第90話 動かす前に、切り離す条件を決めろ
臨時の分類会議は、朝の早い時間に市庁の中会議室で開かれた。
議題は第二次調査の許可ではなかった。卓上に張り出されたのは、南区画外縁の旧排水溝跡と、第一坑道十メートル地点の暫定現況図、そして昨夜ゲイルから届いた地方都市規格書の写しだった。アシュレイが冒頭で告げた議題は一つきりだった。
「旧鉱山区画の一部を、どの資産分類に置くか。今日はそれだけを決めます」
集まった顔ぶれを見渡す。ノラ、ミレナ、ガルド、リオネル、セルマ。市庁の資産管理部門から二人。監査側にローデリク。住民代表としてウォンと、南区画の商人ベルグが末席にいた。
「順序が逆ではないか」と資産管理部門の年かさの役人が言った。「設備の正体が分かりかけているなら、まず奥へ進んで現物を確かめ、それから分類すればいい。分類を先に変えれば、責任部署が増え、手続きが膨らむ」
「その順序だと、壊します。規格書の写しを見てください」
ノラが写しの該当欄を指で押さえた。第七型、都市外縁補助核用の設置基点符号。その区分の備考に、短い一行があった。
「単独稼働禁止」とノラが読み上げた。
「禁止と書いてあるだけでしょう」と役人が言った。「触らなければいい」
「触らないために、何が必要かを決める会議です」とアシュレイが返した。「この設備は、坑道の奥に閉じているものではありません。差分線、採取物の遮断方向、排水溝跡の接続候補。三つが同じ方角を指しています。つまり、どこかへつながっている可能性がある」
会議室が静かになった。ガルドが腕を組んだまま口を開いた。
「俺の見立てを言う。これは独立した一個の設備じゃない。系統の一部だ。系統の一部を、接続先を確かめずに動かすと、何が起きるか分からない。電気を切らずに配電盤をいじるようなものだ」
「だから順序が逆だと言うんです」とアシュレイは繰り返した。「次に決めるべきなのは、どう起動するかではありません。どこから切り離せるか、その条件です」
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役割は淡々と割り振られた。
ノラが証拠分類をまとめる。拓本、削り跡の所見書、規格書の写し、差分線の仮番号。それらを一つの台帳にまとめ、「旧都市外縁基盤系統・休眠設備候補」という暫定区分の根拠資料にする。
「証拠としては、まだ候補どまりよ」とノラは念を押した。「確定じゃない。だから区分名にも候補と付ける」
「それでいい。確定していないことを、確定したように書かないでください」
ガルドは物理的に触れてはいけない範囲を線で示した。排水溝跡の石材から半歩、坑道十メートル地点の固定具周辺から半歩。
「この線の内側は、支保工を入れる作業でも近づくな。記録を壊す前に、設備を壊す」
リオネルは封鎖範囲ではなく巡回注意点を更新した。
「封鎖は広げない。広げれば住民の生活が削れる。代わりに、注意点を増やして二名巡回にする。鍵記録は二名確認制のまま、署名者の所在も毎回確認する」
ミレナは掲示文の差し替え案を出した。これまで掲示板に貼っていたのは「第二次調査に必要な条件一覧」だった。それを「旧基盤系統の確認状況」に書き換える。
「住民には、調査の目的が変わったことを正直に書きます。奥へ進むための条件ではなく、どこへつながっているかを確かめる段階に入った、と」
「言葉を変えるだけで、また延びるんだろう」とベルグが口を挟んだ。「結局、開かないままだ」
ミレナはベルグの方を向いた。
「延びます。でも、何のために延びるかは変わりました。前は奥へ入る準備でした。今は、迂闊に動かして街の別の場所に影響を出さないための準備です。排水溝跡は、あなたたちが普段通る路地の近くにあります」
ベルグが黙った。ウォンが代わりに聞いた。
「その路地は、危ないのか」
「今のところ、通行に問題はありません」とアシュレイが答えた。「危ないなら封鎖します。していないのは、危険が確認されていないからです。ただ、設備を不用意に動かせば話が変わる。だから、動かさない条件を先に決めています」
ウォンは少し考えてから頷いた。
「待つ理由が、前よりは分かった」
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資産管理部門の役人は、最後まで渋った。
「分類を変えれば、土木部門と魔力基盤の管理部門、両方が関わることになる。責任の線が増える。処理は長引く」
