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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第8章:第一坑道十メートルの作業許可〜入る前に、止まる条件を決めろ〜
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第75話 測定値が合わないなら、合わないまま記録しろ

 朝のうちから、坑道入口の封鎖線外に器具が並んでいた。

 残留魔力の計測器、空気確認用の反応石、温度計、そして遠隔通信の確認器。四種類が、封鎖線ぎりぎりのところで間隔を取って置かれている。封鎖線の内側には入らない。外から計測できる範囲だけを対象にした測定だ。


 アシュレイは計測器の前に座り、手帳を開いていた。隣にミレナが立ち、別の紙に計測値を書き取る準備をしている。

 測定担当はリオネルの部下の隊員が二名。ガルドは資材置き場で昨日から続いている支保工材の全数確認を続けていた。こちらはこちらで人手がかかっている。


「計測器の初期値、確認してください」


「温度、外気基準で安定。残留魔力計、ゼロ点復帰確認。空気反応石、変色なし。通信確認器、受信良好」


 隊員の一人が読み上げる。ミレナが値を書き取った。


「記録開始」


 アシュレイが言い、隊員が計測器のレバーを引いた。

 最初の数分は、特に変わったことは起きなかった。空気の数値が外気と同程度で安定し、温度も封鎖期間の長さを考えれば想定の範囲だった。通信の確認器も、外周の封鎖線との信号をきれいに拾っている。


 変化があったのは、残留魔力計だった。


「……数値が動いています」


 隊員が声を上げた。

 アシュレイが計測器を見た。針が右に振れている。わずかだが、外気の自然残留値より明確に高い。


「範囲は」


「封鎖線から計測器の設置位置まで、全域で拾っています。坑道入口に近い方が高い」


「周期は」


「周期が……あります。一定ではないですが、大体十八から二十秒ごとに山が来ています」


 アシュレイは手帳に書いた。


【残留魔力。外気基準より高。封鎖線内からの漏出と推定。計測周期、約十八〜二十秒。】


 ミレナが数値を書き取りながら言った。


「波形の形が少し特徴的です。緩やかに上がって、急に落ちる。山が右に偏っています」


「書き取ってください。グラフにできる形で」


「はい」


 ミレナはすでに紙に折れ線を描き始めていた。数値を打点して繋いでいくと、山の形が見えてくる。緩やかな上昇、急峻な下降。その形が繰り返されている。

 アシュレイはその折れ線を見た。


 少し間があった。


「エルリックさんに通信を入れてください」


 ミレナが通信器に向かった。しばらくして、遠い場所から声が返ってきた。


「はい、こちらエルリックです。何かありましたか」


「測定値を送ります。今から読み上げる数値と波形の形を、王都側の記録と照合してください。比較対象は旧式安全核の通常運転時の残留魔力波形です」


 エルリックの声が少し変わった。


「……旧式安全核、ですか」


「照合してほしいのはそれだけです。確認できたら折り返してください」


「分かりました。数値を」


 ミレナが読み上げ、エルリックが受け取った。通信が一旦切れた。

 封鎖線外で、測定が続く。隊員が定期的に数値を読み、ミレナが書き取り、アシュレイが手帳に記録していく。空気の数値に変化はない。温度も安定している。動いているのは残留魔力計だけだった。


 十五分ほどして、通信器から声が戻ってきた。


「エルリックです。照合しました」


「結果を」


「……波形の形については、旧式安全核の通常運転時の残留波形と、おおむね近い形になっています。山の形、周期の大まかな範囲。パターンが似ています」


「似ている、というのは」


「はい。ただ周期が違います。旧式安全核の場合、通常時は十二から十四秒が標準です。イルダンの値は十八から二十秒。六秒ほど長い。それと減衰の速さも違います。旧式安全核は急峻に落ちるのですが、落ちた後の基線への戻り方がもっと遅い。イルダンの値は落ちた後、基線への戻りが早すぎる」


「差の大きさは、誤差範囲を超えますか」


「超えます。同じ部材を同じ条件で使っているなら、周期の差はここまで出ません」


 少しして、別の声が入ってきた。ゲイルだった。


「アシュレイ、俺も少し聞いていたぞ。一つ言っておく」


「どうぞ」


「同じ部材なら、減衰の仕方が違う。これが答えだ。旧式安全核の残留波形がそういう山を描くのは、部材の中に特定の減衰物質が使われているからで、そいつが波形の収束を遅らせる。……イルダンの値はその収束が早い。つまり、同じ部材は使われていない可能性が高い」


「可能性、ということですか」


「断言はしない。測定器のキャリブレーション状態や、坑道の形状でも波形は変わる。ただ、同じだとは言えない。照合対象として扱うべきだが、同一視してはいけない」


「分かりました。ありがとうございます」


 アシュレイは通信を切り、手帳に書いた。


【波形形状、旧式安全核通常運転時の残留波形と類似。ただし周期差約六秒、減衰後の基線戻りの速度に明確な差異あり。同一部材と断定できる根拠なし。照合対象として記録する。】


