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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第10章:接続先確認と切り離し条件〜動かす前に、どこへ繋がるか確かめろ〜
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第93話 図にない線をたどる

 翌朝、ガルドは床に這いつくばって一日を始めた。


 外縁補助核の台座裏に隠されていた太い管の頭。そこから先を触れずに追う。それが今日の仕事だった。


 ガルドは床石の継ぎ目を指でなぞり、こつこつと叩いて回った。詰まった音と、空洞の軽い音。その境目を白墨で床に書きつけていく。叩いて、聞いて、線を引く。管の通り道が少しずつ、床の上に浮かび上がってきた。


「旦那」とガルドがしばらくして手を止めた。


「やっぱり一本じゃねえ。台座の下で二手に分かれてる」


 アシュレイは白墨の線を目で追った。補助核の真下から二本の太い線が、別々の方向へ伸びている。


「片方はこっちだ」とガルドが坑道の奥――山の方を指した。


「旧鉱山のもっと深いほうへ向かってる。これはまあ分かる。古い設備が古い坑道へ繋がってるってだけだ」


「もう一本は」


 ガルドは反対側を指した。坑道の入口のさらに向こう。山ではなく、街の方角だった。


「こっちは街の方を向いてる」とガルドは少し声を低くした。


「イルダンの中心の方だ。中央魔力炉のある辺り。古い坑道の管が、なんで街の中心を向いてる」


---


 アシュレイはその二本目の線の前で、しばらく考えた。


 旧鉱山の奥へ伸びる一本は、筋が通る。古い設備が同じ古い坑道網と繋がっているだけだ。だが街の中心――中央魔力炉の方へ伸びる一本は、話が違う。


「外縁の放棄された補助核が」とアシュレイは言った。


「街の中央魔力炉と地下で繋がっているかもしれない、ということですね」


「線の向きはそう言ってる」とガルドは言った。


「だがこれもまだ向きだけだ。本当に炉まで届いてるかは、辿ってみねえと分からん」


「辿ります。ただし触れずに」とアシュレイは言った。


---


 アシュレイはノラとガルドを集めて、今日の手順を決めた。


「管を掘り出して通電して確かめる――それはやりません」とアシュレイは言った。


「順番の二行目をまだ越えていない。切り離せると確認するまでは、起動させない。だから起動させずに線の先を読む方法でいきます」


「起動させずに、どうやって」とノラが聞いた。


「管そのものは、今も死にきってはいない」とアシュレイは言った。


「微かに魔力が残って流れている。その流れの波形を外から拾います。管に触れず、近くで波形を測って、同じ波形がどこまで続いているかを辿る。波形が途切れず続く先が、繋がっている先です」