「長引きます」とローデリクが認めた。「ですが、未登録のまま放置して、後で系統障害が出た場合、誰の責任かを問えなくなります。今、暫定区分として記録に乗せておくことが、監査上は正しい手順です。確定ではなく、候補として乗せる。それなら、後で分類が変わっても矛盾は残りません」
役人は資料をもう一度めくり、ため息をついた。
「暫定区分。候補どまり。その条件でなら、照会を回す」
会議の結論は、派手なものではなかった。
旧鉱山区画の一部、すなわち第一坑道十メートル地点の固定具周辺と南区画外縁の旧排水溝跡が、「旧鉱山施設」ではなく「旧都市外縁基盤系統の休眠設備候補」として暫定登録された。そして第二次調査の目的が、深部への進入から、接続先の確認と切り離し条件の整理へと正式に変更された。
「奥へ進む話は、一旦消えました」とアシュレイは会議の終わりに言った。「代わりに、この系統がどこへ伸びているかを、非接触で確かめます。切り離せる場所が分かるまで、誰も何も起動しません」
誰も拍手はしなかった。ただ、各自が自分の担当票を持って席を立った。それで十分だった、とアシュレイは思った。会議で前に進んだ証拠は、歓声ではなく、次にやることが各自の手元に渡ったことだ。
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会議のあと、セルマが商人ギルドの控室で残った商人たちをつかまえた。アシュレイも同席した。説明の難しいところは、現場の言葉で受けてほしいと頼まれていた。
「封鎖を広げるのか」と、ベルグが真っ先に聞いた。「分類を変えるとか、休眠設備とか。難しい話はいい。商売に響くかどうかだ」
「広げません」とセルマは数字を並べた紙を卓に置いた。「迂回路はこれまで通り。むしろ、排水溝跡の路地は通行止めにしません。注意点として掲示するだけです。あなたたちの荷車が止まる回数は、先月と変わりません」
「じゃあ何が変わるんだ」
「掲示の文言と、巡回の人数です。そこにかかる費用は市庁持ち。あなたたちの損失申告の窓口も、これまで通り開けておきます」
ベルグは紙をのぞき込んだ。先月の迂回回数と、損失申告の処理件数が、行ごとに並んでいた。
「数字で出されると、文句のつけどころがない」とベルグが渋い顔で言った。
「文句は受けます。ただ、見えない不安に文句を言うより、数字に文句を言う方が、解決が早い。封鎖が解けない理由が分からないと、人は最悪を想像します。だから、何が変わって何が変わらないかを、先に出しています」
アシュレイは横で聞きながら、口を挟まなかった。セルマの説明は、設備の正体や規格書の話を一切していない。商人が知りたいのは荷車が何回止まるかだ。そこだけを、正確に答えている。説明を足しすぎないことも、現場対応の一つだった。
控室を出るとき、ベルグが小さく言った。
「次に何か変わるときは、また先に教えてくれ。黙って延ばされるのが、一番こたえる」
「お約束します」とセルマが答えた。
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夕方、作業室で暫定区分の台帳に署名をしていると、ゲイルから追加の通信が届いた。
「規格書の続きを送ります。第七型の設置基点符号には、もう一段、古い注記が付いていました」
アシュレイは送られてきた写しを手帳に書き写した。短い、古い言い回しの一文だった。
外縁補助核は、主基盤との切断確認なく単独稼働させてはならない。
単独稼働禁止、という昨夜の一行よりも、踏み込んでいた。禁止の理由が書かれている。主基盤との切断を確認してからでなければ、動かしてはならない。裏を返せば、この設備はどこかにある主基盤とつながっている前提で作られている。
「主基盤」とアシュレイは小さく繰り返した。
その主基盤がどこにあるのか、まだ分からない。坑道の奥か、都市外縁の地下か、あるいはもっと別の場所か。差分線の方角は手がかりにはなるが、答えではない。
ノラが作業室に入ってきて、署名済みの台帳を受け取った。
「明日からは、どこを測るの」
アシュレイは手帳の一行を見たまま答えた。
「次に調べるのは、どう動かすかではありません。まだ、どこにつながっているかです」
ノラは一瞬黙ってから、手帳の文字をのぞき込んだ。主基盤。その三文字を、彼女も書き留めた。
「切り離す場所を探すのね」
「ええ。動かすための準備ではなく、止めるための準備です。それが分かるまで、この設備は休眠したままにしておきます」
窓の外で、南区画の灯りが一つずつ点いていく。封鎖は今日も解けなかった。けれど、解けない理由の中身は、昨日とは違うものになっていた。




