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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第8章:第一坑道十メートルの作業許可〜入る前に、止まる条件を決めろ〜
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第74話 支保工は、進むためではなく戻るために組む

 朝のうちから、旧鉱山区画の封鎖線近くに木材と金具が並んでいた。

 軽量支保工のセットだ。通常の坑道用より細く、運搬しやすい規格で組まれたもので、ガルドが昨夜のうちに工房から持ち出してきた。本番の入坑を想定した仮組み訓練のために、封鎖線の外の空き地を使う段取りだった。


 テオが最初に来て、すでに資材を並べ始めていた。

 二十歳を少し過ぎた若者で、ガルドの工房に入って三年目になる。手先が器用で、作業が早い。坑道補修の仕事は初めてだが、だからこそ目が輝いている。


「これが軽量タイプですか」とテオは言いながら、柱材を持ち上げた。


「思ったより軽いですね。これなら一人で二セット担いで入れる」


「そういう話じゃねえ」


 ガルドが来て、資材の確認を始めた。柱の一本一本を手で触り、金具の噛み合わせを確かめていく。


「担いで入ればいいってもんじゃないのは分かってます。ただ、これだけ軽ければ設置も早いし、一メートルごとに組んでいけば、かなり奥まで安全に進めますよね」


「安全に、な」


「そうですよ。支保工を組みながら進めば、崩落のリスクは落とせる。先の話ですけど、上手くいけば十メートルより奥まで行けるかもしれない」


 ガルドは返事をしなかった。

 リオネルが部下の隊員二名を連れて来た。今日の訓練に防衛隊の退避担当を加える段取りだ。ミレナが入坑許可票の写しを持って少し遅れて到着した。アシュレイは全員が揃ったことを確認してから、仮組みの場所に近づいた。


「では始めます。今日の目的を確認します。支保工の仮組みと、その状態での退避合図の確認です。入ることは目的ではありません」


「はい」とテオが返した。


「支保工セットを坑道入口を想定した区間に組んでください。ガルドさんの指示に従って」


 ガルドが先に立ち、テオと助手の職人一名を動かした。仮組みの区間は五メートルほど、石を並べて入口の輪郭を示した枠の中だ。本物の坑道ではないが、地面の状態や開口部の大きさは旧鉱山区画の入口に近い形に整えてある。

 テオの動きは確かに早かった。柱を立て、梁を渡し、金具で固定する。力の抜き方が分かっている動きで、三年の経験が出ている。一セット目の支保工が立つまで、十分もかからなかった。


「一セット完了です」


 テオが言いながら、次の資材に手を伸ばした。


「待て」


 ガルドが止めた。

 テオが振り返った。ガルドは一セット目の支保工の前に立ち、柱の下部に手を当てていた。


「何か問題がありましたか」


「問題じゃない。確認だ」


 ガルドは柱に耳を近づけた。それから、少し離れた地面を靴の踵で叩いた。また耳を当てる。

 全員が黙って見ていた。


 ガルドは少ししてから離れ、メモを取るように腰の小袋から棒を出して地面に印をつけた。


「旦那。聞いてくれ」


 アシュレイが近づいた。


「この支保工、仮組みの状態で一セット立ってる。テオの仕事は悪くない。ただ」


 ガルドは柱の前に戻り、靴の踵でまた地面を叩いた。


「この振動で、柱の鳴り方が変わる」


「変わるとは」


「通常の地盤なら、振動が入っても柱は均等に伝える。ところがここ、叩く場所によって柱の音が微妙に違う。右の柱と左の柱で、伝わり方が少し違う。地盤の硬さが一定じゃないんだ」


 アシュレイは聞いていた。


「実際の入口でも、同じことが起きる可能性がある、ということですか」


「起きる可能性はある。ただ、ここで気づいたのは、この仮組みをしたからだ」


 ガルドはテオを見た。


「テオ。お前が言った、支保工を組みながら奥まで進める、という話だ。何が問題か分かるか」


 テオは少し考えた。


「……支保工を組んでも、地盤の状態が場所によって違えば、設置の条件が変わる。確認が必要になる、ということですか」


「そこまでは合ってる。だがそれだけじゃない」


 ガルドは空き地の仮組み区間を指で示した。


「支保工を組んで進む。その発想は、支保工を前へ進む道具として使っている。違うか」


「……前へ進むための道具として、使っていました」


「そこが違う」


 ガルドは腕を組んだ。


「支保工は、戻るための道具だ」


 テオが黙った。


「坑道に入れば、奥へ進みたい気持ちが出る。目の前に続きが見えれば、もう少しという気になる。支保工を組む腕がある人間は、なおさらそうだ。組めるから、進める。進めるから、組む。……それが止まれない理由になる」


