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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第7章:別都市倉庫印と消えた資材台帳〜黒幕ではなく、経路を洗え〜
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第66話 時系列表は、坑道より先に真実へ届く

 書類の山は、昨日より確実に増えていた。

 ミレナは朝一番に小会議室へ入り、机の上を見渡して小さく息をついた。巡回報告の束、商人ギルドの納品書、倉庫印の照合記録、封鎖線監視記録、魔力反応ログ。それぞれ担当者の違う字体で書かれた羊皮紙が、種別も時系列もばらばらに積み重なっている。


 一枚ずつ読めば、それぞれはきちんとした記録だ。でも、並べても何も見えない。


(どの記録も、単独では何も言っていない。)


 これだけの事実が集まっているのに、決定的な一点が見つからない。ミレナは椅子に座り直し、まず全体を日付順に並べる作業から始めた。手順通りに進めれば、何かが見えるかもしれない。

 三十分後、日付順に並んだ書類を眺めて、ミレナはまた行き詰まった。


 事実は並んでいる。ただ、流れが見えない。ある日に搬入記録があり、数日後に巡回報告がある。その間に封鎖線監視記録があり、別の日に魔力反応ログがある。どれも独立した記録として正しく、どれも他の記録と直接繋がっていない。

 ミレナはペンを置き、机の上を見渡した。


 ふと、思った。


(もし、日付で並べるのではなく、何が起きたかで分けたら?)


 そこから先は、手が勝手に動いた。

 新しい羊皮紙を縦に置き、左端に日付の列を作る。横軸には「搬入」「封鎖線接近」「地鳴り」「魔力反応」「泥水流出」の五列。書類の一枚一枚を取り上げ、その記録がどの種別に当たるかを確認しながら、該当する欄に点を打っていく。


 最初の十件を打ったところで、ミレナは手を止めた。

 点が、ある方向に傾いていた。


 搬入の記録の後、数日以内に「地鳴り」か「魔力反応」のどちらかが来ている。すべてではない。三件は一致しない。でも、五件中三件で、搬入から数日以内に地下の異常が記録されている。

 偶然かもしれない。でも、日付順に並べている時には全く見えなかった並びだ。


 ミレナは残りの記録も急いで打ち込み、表全体を引いた視点で見た。点の集まりは、「散らばっている」ではなく「繰り返している」ように見える。搬入があれば数日後に何かが起きる。搬入がなければ何も起きない期間が続く。


(これは……周期だ。)


 手が少し震えていた。ペンで印をつけた指先にインクが滲む。ミレナは深呼吸して、余計な結論を出さないよう自分に言い聞かせた。相関かもしれないし、偶然かもしれない。断定するのは自分の仕事ではない。

 ただ、この表をアシュレイに見せる必要がある。

 廊下でノラとすれ違い、つい声をかけた。


「ノラさん、ちょっと見てもらえますか。これ、私が今作った表なんですけど」


 ノラは立ち止まり、羊皮紙に目を落とした。眼鏡を押し上げ、横軸の列と、打たれた点の位置を順に確認していく。三十秒ほど経ってから、「続けて」と言った。


「搬入の後に地鳴りか魔力反応が来るパターンが、五件中三件あります。残り二件は一致しない。偶然かどうか、私には分からなくて」


「分からなくて正しいわ」ノラはそのまま表を見ていた。「ただ、この表には一つ問題がある」


「問題、ですか」


「各点がどの記録から来ているか書いていない。後から『この日の搬入記録はどこにあるのか』と言われた時に、たどれる形になっていない」


 ミレナはすぐに気づいた。「根拠の番号が必要ということですね」


「そういうこと。私が証拠品台帳の番号を振るわ。あなたはその間に、各点の根拠を手帳に控えておいて。アシュレイに持っていく前に、少なくともそれだけは整えておきなさい」


 二人は小会議室に戻り、机を並べて作業を始めた。ノラが台帳の番号を読み上げ、ミレナがそれを表の欄外に書き込む。会話はほとんどなかった。それぞれが自分の作業に集中していた。

