第87話 奥ではなく、外縁へ向かっている
翌朝、アシュレイは暫定現況図を資料室の机に広げた。
昨日ノラが差分線に引いた補助線が残っている。採取物番号三番の遮断方向を示す矢印。地方都市規格書写しの接続方向図。それと、ゲイルが送ってきた補足の余白書きを横に置いた。
ガルドとノラが来たところで、リオネルも顔を出した。防衛隊の巡回担当で、封鎖区域の外縁を日々回っている。昨日、照合票の受理が終わった後に声をかけておいた。
「ここで全部を並べて確認したい」とアシュレイは言った。
「差分線、採取物の遮断方向、写しの接続方向図の三つを、同じ方角基準で重ねます」
ノラが差分表版三を引き寄せた。帯状の空隙の線を、昨日とは別の角度から追う。
「帯状の空隙が走ってる向き、方角にすると北北西よ」
「採取物番号三番の遮断方向は」
ガルドが測定控えをめくった。
「三番の遮断は、面に垂直方向が一番強い。その面が北北西を向いてた。つまり遮断の強い方向は、北北西から来る何かに対してかかってる」
「写しの接続方向図は」
ノラが図を開いた。補助基盤固定架から接続線が伸びている向きを指した。
「図では、接続線の先は南南東に書いてあるのよね。この図の座標を現地に合わせると……」
ノラが二枚の図を重ねた。しばらく手を動かして、止まった。
「南南東が、こちら側。つまり接続先はこの図に向かっている。旧イルダンの外縁方向」
アシュレイは机の図全体を見た。差分線の帯、採取物の遮断面、写しの接続方向。三つとも、同じ方角を向いていた。坑道の奥ではない。坑道の横壁を抜けて、市の方へ、外縁へ向かっている。
「坑道の深部への接続ではないかもしれない」
「ないかもしれない、わね」とノラが言った。
「断定はできない。でも、三つとも同じ方角を向いてる」
アシュレイは三枚の図を見た。それぞれの出所が違う。差分表はノラが作業した。採取物の測定控えはガルドが書いた。写しの接続方向図は書き手も分からない古い図だ。三つが同じ方角を示しているのは、誰かが意図してそう揃えたわけではない。それぞれが別の方法で、別の時期に、同じ結果に至った。
だからこそ、信頼できる根拠になる。一つだけなら偶然かもしれない。三つが重なれば、方向性を持ち始める。
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午前の遅い時間、ガルドが地図の別の版を出した。旧イルダン南区画の旧支柱配置図だ。
「封鎖区域の坑道奥を調べようとすれば、次は入坑許可が要る。ただ旦那、接続先が外縁方向なら、坑道の外の地面を調べる方が安全で早い」
「外縁の何を調べますか」
「旧支柱跡だ。この区画、南区画の地下には、旧イルダン建設時に打ち込んだ支柱の残骸がいくつか残ってる。封鎖区域の外だ。接続線が外縁に向かってるなら、支柱跡の近くを通ってる可能性がある」
「封鎖区域外なら、入坑許可なしで近づけますか」
「地表側からなら問題ない。地面を掘ることになれば許可がいるが、まず外側から測定するだけなら今すぐ動ける」
アシュレイはノラを見た。
「照合票に、接続先の欄がまだ空白で残っています。そこを埋めるための測定として、外縁側の非接触測定を先にやります。坑道の奥へは、それが終わってから」
「差分線に仮番号を振っておくわ」とノラが言った。「L-01からL-03まで、帯状の線を三本に区切って。測定結果を番号で管理できるように」
「それをお願いします」
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昼前、防衛隊の詰め所へ顔を出した。
若い隊員が二人、照合票の話を聞いていたのか、アシュレイが入るなり口を開いた。
「グラン主任。次の調査は、いつ入るんですか」
「今回は入りません。外縁側の測定を先にやります」
「外縁、ですか。でも調査というのは、中に入っていくものじゃ……」
「中に入る方が、速く答えが出る、ということはあります。でも、接続先が外縁方向にある可能性が出た以上、外を調べずに中へ進んでも、答えには近づかない可能性が高い」