 ガルドが唸った。


「触らずに音だけ聞いて、配管の先を当てるようなもんか」


「近いです」とアシュレイは言った。


「目で見えない線を波形で辿る。時間はかかります。でもこれなら、設備を一度も起こさずに地図が作れる」


 リオネルが波形を測る区間ごとに、封鎖線を細かく引き直していった。一区間測って、退避線を確認して、次の区間へ。触れない調査でも、退路だけは必ず確保する。


---


 測りはじめてすぐ、ガルドが管の継ぎ目に何かを見つけた。


「旦那、ここ印がある」とガルドが管の肌を指でこすった。固まった古い泥を払うと、浅く彫られた刻印が出てきた。記号と数字のようなもの。


「読めますか」とアシュレイは屈み込んだ。


「字は半分潰れてる」とガルドは言った。


「だがこういう印は、昔の配管屋がどの系統の管かを区別するために彫ったもんだ。同じ印の管は同じ系統。違う印なら別の系統だ」


 アシュレイはノラに、刻印を写し取らせた。山へ向かう管と、街へ向かう管。二本の継ぎ目に彫られた印はよく似ていたが、細部が違っていた。


「同じ作り手が別々の行き先のために彫り分けたんだ」とアシュレイは言った。


「二本は同じ時代の、同じ手による設備だ。でも向かう先は最初から別の系統として分けられている。たまたま二手に分かれたんじゃない。分けるつもりで分けてある」


「触らなくても、ここまでは読める」とガルドは満足げに刻印を見た。


「印は嘘をつかねえ。後から塗り隠したあの漆喰とは違ってな」


「その漆喰を塗った誰かも」とアシュレイは刻印を指でなぞった。


「この印までは消さなかった。消し方を知らなかったのか、消す必要がないと思ったのか。どちらにしても、おかげでこっちには手掛かりが残っています」


 アシュレイは刻印の写しも、観測票に綴じさせた。魔力の波形と、彫られた刻印。触れずに読める手掛かりが、二つに増えた。


---


 測定は遅々として、進まなかった。


 管の上を一尺進むのに、波形を何度も拾い直す。同じ波形が続いているか、別の流れと混ざっていないか。ノラが一点ずつ、観測票に起こす。位置、波形の形、二名確認。半日かけて進んだのは、坑道の数間ぶんだった。


 昼過ぎ、例の市庁の役人がまた顔を出した。


「丸一日かけて、それだけかね」と役人は白墨の線と観測票を見て言った。


「掘って繋いで一気に確かめた方が、よほど早かろう」


「早いですが、戻せません」とアシュレイは言った。


「掘って通電して、それが街の炉と繋がっていたら、確かめた瞬間に街の中心へ何かが流れ込む。確かめるために街を賭けることになる。それはしません」


「ではいつ終わる」


「終わりはまだ言えません」とアシュレイは言った。


「ですが今日だけで、線が二系統あることははっきりしました。一本は旧鉱山へ、もう一本は街の中心へ。昨日は『二方向』としか言えなかったものが、今日は『どっちの方向か』まで書けた。一日でそれだけは進みました」


 役人は観測票の二系統の線を見て、口をつぐんだ。遅いが確かに、昨日より一段具体的になっていた。


---


 夕方、アシュレイはガルドの白墨の線とノラの観測票を突き合わせて、一枚の暫定地図に落とした。


 外縁補助核から二系統。一本は旧鉱山の奥へ。もう一本は街の中心――中央魔力炉の方角へ。どちらもまだ「方向」と「途中まで」だけだ。終点には届いていない。


「記録になかった線が」とノラが地図を見て言った。


「二本、形になりましたね」


「形になっただけです」とアシュレイは言った。


「でも白紙よりは、ずっといい。明日からはこの二本を終点まで辿る」


---


 地図を片づけようとして、アシュレイは街の方へ伸びる一本の観測票をもう一度手に取った。


 波形の形が、妙に見覚えがあった。


 規則正しい周期。一定の間隔でわずかに脈打つような揺れ。それはただの古い配管の死にかけた流れにしては――整いすぎていた。


「ガルドさん」とアシュレイは言った。


「この街側の波形。どこかで見たことがある気がします」


「どこでだ」


 アシュレイはしばらく記憶を辿って、ふと手を止めた。


 王都。あの大規模障害の現場。目隠しされていた旧式安全核を、最後の最後に再起動させたとき。あのとき制御盤に現れた波形に、この脈打ち方はよく似ていた。


「……旧式安全核だ」とアシュレイは低く言った。


「王都で最後に頼った、あの古い核。あれと同じ脈の打ち方をしている。この街の中心へ伸びる線は」


 観測票の上で、街へ向かう波形が静かに、規則正しく脈を刻んでいた。外縁の見捨てられたはずの補助核。その先が王都を救ったあの旧式安全核と、同じ種類の何かに繋がっているのかもしれなかった。


「断定はしません」とアシュレイは自分に言い聞かせるように言った。


「似ているというだけです。秘宝だの万能装置だのと先走るつもりもありません。明日辿って確かめます」


 だが似ているというだけの事実で、外縁補助核の重みは昨日までとは違うものに変わっていた。

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