 アシュレイが会議室に入ってきたのは、番号付けが終わった直後だった。


 ミレナは表を差し出した。説明よりも先に見てもらった方が早い、と思ったから。

 アシュレイは表を受け取り、立ったまま読んだ。ノラの番号付きで、点の意味が追えるようになっている。横軸を指でなぞり、一件ずつ確認していく。


 一分ほど経ってから、アシュレイが言った。


「これは推理ではなく、相関の入口です」


「一致しない件があるので、断定はできないと思って」


「断定しないのは正しい判断です。ただ」アシュレイはテーブルに表を置き、改めて全体を見た。


「日付順に並べていたら、このパターンは見えなかった。種別で並べることで初めて見える形がある。……ミレナさん、なぜこの並べ方にしたんですか」


 ミレナは少し考えてから答えた。


「日付順にしても何も見えなかったから、もし何が起きたかで分けたら変わるかもしれない、と思って。それだけです」


「それだけで十分です」


 アシュレイは表を手に取ったまま言った。声に感情的な強さはない。ただ、言葉の重さが違った。


「この表を監査資料として採用します。補強のために、もう少し情報を足してもらいたい。セルマさん、リオネルさん、ガルドさんに確認をとります」


 セルマを呼んだのは昼前だった。

 表の「搬入」欄を見せ、各件の便名が分かるかを確認した。セルマは納品書の束を持参していて、照合には時間がかからなかった。


「一件目はカステル名義の第一回発注に紐づく荷、四日後に中継業者経由で届いている。二件目は……」セルマがペンで納品書の該当行を示しながら、ミレナが欄外に書き込む。五件のうち四件は便名が確認できた。一件は受領記録がなく、確認できないまま残った。


「残り一件は?」


「納品書がない。発注記録はあるけど、受領の記録がないから、実際に届いたかどうかが証明できない」


「その一件が、一致しない三件のどれかに当たりますか」アシュレイがミレナに確認した。


 ミレナは表と照らし合わせた。


「……そうです。受領記録のない一件は、搬入があっても地鳴りも魔力反応もない期間に当たっています」


「つまり、受領が確認できない便については、本当に届いたかどうか不明ということになります」


「届いていなければ、一致しないのは当然、ということですね」セルマが静かに言った。


 誰も結論を口にしなかった。ただ、ミレナは欄外に「受領記録なし・届否不明」と書き加えた。

 リオネルへの確認は午後に入ってすぐ行った。


 表の「地鳴り」と「封鎖線接近」の欄に打った点について、各記録の発生時刻を確認してほしい、という依頼だった。リオネルは巡回記録の束を手元に持ってきて、一件ずつ照合した。


「第一件、地鳴りの確認時刻は日没前後。巡回が通過した直後の記録だ」


「巡回の直後ということは、巡回員が現場にいた時間帯とは外れていた可能性がある」


「そうなる。もし巡回のタイミングが違えば、地鳴りの記録が残らなかったかもしれない」


 リオネルはそれを事実として言った。後悔でも言い訳でもなく、記録の限界を示す言葉だった。


「それも書いておきます」ミレナが手帳に追加する。「地鳴りの記録は、巡回タイミングに依存する可能性がある。実際の発生頻度は記録件数より多い可能性がある、と」


「頼む。俺の部下が何も見落としていないことは保証するが、見ていない時間帯に何が起きているかは言えない」


「そのことを記録することが、今の私たちの仕事です」アシュレイが静かに言った。「記録にないことが『なかった』を意味しないのは、原本作業の時から変わらない原則です」


 リオネルは短く頷いた。それ以上の言葉はなかった。

 ガルドを呼んだのは夕方だった。


 表の点と点の間、特に搬入から地鳴りまでの日数について確認した。資材を持ち込んでから実際に作業を始めるまで、どれくらいの準備時間が必要かを推定してほしい、という依頼だ。

 ガルドは表を受け取り、腕を組んで眺めた。


「木材と魔力樹脂の量がそれだけあれば、搬入してから支保工を組み始めるまで、早くて一日、遅ければ二日は掛かる。慣れた職人でもそれくらいだ」


「搬入から地鳴りまでの間隔は、今の表では最短で二日、最長で五日です」


「なら合う。搬入して、組んで、掘り始めれば、二日目か三日目には地鳴りが出る規模だな」


 ミレナが表の欄外に書き込んだ。「搬入から作業開始まで:一〜二日(職人推定)。地鳴り発生は作業開始後、整合的」


「ただ」ガルドが続けた。


「これは順調に進んだ場合の話だ。地盤が想定より硬ければ、もっとかかる。想定より軟らかければ、崩落の危険も出る」


「その変動幅も記録に残してください」とノラが言った。声は事務的だったが、目が表を追っていた。「推定値には必ず誤差の範囲を付ける。それが後で照会に耐える資料になる」


