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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第9章:坑道図の差分と休眠基盤〜奥へ進む前に、系統を切り分けろ〜
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第88話 封鎖線の外に、未登録の点がある

 翌朝、約束していた通りリオネルが詰め所の前で待っていた。


「ご案内します。南区画外縁の南端です」


 アシュレイはガルドとノラを連れて、リオネルの後について歩いた。封鎖区域とは反対の方向だった。住民が普段通る路地を通り、商店の裏手を抜ける。荷馬車が一台、脇道に停まっていた。


「ここからは、ほとんど人が通らない道になります」


 リオネルが案内したのは、雑草が伸びた空き地の端だった。古い石組みが地面から半分顔を出している。長さは大人の身長ほど、幅はそれより少し狭い。表面に苔がついていた。


「排水溝跡です。今は使われていません。昔の街路設備の一部だと、年配の住民から聞いたことがあります」


 アシュレイはしゃがんで石組みを確認した。苔をめくると、石の継ぎ目が見える。古いが、規則的に積まれている。


「ガルドさん、これは旧鉱山区画の設備と関連がありますか」


 ガルドが石組みに近づいた。指で表面をなぞる。


「形だけ見りゃ、ただの排水溝だ。ただ……」


 ガルドが石の一部を指した。継ぎ目の隙間に、灰がかった粒子が薄く残っている。


「これ、坑道の十メートル地点で採れた採取物番号三番に似てる」


 ノラが手帳を開いた。採取物の記録を確認しながら言う。


「番号三番は、魔力遮断材だったわよね。この粒子も同じ?」


「同じかどうかは、持って帰って照合しねえと分からん。ただ、見た目の質感は近い」


 アシュレイは石組みの周囲をもう一度見回した。表向きは古い街路設備。だが、坑道で見つかった遮断材に似たものが、ここにも残っている。


「これは、旧鉱山区画とは関係ない、で済ませられない可能性が出てきました」


「断定はまだできないわよ」とノラが言った。「似ているだけじゃ、同じとは言えない。この前、そう確認したとおりよ」


「分かっています。だからこそ、断定せず、未登録の点として現況図に加えたい」


 リオネルが頷いた。


「巡回経路には、すでにここを組み込んであります。今日からこの区画も定点として回します」


「助かります。ただ、この地点を扱う上で、もう一つ考えなければならないことがあります」


 アシュレイは石組みから少し離れ、周囲の路地を見た。住民の生活路に近い。封鎖区域そのものではない。


「ここは住民の生活圏に近い。封鎖を広げれば、また商人や住民の動線に影響します」


「広げる予定ですか」とリオネルが聞いた。


「広げません。未登録点として記録し、観測対象に加えるだけです。封鎖の拡大ではなく、注意点の追加で済ませます」


---


 午後、市庁の小会議室に、ミレナとセルマを呼んだ。


「南区画外縁の排水溝跡について、住民向けの掲示を更新したい」とアシュレイは言った。


「封鎖の話ですか」とミレナが少し緊張した顔をした。


「封鎖ではありません。注意点の追加です。古い設備の調査を始めるが、立ち入り禁止ではない、という内容にしたい」


「立ち入り禁止ではないなら、どう書けばいいですか」


「『南区画外縁の旧排水溝跡周辺で、設備調査を実施します。通行は可能ですが、立ち入っての作業や掘削はご遠慮ください』くらいでどうでしょう」


 ミレナが手元の紙に書き取った。


「これなら、不安を煽らずに伝えられると思います」


 セルマが口を挟んだ。


「商人連合にも伝えた方がいいです。荷馬車の経路がその近くを通ることがあります。封鎖だと誤解されると、わざわざ迂回されてしまいます」


「お願いできますか」


「説明の仕方を考えます。封鎖拡大ではなく、通行注意点の追加だと、はっきり言います」


「助かります」


 ミレナが少し手を止めて言った。


「ただ、住民の中には、また封鎖が広がるんじゃないかと心配する人もいると思います。旧鉱山区画の封鎖が始まった時のことを覚えている人が多いので」


「その心配は当然だと思います。だからこそ、最初から『封鎖ではない』と明確に伝えたい」


---


