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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第9章:坑道図の差分と休眠基盤〜奥へ進む前に、系統を切り分けろ〜
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第83話 古い坑道図は、嘘ではなく古い

 旧鉱山組合の保管庫は、南区画の外れにある。

 元は組合の詰め所だった建物で、今は倉庫として細々と使われている。ミレナが組合の記録から保管庫の存在を確認し、管理人に話を通して中を調べさせてもらったのは昨日のことだった。


 今朝、ミレナは持ち帰った資料を資料室の机に広げていた。

 坑道図の写しが三枚、測量メモの束が一冊、それに組合が使っていた作業記録の綴りが数冊。どれも埃を被っていたが、紙は思ったよりしっかりしていた。乾燥した保管庫だったのか、読める状態で残っている。


 ミレナは一枚ずつ版番号と日付と署名を手帳に書き出した。

 写しの三枚は、同じ区画の図面だったが、版番号が違う。一番古いものは十九年前。次が十五年前。一番新しいものが十二年前の版だった。それぞれに署名が入っている。十九年前の版の署名は読みにくかった。十五年前の版はミレナが見覚えのある名前だった。


 ダン・クレイ。

 以前、役所に来てもらって旧坑道図についての聞き取りをした老人の名前だ。


 ミレナは手帳にそれを書き留め、十五年前の版と最初に入手していた旧坑道図を並べた。

 入口付近の線を見比べた。


 ほとんど同じだった。ただ、一か所だけ違う。十五年前の版には、入口から二メートルほど入ったところに、補修の跡を示す記号がある。最初に入手していた版にはその記号がない。

 ミレナはその記号を指で押さえた。


 アシュレイが来たのは昼前だった。

 ミレナが三枚の写しを版番号順に並べ、差異を書き出した一覧表を脇に置いて説明した。


「版の最も古いものと最も新しいもので、記号の有無が一か所だけ違います。十五年前の版にある補修記号が、十二年前の版には消えています」


「補修記録が、新しい版に引き継がれなかった、ということですか」


「そう見えます。補修が完了した後に、記号を消して更新したのか、それとも更新した人が補修のことを知らなかったのか、どちらかだと思います」


「どちらか確認するために、ダン・クレイさんに来てもらいます」


「また来てもらえるでしょうか」


「連絡を入れてください。測量メモの束も、今日までに版別に整理できますか」


「できます。午後のうちに」


 夕方近く、ダン・クレイが資料室に来た。

 前回来た時と同じく、布袋を下げていた。中には今日のために持参したものがあるらしく、袋がわずかに膨らんでいた。


 ミレナが三枚の写しを机に並べた。


「今日来ていただいたのは、この三枚の版の違いについてです」


 ダンは三枚を順番に見た。それから十五年前の版の補修記号のところで止まった。

 少しの間、動かなかった。


「この補修記号は、ダンさんが入れたものですか」


 ダンは答えなかった。視線は図面の上にあった。

 アシュレイは急かさなかった。ミレナも黙っていた。


 しばらくして、ダンは言った。


「……私が入れた記号だ」


「どういう補修だったか、教えてもらえますか」


「入口から二メートルのところに、排水のための側溝があった。封鎖前の年に、溝の底が抜けかけていたので詰め直した。小さな補修だ。一日仕事だった」


「その補修後に、図面を更新したのがこれですか」


「そうだ。……ただ」


 ダンは十二年前の版に目を移した。


「この版は私が描いたものじゃない。署名が違う」


 ミレナがすでに手帳を開いていた。


「十二年前の版の署名は、組合の別の測量担当者のものです。ダンさんの名前とは違います」


「その人間が、私の補修記録を見ないで描き直したんだろう」


「補修後の状態を知らなかった可能性がある、ということですか」


「知らなかったか、確認しなかったか。どちらかだ。……補修記録は組合の作業台帳に残してあったが、その台帳が図面の更新者に渡っていたかどうかは分からない」


 アシュレイが言った。


「記録は残っていたが、引き継がれなかった。そういうことですね」


「そういうことだ」


 ダンは少し声を落とした。


「私の署名が残っている図面が今も出回っていると分かったとき、困ると思った。補修の記録が消えた版が使われていれば、私の仕事が不完全だったということになる。……正直に言えば、ここへ来る前に、知らなかったことにしようかとも考えた」


