第94話 よそで聞いた音に似ている
翌朝、アシュレイは、街側の波形の写しを、王都へ送った。
遠隔の照合を頼める相手は、一人しかいなかった。エルリック。王都の大規模障害のとき、最後に頼った旧式安全核を、今も預かっている男だ。
「似ている気がする、というだけでは、動けません」とアシュレイは、ノラに口述を書き取らせながら言った。
「だから、記憶ではなく、ログで突き合わせます。王都の旧式安全核が、再起動したときに刻んだ波形。その記録と、この街側の波形を、形で照らし合わせる。似ているのか、たまたまなのか、それは、記録だけが答えられる」
返信は、その日の午後に届いた。エルリックは、王都旧式安全核の系統ログを、惜しまず送ってきた。再起動時の波形、平常時の脈動、安全弁が働いたときの記録。古い核が、どんな脈の打ち方をするのか、その一通りが綴じてあった。
ログには、短い書き添えがあった。
『そちらの波形は見ていないので、同じだとも違うとも言えない』とエルリックは記していた。
『ただ、一つだけ言っておく。こちらの旧式安全核は、今も気を抜けない。再起動して街を救ったが、あれは「直った」のではなく「だましだまし、動かし続けている」だけだ。同じ系統のものがそちらにあるなら、宝を掘り当てたとは思わないことだ。手のかかる病人を、もう一人見つけた、くらいに思っておけ』
「王都で、いちばん近くであの核を見てきた人の言葉です」とアシュレイは、書き添えを読み上げてから言った。
「だましだまし動かしている、と。秘宝でも、万能でもない。手のかかる病人だ、と。こちらも、その目で見ます」
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アシュレイは、ノラの観測票と、王都から届いたログを、卓の上に並べた。
二つの波形を、目で何度も往復した。周期。揺れの幅。脈と脈の間隔。
「……周期が、合っています」とアシュレイは言った。
「街側の波形の脈の間隔と、王都旧式安全核の平常時の脈の間隔。ほとんど同じです。それに、この、急に山が低くなる箇所。これは、王都の核が、出力を逃がす安全弁を働かせたときの形と、よく似ている」
「同じもの、ということ?」とノラが聞いた。
「いえ」とアシュレイは、すぐに首を振った。
「同じ、とは言いません。似ている、です。周期が合い、安全弁の挙動が似ている。それは、同じ系統の――同じ思想で作られた設備かもしれない、というところまでしか言えません。古代の基盤設備に、共通の設計の系譜があった。その可能性を、示しているだけです」
ゲイルが、横で、二つの波形を見比べていた。
「アシュレイ殿」と彼は言った。
「『似ている』を、現場は、どう扱えばいい。職人たちは、似ているか同じか、で迷う。線を引いてやらんと、手が止まる」
「いい問いです」とアシュレイは言った。
「現場には、こう伝えてください。『街側の経路の先にあるものは、王都の旧式安全核と、同じくらい危険なものとして扱え』と。同じ物だと証明はできていない。でも、似ている以上、軽く扱う理由もない。危険な側に、寄せて扱う」
「『同じくらい危険』だけでは、まだ手が動かん」とゲイルは食い下がった。
「職人は、何を、どこまでやっていいのかが分からんと、止まる。線を、もっと細かく引いてくれ」
アシュレイは、少し考えて、紙に三つ書いた。
「一つ。街側の管には、触れない。叩くのも、削るのも、なしです。波形を外から拾うだけ」とアシュレイは言った。
「二つ。少しでも管が温んだり、脈が乱れたら、その場で退く。リオネルさんの封鎖線まで戻って、報告。確かめ直しは、その後です」
「三つは」とゲイルが聞いた。
「三つ。一人で判断しない」とアシュレイは言った。
「街の中心に繋がっているかもしれない核です。何かを決めるときは、必ず二人以上で確かめて、ノラさんの票に残す。怖いのは、誰かが良かれと思って、一人で一手、進めてしまうことだ」
ゲイルは、その三つを、自分の言葉で言い直して、現場へ持っていった。
「触るな」「乱れたら退け」「一人で決めるな」。職人にも飲み込める、短い三つの線になっていた。
