……」
リーダーがため息をつく。
「お前、戦えないだろ」
「……」
「剣を持っても魔物にまともに傷をつけられない。魔法も弱い」
「でも……」
「今日だってそうだ」
別の男が口を挟む。
「俺たちが魔物と戦ってる間、お前は後ろで見てただけじゃないか」
「違います!」
フィオナは慌てて首を振る。
「魔物がもう一匹いるかもしれないと思って、周囲を見ていました」
「それで?」
「……それで、右側の茂みに足跡があって……」
「結局、何もいなかっただろ」
「それは……」
「ほらな」
男が笑う。
「考えすぎなんだよ、お前は」
フィオナは唇を噛んだ。
確かに、今日の戦闘で自分は何もできなかった。
剣で戦えば足を引っ張る。
魔法を使っても大した威力はない。
だからこそ、周囲を確認していた。
仲間が戦っている間に別の魔物が近づいていないか。
逃げ道はどこにあるのか。
帰り道に迷わないように、目印を確認する。
それくらいしか、自分にはできないと思っていた。
「……でも、私、もっと頑張ります」
フィオナは言った。
「戦えるようになります」
「無理だろ」
「やってみないと分かりません」
「そういうところだよ」
「え?」
「お前、自分が足手まといだって分かってないんだよ」
胸を突き刺されたような気がした。
「……」
「悪いけど、俺たちはもっと強くなりたいんだ」
リーダーは目を逸らした。
「お前を連れていく余裕はない」
「……分かりました」
フィオナは俯いた。
「今まで、ありがとうございました」
それだけ言って、頭を下げる。
誰も引き止めなかった。
◇
「……」
フィオナはギルドの隅にあるテーブルに座っていた。
目の前には、一枚の依頼書。
採取依頼。
報酬は少ない。
危険も低い。
新人が一人で受けるにはちょうどいい仕事だ。
「……私なら、できる」
小さく呟く。
「一人なら……誰にも迷惑をかけない」
それが今のフィオナにとって、一番楽な答えだった。
パーティに必要とされなかった。
なら、一人でやればいい。
誰かの足を引っ張らなければいい。
そうすれば――。
(冒険者を辞めなくてもいい)
フィオナは依頼書を握りしめた。
冒険者になることは、子供の頃からの夢だった。
簡単に諦めるつもりはない。
「よし……」
立ち上がる。
その姿を、少し離れた受付からリゼが見ていた。
(……頑張ってる)
リゼはフィオナのことをまだ詳しく知らない。
けれど、何度か依頼を受け付けているうちに、真面目な子だということは分かっていた。
だからこそ、心配だった。
「一人で大丈夫かな……」
そう呟いたところで、隣の先輩受付嬢が声をかける。
「リゼ、あの子のこと?」
「はい」
「最近ずっと一人で受けてるわね」
「パーティは……」
「追い出されたらしいわ」
「……そうなんですか」
リゼはフィオナを見る。
フィオナはちょうどギルドを出ようとしていた。
その背中は、小さい。
けれど――。
「……あの子、諦めてないんですね」
先輩受付嬢が頷く。
「そうね」
「……」
リゼは少し考える。
そして、フィオナの背中を目で追った。
◇
「……今日も一人で行く」
ギルドを出たフィオナは、自分に言い聞かせるように呟いた。
怖くない。
大丈夫。
自分ならできる。
そう思いながら歩き出す。
けれど。
胸の奥には、まだパーティリーダーの言葉が残っていた。
『お前、役立たずだろ』
「……」
フィオナは足を止める。
拳をぎゅっと握る。
「……違う」
小さく呟く。
「私は……役立たずなんかじゃない」
誰に聞かせるでもなく。
自分自身に言い聞かせるように。
「絶対に……」
そしてフィオナは、一人で依頼へ向かった。
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