 夕方、市庁の前にウォンが立っていた。今日は一人ではなかった。横に、見たことのない男がいる。年齢はウォンより若く、苛立った様子で足を踏み替えていた。


「アシュレイさん、少しいいですか」とウォンが言った。


「どうぞ」


「こちらは南区画で大工をやっているベルグです。排水溝跡の調査の話を聞いて、心配していまして」


 ベルグが前に出た。


「また封鎖を広げるつもりなんですか」


「広げません。掲示にもそう書いてあるはずです」


「掲示は見ました。でも、調査が始まったら、結局封鎖になるんじゃないですか。旧鉱山区画だって、最初は『確認するだけ』だったのが、今も封鎖されたままだ」


 ベルグの声には怒りより不安が強く出ていた。アシュレイはその不安を否定せず、まず受け止めた。


「旧鉱山区画は、確認するうちに危険な未管理設備が見つかったため、安全のために封鎖を継続しています。今回の排水溝跡は、まだそこまでの危険性が確認されていません」


「確認されていないなら、何のために調査するんですか」


「似た成分が見つかったからです。関連があるかどうかを確かめる必要があります。確かめずに放置すれば、後で問題が起きた時に対応が遅れます」


「それで、確かめた結果、封鎖になることもあるんですか」


「ある、という可能性は否定しません。ただ、今の段階で封鎖を前提に話すつもりはありません。確認した結果次第です」


 ベルグは少し黙った。


 ウォンが間に入った。


「ベルグ、アシュレイさんは、今までも嘘をついたことはない。封鎖が必要になった時は、理由を説明してきた」


「……それは、分かってます」


「だったら、今は『封鎖を広げない理由』を聞けばいい。それでいいだろう」


 ベルグがアシュレイを見た。


「封鎖を広げない理由を教えてください」


「今の段階では、調査対象が点として一つ見つかっただけです。坑道内部の問題が、この地点まで広がっているかどうかは確認できていません。確認できていない範囲を、先回りして封鎖すれば、住民の生活への影響が、根拠のないまま広がります。確認できた範囲だけを、確認できた理由で扱う。それが今の方針です」


 ベルグはしばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「分かりました。広がるようなら、また教えてください」


「必ず伝えます」


 ウォンがベルグの肩を軽く叩いた。二人が帰っていくのを、アシュレイは見送った。


---


 夜、市庁の作業室にノラとガルドが残っていた。現況図に、新しい印が一つ加わっている。


「南区画外縁・排水溝跡。仮登録、候補点として」とノラが図に書き込んだ。


「候補点、というのは」とガルドが聞いた。


「旧鉱山区画と都市外縁基盤系統をつなぐ可能性がある地点、って意味よ。断定はしてない。でも、無視できる材料でもないわよね」


 アシュレイは図を見た。坑道口から伸びる差分線、L-03の延長線、そして今日確認した排水溝跡。三つが重なる場所に、新しい印がついている。


「これで、坑道内部だけの問題ではなくなった」


「そうなるわね」とノラが言った。「ただ、範囲を広げたわけじゃない。確認できた地点を一つ、記録に加えただけ」


「その違いを、ベルグさんにも今日説明しました」


「伝わりましたか」


「伝わったと思います。完全に納得したわけではないでしょうが、理由は分かってもらえました」


 ガルドが排水溝跡の写しを取り出した。今日撮った石材の拓本だ。継ぎ目の部分を指でなぞる。


「旦那、ここ見てくれ」


 アシュレイが覗き込んだ。継ぎ目の少し上、石の表面に、浅く擦られたような跡がある。文字や紋章のようなものがあったかもしれない箇所だ。


「これは」


「最初は劣化かと思った。だが、削れ方が均一すぎる」


 ノラが拓本を手に取り、灯りに近づけた。


「自然に欠けたものじゃないわね。意図的に、何かを消した跡に見える」


「消した、というのは」とアシュレイが聞いた。


「刻印か、印か。形までは分からない。明日、もう一度現地で確認するわ」


 アシュレイは拓本を見つめた。誰かが、この石材から何かを消した。意図的に。


「明日、詳しく調べてください」


「分かった」


 夜の作業室に、灯りが一つ残った。図の上の新しい印と、拓本に残った消し跡が、明日への課題として並んでいた。

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