 全員の補足が終わり、表が一段厚みを持った頃、廊下から声が聞こえた。

 会議室の扉が開き、中堅どころの役人が顔を見せた。封鎖区域の事務処理を担当するフォルスという男で、書類の回覧が増えたことへの不満を何度か口にしていた人間だ。


「グラン顧問。少し聞いてもよいですか」


「どうぞ」


「今日、私の部署にも搬入記録と巡回記録の確認依頼が来ましたが」フォルスは表の方を一瞥し、それからアシュレイに視線を戻した。


「この表というのは、要するに日付を並べ替えたものですよね。それで何が分かるんですか。記録はそれぞれ別の部署が正式に出したものです。並べ直したところで、事実が変わるわけじゃない」


 言い方に棘はなかった。ただ、「時間を割く価値があるのか」という疑問が正直に出ていた。

 アシュレイが答える前に、ミレナが口を開いた。


「搬入の後に、地鳴りか魔力反応が来るパターンが複数回あります。日付順に並べた時には見えなかった並びが、種別で並べることで見えました」


「ただし断定はしていません」ノラが続けた。


「これは相関の候補です。各点に根拠資料の番号が付いていて、後からたどれるようにしてあります」


 フォルスはもう一度表を見た。今度は少し時間をかけて。


「……相関の候補、ということは、ここから先に照会が出るかもしれない、ということですか」


「そうなる可能性があります」


「うちの部署に来た場合、記録はすぐに出せます」フォルスはそれだけ言い、扉を閉めた。


 批判でも賛意でもなかった。ただ、対応の意思だけが残った。

 ミレナは小さく息を吐いた。アシュレイが言った。「よく答えました」


「断定しなかったのは、本当にそうだから、ですけど」


「それで十分です」


 夕刻、表の最終確認をしていたミレナが、もう一度全体を見渡した。

 点の並びは変わっていない。ただ、朝よりも一つ一つの点に根拠が付いていて、欄外に補足が増えていた。ガルドの推定時間幅、リオネルの記録タイミングの限界、セルマの便名、受領不明の一件。


 空白も、記録の一部として書き込まれている。

 ミレナはページを最後までめくり、表の終端を確認した。


 最後に打たれた点は、封鎖命令が出た後の日付だった。

 封鎖線監視記録の欄に、一件だけポツンとある。発生種別は「封鎖線接近」。記録は短い。「脇道方面より荷馬車らしき車輪音。封鎖線は突破されず、確認後に引き返した。記録者:サルス」。


 封鎖が成立した後の記録だ。


(封鎖後にも来ていた。)


 入れなかったのか。入る必要がなくなったのか。あるいは、封鎖の状況を確認しに来ただけだったのか。

 ミレナは欄外に書いた。「封鎖命令日以降・脇道接近一件確認。突破なし。目的不明。要追加確認」


 それから手帳を閉じ、アシュレイを呼びに廊下へ出た。

 報告は短かった。


 アシュレイは封鎖後の接近記録を確認し、サルスの記録を手元で照合した。日付は封鎖命令の翌々日だ。


「封鎖状況を確認しに来た可能性があります」


「そうなると」ミレナが続けた。「封鎖したことが、相手に伝わったということですよね」


「そうなります。どういう経路で伝わったかは分からない。封鎖線の掲示を見ただけかもしれない。ただ」アシュレイは手帳に記録しながら言った。


「引き返したということは、少なくともその時点では突破しなかった。それが慎重さなのか、封鎖に不審を感じたからなのか、あるいは別の手段を考えているからなのかは、今の時点では分からない」


「記録は残しておきます」


「お願いします。この件はリオネルさんにも伝えておいてください。次に接近があった場合、確認の方法を事前に決めておく必要があります」


 ミレナは頷き、表の最後のページを台帳に綴じた。

 正式な監査資料として、証拠品管理台帳に収まった時系列表は、バラバラだった記録が一本の流れになった最初の形だった。


 断定はない。結論もない。ただ、何かが繰り返されていたという痕跡が、今日初めて紙の上に現れた。

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