 アシュレイはダンを見た。正直に言っている顔だった。


「言いにくいことを話してくれました」


「言わなくてよい話でもなかった。どうせ図面を全部照合すれば分かることだし、私が黙っていても困るのは調査する側だ」


 ダンは手を布袋に伸ばし、薄い冊子を取り出した。


「これを持ってきた。十五年前の補修作業の記録だ。作業日、使った材料、補修の前後の測量値。……当時の状態を確認したいなら、一番正確な資料がこれだ」


 ノラがその冊子を受け取った。版番号と日付を確認し、証拠管理台帳を開いた。


「参照資料として番号を振ります。原本は複写を取ってお返しします」


「構わない」


 ダンが帰った後、四人が机を囲んだ。アシュレイ、ノラ、ミレナ、ガルドだ。

 ガルドは今日の午後に封鎖線外から現地の測定を続けていた。入口付近の角度と排水溝の位置について、追加の測定値を出してきた。


「旦那。今日の分を出す」


 ガルドが記録票を机に置いた。入口角度、排水溝の位置、支柱番号。前回との差分がある箇所には印がついている。


「排水溝については、十五年前の補修後の位置と、外から見える現状の位置は、ほぼ一致してる。つまり、今の現地に一番近いのは十五年前の版だ。十二年前の版の方が新しいのに、現地からは遠い」


「補修後の状態が、新しい版に引き継がれていなかったから、ということですね」


「そういうことだな。……最新版が一番正確とは限らない、という話だ」


 ノラが三枚の写しを並べ、新たに一枚の紙を取り出した。信用度の整理表だった。


「三枚を分類する。十九年前の版は、入口構造の大枠については整合する部分が多いが、補修前の状態なので現地の細部とは違う。参照可、ただし現地優先。十五年前の版は、補修後の状態を含んでいる。参照精度が最も高い。補修記録との照合で、信頼できる箇所と不明な箇所を分けられる。十二年前の版は、補修後の状態を反映していない。削除ではなく、参照不可に分類する。ただし廃棄はしない。誰が、何を見て、どのように描き直したかを追うための参照証拠になり得る」


「参照不可でも残す、ということですか」とミレナが確認した。


「残す。なぜこの版が存在するかを追うためには、現物が必要になるわ。廃棄すれば、その問いへの手がかりも消える」


「方針を確認します」


 アシュレイが全員を見渡した。


「三枚の写しはノラさんの分類に従い、それぞれに参照番号を振って保管します。廃棄はしません。その上で、今後の第二次調査に向けて、現地測定値との差分表を作ります」


「差分表の形を教えてくれ、旦那」


「ガルドさんの現地測定値を基点にします。入口角度、排水溝位置、支柱番号、その他の現地確認項目について、十五年前の版の値と現地測定値を並べた表です。どこが一致し、どこが変わっているかを一覧にする。この差分表が、第二次調査用の暫定現況図の土台になります」


「書くのは誰が」


「ミレナさんに書式を作ってもらい、項目ごとにガルドさんの確認を取りながら埋めます。完成した後、ノラさんに参照番号を振ってもらって、許可票の添付資料として登録します」


 ミレナが手帳に書きながら言った。


「書式は今日中に草案を出します。ガルドさん、明日の午前に項目の確認をお願いできますか」


「問題ないぞ」


 ノラが資料を整えながら言った。


「旧坑道図は捨てないし、信じすぎない。どこまでが使えてどこからは使えないかを明示した上で持つ。それが今日の結論ね」


「そうです」


 夕方、ミレナが差分表の書式の草案を書き始めた。

 入口から奥へ向けて、確認ポイントを番号で並べる形にした。それぞれのポイントに、十五年前の版の値、現地測定値、差分、備考の欄を設ける。備考には「補修後と一致」「補修後と不一致」「測定不能」などを入れる想定だ。


 手を動かしながら、ミレナは差分表の奥側の列を埋めていく作業を頭の中でイメージした。

 現地測定値は、封鎖線の外から計測できる範囲に限られている。入口から数メートルの範囲は値が入るが、奥に行くほど確認できていない欄が増えていく。


 ミレナはその奥側の欄を眺めた。

 少し手が止まった。


 何もない欄が続く中に、一か所だけ妙な行がある。今日のガルドの測定メモにある数値だ。ガルドが「念のため」と書き添えて書き取ってきた値で、正式な測定項目には入っていなかった。

 入口から斜め方向への振動計測値だ。これまでの確認項目と方向が違う。


 ミレナはその値を差分表の備考欄に暫定で書き込んだ。

 図面の該当箇所を見た。


 十五年前の版にも、十九年前の版にも、その方向に何かがあるという記載はない。ガルドの測定票にある値だけが、そこに何かがある可能性を示している。

 ミレナは手帳に一行だけ書いた。


 ―――図面にも測定記録にも記載なし。ガルド測定票・念のための値のみ。幅の推定値、細い。

 ガルドに明日確認しなければいけない、と思いながら、書式の続きに戻った。

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