「でも、支保工が組まれていれば、崩落への備えはあるはずです」


「備えと、退避できる保証は違う」


 ガルドの声が少し落ちた。


「支保工が崩れる前に、自分が外へ戻れるか。そこまで確認したか。組んだ支保工が、戻る道を守ってくれているか。それを担保するのが支保工の本来の仕事だ。奥へ連れて行くためじゃなく、戻れる状態を維持するためにある」


 テオはしばらく黙っていた。反論するというより、整理している顔だった。


「……進める腕があれば、止まる判断もできると思っていました」


「進める腕と、止まる腕は別だ」


 ガルドは短く言い切った。


「お前の組む腕は悪くない。ただ、止まれるかどうかはまた別の話だ。腕が上がるほど、止まれない理由が増える。そこを分かってからが、一人前の職人だ」


 テオはもう何も言わなかった。

 アシュレイは手帳を開いた。


「ガルドさん、一点確認させてください。今仮組みした支保工で、確認間隔を十メートルごとに設定していましたが、変更の必要がありますか」


「ある。この地盤の状態なら、十メートルごとじゃ遅い。一メートルごとに確認を入れないと、途中で鳴り方が変わっても気づくのが遅くなる」


「一メートルごとに変更します」


 アシュレイはミレナを見た。


「入坑許可票の支保工確認欄、十メートルごとの間隔を一メートルごとに修正してください。理由もガルドさんの確認内容として記録してください」


「はい」


 ミレナはすぐに許可票の写しに書き込み始めた。

 リオネルが一歩前に出た。


「退避合図の訓練を入れてよいですか。支保工の確認間隔が変わったなら、退避合図の出し方も合わせる必要があります」


「お願いします。合図の種類と優先順位を、ガルドさんの支保工確認と紐づけてください」


 リオネルは部下の二名に向き直った。


「退避合図の確認だ。支保工担当から止まれが出た場合、防衛側は前の合図より優先する。その場合、内にいる全員は今いる位置で動作を止め、ガルドさんの指示を待つ。外から動かすことはしない。……実際に声を出してやるぞ」


 その後、退避合図の確認を三回繰り返した。ガルドが「止まれ」を出し、リオネルの部下が位置を固め、テオたちが動作を止める。外でミレナが何時何分に合図が出て何時何分に状態確認が完了したかを記録する。

 同じ動きを繰り返すだけだが、三回目になると全員の動きが最初より整っていた。


 訓練が一段落したところで、アシュレイが言った。


「ガルドさん、今日の確認内容を許可票の支保工確認欄に追記できますか。確認間隔の変更理由、振動による鳴り方の差、止まれの基準を言葉にしていただければ、ミレナさんが文書化します」


「ああ。今日の午後にやる」


 ガルドは空き地を一度見渡した。仮組みの支保工が並んでいる。それから資材置き場の方へ歩いた。今日の訓練で使った材を確認する目だった。

 戻した柱の一本を、ガルドが手に取った。


 何かを感じたらしく、柱を水平にして側面を見た。


「旦那」


 アシュレイが近づいた。


「この柱、見ろ」


 ガルドは柱の側面を指で示した。節の近く、加工の跡が残っている箇所だった。


「削り跡の形が違う。ここだけ、他の柱と工具の当て方が違う」


「どういうことですか」


「うちの工房で出した材料は、全部同じ刃物で同じ方向から加工する。それがうちのやり方だ。……このひとつだけ、刃の当て方が逆から入ってる」


 アシュレイは柱を受け取って確認した。ガルドが言う通り、一か所だけ加工の方向が他と違っていた。深く入りすぎず、表面だけを見れば気づきにくい。


「うちの材料じゃないものが、一本混ざってる」


 ガルドは資材置き場に戻り、残りの柱を一本ずつ確認し始めた。


「他に何本か、同じ加工痕が入ったものがある可能性がある。……今日の訓練で使った分を全部見る」


「全部確認してください」


 アシュレイは手帳に書いた。


【支保工材、工具加工方向の不一致を一本確認。出所の確認が必要。資材置き場の全数確認を実施する。】


 ガルドが次の柱を手に取り、側面を見た。


「これもだ」


 低い声だった。


「最近の補修材と噛み合わねえ。うちの規格に合わせたように見えるが、元の加工がうちじゃない」


 午前中のうちに気持ちよく組み上がった支保工の隣で、資材置き場の確認が静かに始まった。

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