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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第9章:坑道図の差分と休眠基盤〜奥へ進む前に、系統を切り分けろ〜
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第86話 似ているだけでは、同じとは言えない

 地方都市規格書の写しが市庁に届いたのは、翌日の午前だった。


 王都からの便で運ばれてきた封筒には、エルリックの署名のほかに、もう一人分の走り書きが添えられていた。ゲイル、とだけある。写しは二束あった。一束は規格書本体の該当箇所。もう一束は、ゲイルが余白に手で書き込んだ補足だ。


 アシュレイは資料室の机に二束を並べた。ノラが向かいに座り、ローデリクが少し離れた席で自分の照会綴りを開いている。


「届いたわね」とノラが言った。


「届きました。ただ、届いたものをどう扱うかを、先に決めておきたいんです」


「扱い方」


「これを『答え』として読むか、『照らし合わせる材料』として読むか、です」


 ノラはペンを止めた。


「違うの」


「違います。答えとして読むと、写しに書いてあることを現物に当てはめて納得して終わります。照らし合わせる材料として読むと、写しと現物のどこが合って、どこが合わないかを一つずつ確認することになります。手間は後の方がかかります。でも、間違えにくいのは後の方です」


 ローデリクが綴りから顔を上げた。


「結論から言うと、私は後者でなければ監査資料として受理できない。王都からの写しというだけで現物の分類を決めたとなれば、それは照合ではなく権威への追従だ」


「同じ意見です」


 アシュレイは規格書本体の該当箇所を開いた。図と表が並んでいる。固定具の形状、外装素材の層構成、制御線の取り回し、設置位置の条件。どれも、第一坑道の十メートル地点で見た痕跡や、採取物番号三番と、確かに似ていた。


 似ていた。だが、アシュレイはその「似ている」に線を引いて止めた。


「ノラさん。照合票を一枚起こしたいんです」


「照合票」


「形状、寸法、素材、波形、固定方向、接続先、単独稼働可否。この七項目で、写しの記載と、こちらの現物・測定値を並べて書きます。合うものには合うと書き、合わないものには合わないと書く。似ている、で済ませない」


 ノラは新しい紙を取り、七項目の欄を引いた。一番上の欄に「照合対象:旧鉱山区画第一坑道十メートル地点先・固定具および採取物番号三番」と書く。隣の欄に「照合資料:地方都市規格書(補助基盤関連)写し」と書いた。


「最初に書くのは、合っている項目からにします」とアシュレイが言った。「合っているものを先に確定させておかないと、合わない一点に引きずられて全部を否定しがちになります」


「形状」とノラが読み上げた。


「規格書の補助基盤固定架の図と、現地の固定具痕は、おおむね一致。ただし『おおむね』です。完全一致とは書かないでください」


「素材」


「採取物番号三番は、補助基盤外装素材の特性と一致。耐熱性、魔力遮断方向、これは合っています」


 ノラが書き込んでいく。合、合、と二つ並んだ。


 そこまでは早かった。問題は次だった。


「寸法」とノラが言った。


 アシュレイは現地測定値の控えを引き寄せた。ガルドが現場で取った値だ。


「合いません。固定架の取り付け幅が、規格書の標準値より狭い。誤差の範囲を超えています」


「固定方向」


「これも合いません。規格書では固定方向は一方向と決まっていますが、現地の痕は二か所で角度が違う。後から付け足された可能性があります」


「残留波形」


「写しには波形の参考値が載っていますが、こちらの測定値とは周期が違います。近いけれど、同じではない」


 ノラの手が止まった。照合票の下半分に、否、否、否、と並んだ。


「……アシュレイ。これ、どう読むの」


「似ているけれど、王都の旧式安全核そのものではない、と読みます。それから、規格書通りの補助基盤そのものでもない、とも読みます」


「どっちでもないの」


「規格書の補助基盤に『近い系統』だが、そのまま当てはめてはいけない、というのが、今の段階で言える一番正確な言い方です」


 ゲイルの補足の束を、アシュレイは開いた。走り書きの字は大きく、几帳面ではない。だが、書いてあることは明快だった。


 一行目にこうある。


「似ているものを同じ扱いにすると、現場で事故る」


 その下に、もう少し細かい字が続いていた。寸法が違う固定架に規格書通りの支保工を入れると、合わない分を無理に詰めることになる。詰めれば、現地にしかない二か所目の固定角を潰す。潰したものが何だったかは、潰した後では分からない。だから、規格書を物差しにして現物を削るな。現物を測ってから、規格書のどこが当てはまるかを後で決めろ。──そう書いてあった。