 ミレナが書き取りを終えて言った。


「『旧式安全核類似』とは書かないのですか」


「書きません。似ているは結論ではなく、照合が必要だという条件です。類似と書けば、確認が終わる前に結論が一人歩きします」


「……照合対象として記録する、が正確、ということですね」


「そうです。ミレナさん、照会票を起こしてください。王都側へ正式に波形照合を依頼する文書です。照合対象の記録番号、測定値と波形図の写し、照合を依頼する理由、回答期限を入れてください」


「はい。書きます」


 ミレナがすぐに紙を広げた。

 そこへ、封鎖線から少し離れた場所に立っていたコルテが近づいてきた。バルガス市長の補佐役の役人で、入坑許可票の会合にも顔を出していた男だ。今日も様子を見るために立ち会っていた。


「保守官殿」とコルテが言った。


「少し確認させてください」


「どうぞ」


「今の計測結果ですが……旧式安全核に似た波形が出た、ということですか」


「旧式安全核の残留波形と形状が近いものが検出された、ということです。ただし、差異がある」


「王都と関係する可能性がある、ということでしょうか」


「照合が必要だということです」


「……それは公表すべきではないかと思うのですが」


 アシュレイはコルテを見た。


「王都との関係があるかもしれない。住民がそれを知れば、封鎖解除が遅れることへの納得感が変わるかもしれない。市庁への信頼にも繋がります。今の段階で情報を出せれば、説明の材料になる」


「出せる情報と出せない情報があります」


「どこが出せないのですか。事実として計測結果が出ているのでしょう」


「計測結果は出ています。ただ、その計測結果が何を意味するかは、まだ分かっていません。旧式安全核と関係があると言えるだけの根拠が、今はない。似た波形が出た。それだけが事実です」


 コルテが少し口を引いた。「それだけでも……」


「住民に『王都と関係があるかもしれない』と出せば、次は『どういう関係なのか』を聞かれます。それに今の段階では答えられない。答えられないまま煽れば、憶測が走ります。封鎖解除が遠くなったと感じる人も出る。……情報を出すことが説明責任ではありません。正確な情報を出せる段階で出すことが説明責任です」


 コルテはしばらく黙った。反論の言葉を探している顔だった。

 だが、「王都と関係があるかもしれない」を今出してどうなるか、自分でも想像できているのか、最終的には黙って引いた。


「……分かりました。照合が終わったら、結果を市庁にも共有してください」


「共有します。回答が戻ってからになります」


 コルテが戻っていった。

 ミレナが照会票を書き上げた。波形図の写しを添付し、照合を依頼する理由の欄に「旧式安全核通常運転時波形との類似を確認。ただし周期差・減衰差により同一部材と断定できず。照合対象として記録するため正式照合を依頼する」と書き込んだ。


「これでよいですか」


 アシュレイが確認した。


「一か所だけ。照合対象の記録番号の欄、今日付で番号を振ってください。ノラさんに管理台帳に入れてもらいます」


「今日付で番号を。はい」


 ミレナが番号を加えた。

 測定はさらに三十分続いた。空気と温度と通信は全て安定のまま変わらなかった。残留魔力計は同じ周期で動き続けた。全ての測定値が記録票に記録され、ミレナが日付と担当者名を入れて書類を閉じた。


「今日の測定記録、完了です」


「ノラさんへ渡してください。照会票と合わせて原本管理に入れてもらいます」


「はい」


 隊員が計測器を片付け始めた。アシュレイは手帳を閉じ、坑道入口の方向を少し見た。封鎖線の向こうに、古い坑道の入口がある。中は見えない。測定器の針は、そこから何かが出ていることを示していた。それが何かは、まだ誰にも分からない。

 夕方近く、ノラが資料室で書類の整理をしていた。


 今日の測定記録と照会票がミレナから届き、台帳に番号を入れた。それと並行して、封鎖関連の記録の点検を続けていた。先の坑道図の照合作業から引き続き、旧鉱山区画に関わる過去の記録を順番に見ている。

 封鎖鍵の貸出記録を取り出したのは、ほぼ作業の終わりかけだった。


 封鎖鍵の貸出は厳密に管理されている。リオネルが副担当と二名で管理し、移動のたびに記録票に日時と担当者名と受領印を入れる。アシュレイが封鎖初期に整備した手順だ。

 ノラは記録票を最初のページから順に確認していた。


 七ページ目で、手が止まった。

 確認印の欄に、印が入っている。日付は封鎖が設定されたよりも前だ。封鎖鍵そのものが存在していなかった時期の日付だった。


 存在しないはずの確認印が、そこにあった。

 ノラはランプを引き寄せ、拡大鏡でその印を確認した。印影はかすれているが、形は明確だ。誰かの印鑑が押されている。


 それが、誰の印なのかを確認するために、ノラは別の台帳を引き寄せた。

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