「入った方が気持ちはいいだろうが、間違った方向に進むのは無駄だ」と横からガルドが言った。声に棘はなかったが、答えは明快だった。「旧支柱跡の巡回を増やせるか、リオネルに聞いてくれ」
隊員は少し黙った。
「……分かりました。リオネルさんに確認します」
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昼すぎ、リオネルが巡回経路の控えを持ってきた。
「南区画の外縁、旧支柱跡の周辺は、今は週に一度しか回っていません。増やせますか」
「封鎖区域外なら、巡回頻度は私が変えられます。ただ、旧支柱跡の場所を正確に教えてもらえないと、どこを重点的に回ればいいか分からない」
「ガルドさんから、配置図の写しをお渡しします」
「助かります。あと、巡回した記録は、日付と場所と、目視で何か異状があったかどうかを簡単に書いてもらえますか。測定はこちらでやります。巡回記録は定点の観察として使います」
「書式は決めてありますか」
「特に決めていません。場所、日付、異状の有無の三項目があれば十分です。リオネルさんが書きやすい形で構いません」
リオネルは頷いた。
「明日から切り替えます。南区画の外縁を優先して回ります」
リオネルが出ていった後、アシュレイは机の上の配置図を見た。ガルドが出してきた版だ。旧支柱跡の位置が打ってある。封鎖区域の外側に、いくつかの点が散っている。
差分線が外縁方向を向いているなら、この配置図は手がかりになるかもしれない。ならないかもしれない。どちらかは、測定してみないと分からない。測定した記録が積み上がることで、初めて判断できる。今はそのための準備をしている。
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夕方、ノラが差分表に仮番号を振り終えた。
「L-01からL-03、三本分の帯状線に番号が入ったわ。L-01が最も坑道口に近い側。L-03が外縁方向の先端側よ」
アシュレイは図を確認した。L-03の先が、旧イルダン外縁部に向かっている。接続先はその先にある、かもしれない。
「次の調査計画を立てます。第二次調査は、坑道内部への進入ではなく、L-03の延長線上にある外縁側の非接触測定を最初に行う。坑道奥への調査は、それが終わってから判断します」
「第二次調査の定義が変わったわね、アシュレイ」とノラが言った。
「変わりました。目標は奥へ進むことではなく、接続先がどこへ向かっているかを確認することです」
ノラが図に一行書き添えた。「第二次調査目標:接続先の方向確認。坑道内部進入は優先しない」。
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リオネルが日暮れ前に巡回記録を一枚持ってきた。今日の追加巡回分だ。
「南区画外縁を一回り回りました。旧支柱跡付近の記録です」
アシュレイは記録を受け取った。場所、日付、異状の有無。最後の欄に一行書いてある。
「南区画外縁の南端、古い石組みの排水溝跡がある。通常巡回では通らない区画で、今回初めて確認した。地図に未登録の点がある」
アシュレイはその一行を読んだ。L-03の延長線上に、未登録の排水溝跡。
「明日、場所を詳しく教えてください」
「明朝、同行します」
アシュレイは手帳に一行書いた。
「南区画外縁・古い石組み排水溝跡、現況図に未登録。位置確認、優先事項に追加」
手帳を閉じた。
L-03の延長線上に、地図に載っていない構造物がある。それがすぐに接続先を意味するとは限らない。古い構造物が現況図に未登録のまま残っていることは、珍しくない。ただ、方角が一致している。差分線と採取物の遮断方向と写しの接続方向が示す方角と、今日リオネルが確認した排水溝跡が同じ線上にある。
明朝確認する前に、ノラに伝えておく必要があった。アシュレイはもう一度手帳を開いた。
「L-03延長線・ノラへ共有。明朝リオネル同行予定」
それだけ書いて、資料室の明かりを落とした。