 アシュレイはその一枚を照合票の脇に置いた。


「ゲイルさんの言う通りです。順番を間違えないようにします。規格書に現物を合わせるのではなく、現物を測ってから規格書を当てる」


「現場の人ね」とノラが言った。会ったこともない相手に、少しだけ親しみのこもった声だった。


 昼を過ぎて、市庁の会議室に呼ばれた。呼んだのは庶務統括のハーグだった。第一坑道の件で、住民説明の文面を早く固めたいという。


 会議室にはハーグのほかに、市庁の役人が二人いた。一人は、初回調査のころから「王都の安全核と関係があるのでは」と言い続けていた男だ。名はクラフトといった。


「グラン主任。写しが届いたと聞いた」とハーグが切り出した。「で、どうなんだ。王都の旧式安全核と関係があるのか」


「現時点では、関係があるとは書けません」


「ないのか」


「ないとも書けません。似ている部分はあります。ですが、寸法、固定方向、波形が合いません。似ているだけでは、同じとは言えない、というのが今日の照合結果です」


 クラフトが口を挟んだ。


「主任。住民は不安がっている。『王都の設備に似たものが地下にある』と、もう噂が回っている。ここで市庁が『関係あるかもしれない』と認めれば、少なくとも説明はつく。隠していると思われるより、よほどましだ」


「説明はつきます」とアシュレイは言った。「ただ、つくのは今日だけです」


 クラフトが眉を寄せた。


「どういう意味だ」


「『王都の設備に関係がある』と今日言ってしまうと、明日からの調査は、その前提に合う証拠ばかりを探すことになります。合わない測定値が出ても、『例外だ』『誤差だ』で片づけたくなる。一度公式に言葉にした見立ては、現場の目を曇らせます。……今日の不安を抑えるために、明日からの調査の正確さを差し出すことになります」


 会議室が静かになった。


 ハーグが腕を組んだ。


「だが、何も言わなければ言わないで、住民は黙っていないぞ」


「言わないのではありません。言える範囲を、正確に言います」


 アシュレイは照合票の写しを机に置いた。


「『地下にあるものは、王都の安全核と似ているが、同じではない。今は、地方都市規格の古い設備に近い系統のものとして調べている』。ここまでは言えます。これは事実です。噂に対しては、噂を否定するより、今分かっていることの範囲を示す方が効きます」


 クラフトはしばらく照合票を見ていた。合と否が並んだ表だ。やがて、低い声で言った。


「……『似ているが同じではない』を、住民が理解できると思うか」


「全員はできないかもしれません。ですが、掲示には残ります。後で『あのとき市庁は王都と関係があると言った』と言われるか、『似ているが同じではないと言った』と言われるか。半年後に効くのは後の方です」


 ハーグが息を吐いた。決めかねている、というより、反論する材料が尽きた、という吐き方だった。


「……ミレナに文面を作らせる。その『似ているが同じではない』の線でだ。ただし、クラフトの心配も書き添えろ。『関係の有無は引き続き照合中』と」


「それで結構です」とアシュレイは言った。「むしろ、その方が正確です」


 夕方、王都との通信室で、エルリックとゲイルに照合票の控えを読み上げた。


「合った三項目、合わなかった四項目、そのまま伝えます」とアシュレイが言うと、通信の向こうでゲイルの声がした。初めて聞く声だった。


「四つ合わなかったか。よかった」


「よかった、ですか」


「全部合ってたら、こっちは逆に怖い。地方の古い設備が、王都の規格書とぴったり合うことなんてまずない。合わないところがあるってことは、お前さんたちがちゃんと現物を測ったってことだ。写しを眺めて『合ってます』で済ませる連中は、合わないところを見ないからな」


 エルリックが補った。


「ゲイルさんが言いたいのは、照合票が信用できる、ということです。合わない項目を正直に書いてあるから」


「助かります」とアシュレイは言った。「接続先と単独稼働可否の二項目だけ、まだ埋まっていません。接続先は、現地でこれから確かめます」


 ローデリクが、その日のうちに照合票を監査資料として正式に受理した。受理印の脇に、自分の字でこう書き添えた。


「本票は、地方都市規格書写しを答えではなく照合資料として用いた記録である。王都旧式安全核との関係は、現時点で肯定も否定もしない」


 その一文を読んで、アシュレイは少しだけ肩の力が抜けた。市庁の中に、断定を急がない言葉が一つ、公式に残った。


 照合票は七項目のうち五つが埋まった。残るは接続先と、単独稼働可否。


 ノラが、埋まっていない「接続先」の欄に仮の線を引きながら、ふと手を止めた。


「アシュレイ。接続先って、坑道の奥のことよね」


「ふつうはそう考えます」


「でも、採取物三番の遮断方向と、差分表の帯状の空隙の向き。あれ、坑道の奥に向かってないわよね。横を向いてる」


 アシュレイは差分表の版三を引き寄せた。帯状の空隙を示す線を、もう一度たどる。線は、坑道の進行方向──奥へ向かう向きではなかった。坑道の壁を横切り、市の方角へ、外縁の方へ、わずかに逸れている。


 接続先の欄に、まだ何も書けなかった。ただ、書くべき方角が、奥ではないかもしれない、という気配だけが残った。


 アシュレイは手帳に一行だけ書いた。


【接続先・未確定。ただし向きは坑道深部ではなく、旧イルダン外縁方向の可能性。要確認。】

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