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ローデリクが、規格書の原典を抱えて入ってきた。
「閲覧権限を、一段上げてきた」と彼は言った。
「旧式安全核の系統規格は、ふだんは現場に降りてこない。だが、外縁補助核がその系統の候補だというなら、原典を照らす権利がある、と通した。これで、王都のログと、規格書の原典と、両方から照らせる」
アシュレイは、規格書の該当箇所と、波形と、刻印の写しを、三つ並べた。
規格書に描かれた、旧式安全核の系統の脈動図。それと、街側の波形。そして、ガルドが管の継ぎ目から写し取った、あの刻印。三つが、互いに矛盾しなかった。決定的な一致ではない。だが、どれも、同じ方向を指していた。
「秘宝が出た、と騒ぐ連中が、また湧きますよ」とローデリクが、苦い顔で言った。
「古代の安全核と繋がっている、なんて話が漏れたら、万能の力だの、王国を変える発見だのと、尾ひれがつく」
「つけさせません」とアシュレイは言った。
「これは、秘宝じゃない。万能装置でもない。放っておかれた、危ない未管理の基盤資産です。街の中心に繋がっているかもしれない、得体の知れない核。価値があるとすれば、それは『宝だから』じゃない。『街を巻き込んで壊れうるから』です。扱いを上げるのは、敬うためじゃなく、警戒するためだ」
アシュレイは、観測票の表紙に、新しい区分を書き入れた。
外縁補助核――旧式安全核系統候補。切り離し条件、最上位扱い。
「これまでは、ただの放棄された補助核として、切り離し条件を組んでいました」とアシュレイは言った。
「今日から、これは、旧式安全核と同等の重要基盤として扱います。切り離せると確認する条件も、その分、厳しくする。中途半端な確認では、触れない」
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区分を書き換えたあと、アシュレイは、もう一度、街側の管の観測票を繰り直した。
厳格に扱うと決めた以上、これまで見流していた細かな記録も、すべて見直す必要があった。波形。刻印。継ぎ目の状態。ガルドが叩いて回った、床の音の記録。
その一枚に、アシュレイの目が、止まった。
管の途中、街側へ少し進んだ場所の継ぎ目に、他とは違う傷があった。古い泥や風化の跡ではない。何か工具で、無理にこじ開けようとしたような、新しくはないが、自然でもない傷。
「ガルドさん」とアシュレイは、その観測票を差し出した。
「この継ぎ目の傷。これは、風化ですか。それとも」
ガルドは、写しを手に取り、しばらく睨んでから、低く唸った。
「風化じゃねえ」と彼は言った。
「こいつは、誰かが、工具をかけた跡だ。それも、ただ調べたんじゃねえ。この継ぎ目を、開けて――管に、何かを流し込もうとした跡に見える。つまり、誰かが、この核を」
「起動させようと、した」とアシュレイは、その先を継いだ。
触れずに地図を作っている自分たちより前に、誰かが、この外縁補助核に手をかけていた。それも、調べるためではなく、動かすために。
「いつの傷か、分かりますか」とアシュレイは聞いた。
「古い風化じゃねえが、できたてでもねえ」とガルドは言った。
「何年か前、ってとこだ。少なくとも、俺たちが来る前から、ここに手をかけた奴がいる」
「成功は、していませんね」とアシュレイは言った。
「核は、今も眠ったままです。流し込もうとして、流しきれなかった。だから、動かなかった。――もし、あのとき動いていたら」
アシュレイは、街の中心へ伸びる線を、もう一度たどった。旧式安全核と同じ脈を打つ核。それが、切り離せると確認されないまま、無理に起動させられていたら。その先が本当に中央魔力炉に届いていたら、街の真ん中で、何が起きたか分からない。
「私たちが今、慎重に順番を守っているのは」とアシュレイは、低く言った。
「臆病だからじゃない。過去に、順番を守らずに手をかけた誰かが、いたからです。その誰かが、なぜ失敗したのか。それも、確かめないといけなくなりました」
観測票の上で、街の中心へ伸びる線が、今までとは違う、嫌な重さを持って、静かに横たわっていた。




