第11話 好きになってしまった
翌朝。
「おはようございます!」
「おう。おはよう、リゼ」
いつもの挨拶。
いつもの声。
いつものアルさん。
なのに。
「……」
胸が、どきんと鳴った。
「どうした?」
「え?」
「いや、今ちょっと固まってたから」
「あ、いえ! なんでもありません!」
「そうか?」
「はい!」
私は慌てて仕事の準備を始めた。
顔が熱い。
昨日のことを思い出したからだ。
怒鳴られて何も言えなくなった私の代わりに、アルさんが前に出てくれた。
『俺が説明する』
あの言葉が、頭から離れない。
「……」
私は頬を軽く叩いた。
仕事、仕事。
今日はちゃんと頑張らないと。
◇
午前中。
仕事は順調だった。
依頼書の確認。
報酬の説明。
冒険者からの質問。
以前なら迷っていたところも、少しずつ自分で対応できるようになってきた。
「ありがとうございました」
冒険者を送り出す。
「……よし」
小さく拳を握る。
最近、仕事が少し楽しくなってきた。
そして。
「リゼ」
「はい!」
呼ばれただけで、自然と顔が明るくなる。
振り返る。
アルさんが立っていた。
「これ、落としたぞ」
「え?」
差し出されたのは、私のペンだった。
「あ……ありがとうございます!」
「受付の下に落ちてた」
「全然気づきませんでした」
「仕事に集中してたからな」
「……」
そんなところまで見ている。
「アルさんって、本当によく見てますよね」
「そうか?」
「はい」
私は笑った。
「私のこと、よく見てくれてます」
「新人だからな。気にして見てるだけだ」
「……そうですか」
なぜか。
少しだけ残念だった。
新人だから。
それだけ。
そう言われたことが、妙に引っかかった。
「じゃあな」
「はい」
アルさんが離れていく。
私はその背中を見送った。
「……」
どうしてだろう。
もっと私だから見てほしい。
そんなことを思ってしまった。
◇
昼休み。
私は食堂で昼食を取っていた。
「リゼ、ここいい?」
「はい」
同期の受付嬢が隣に座る。
「最近、アルベルトさんとよく話してるよね」
「えっ?」
「違う?」
「そ、そうですか?」
「うん。アルベルトさんが来ると、リゼってちょっと嬉しそう」
「……!」
私は箸を止めた。
「そ、そんなことないですよ!」
「ふーん?」
「本当です!」
「じゃあ、アルベルトさんのこと好きだったりして」
「えっ!?」
思わず声が大きくなる。
「ちょ、ちょっと!」
「冗談、冗談」
同期が笑う。
私は胸を押さえた。
心臓が、ものすごい勢いで鳴っている。
「……好き」
その言葉だけが、頭に残った。
◇
午後。
仕事をしていても、どうしても考えてしまう。
アルさん。
アルさん。
アルさん。
名前を思い浮かべるだけで、胸がざわつく。
そして。
「こんにちは」
聞き慣れない女性の声がした。
私は顔を上げた。
若い女性冒険者がギルドに入ってきた。
「アルさん、いる?」
「え?」
その女性は、迷うことなくアルさんのところへ向かっていく。
「アルさん!」
「おう。どうした?」
「この前の依頼なんだけど――」
二人が楽しそうに話している。
「……」
なぜだろう。
面白くない。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
その女性がアルさんの腕を軽く叩いた。
「もう、アルさんってば!」
「はは。悪い悪い」
「……」
私は無意識に二人を見ていた。
「リゼ?」
「……はい?」
「どうしたの?」
「いえ……なんでもないです」
同期に声をかけられて、慌てて仕事へ戻る。
でも。
集中できない。
さっきの女性が誰なのか。
どうしてアルさんとあんなに親しいのか。
そんなことばかり考えてしまう。
「……嫌だ」
小さく呟いてから。
私は自分の口を押さえた。
何が嫌なの?
あの人がアルさんと話していること?
アルさんが楽しそうに笑っていること?
それとも――。
「……」
そこで、ようやく気づいた。
胸の奥にあった感情。
今まで「安心する」と思っていた。
「話したい」と思っていた。
「会いたい」と思っていた。
褒めてもらえると嬉しくて。
助けてもらうと、もっと嬉しくて。
他の女性と親しそうにしていると、嫌だった。
「……あ」
答えが出てしまった。
私は、アルさんのことが――。
「好きなんだ……」
声に出してしまった。
顔が一気に熱くなる。
心臓がうるさい。
でも。
否定する気にはなれなかった。
むしろ。
気づいてしまったら、今までのことが全部つながった。
アルさんを見ると嬉しかった。
声を聞くと安心した。
名前を呼ぶだけで幸せだった。
明日も会いたいと思った。
もっと話したいと思った。
そして今。
他の女性といるのが嫌だった。
「……私」
胸に手を当てる。
「アルさんのこと、好きになっちゃったんだ……」
恥ずかしい。
嬉しい。
少し怖い。
だけど。
それ以上に――。
嬉しかった。
◇
仕事が終わる。
私はいつもより少しだけゆっくり片付けをしていた。
アルさんが帰るところを見たかった。
しばらくして。
「リゼ」
「はい!」
アルさんが受付まで来た。
「今日はもう上がるのか?」
「はい」
「じゃあ、また明日な」
「……はい」
私は笑った。
「アルさん」
「ん?」
「明日も……来ますよね?」
「ああ」
アルさんは当たり前のように答えた。
「冒険者だからな」
「……ふふっ」
それだけで。
明日が楽しみになった。
「お疲れさまでした」
「おう。お疲れさん」
アルさんがギルドを出ていく。
私はその背中を見送りながら。
胸の中で、もう一度だけ呟いた。
「……好き」
それはまだ、誰にも言えない。
アルさん本人にも。
マリアさんにも。
先輩たちにも。
もちろん、同期にも。
だけど。
いつか。
この気持ちを伝えられたらいい。
そんなことを思いながら。
私は、明日を待つのだった。
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