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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第7章:別都市倉庫印と消えた資材台帳〜黒幕ではなく、経路を洗え〜
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第63話 商人ギルドは、信用を守るために記録を出す

 商人ギルドの会議室は、普段は仕入れ価格の交渉や配送ルートの調整に使われる場所だった。

 その朝、テーブルを囲んでいるのはギルドの中堅どころが十人ほど。全員、顔に同じ色が出ていた。面倒な話に巻き込まれたくない、という色だ。


「記録を出せというのは、つまり我々を疑っているということではないか」


 最初に口を開いたのは、布地の卸を仕切るトルネという五十がらみの男だった。ギルド内では古参で、商人仲間への影響力が強い。


「倉庫印が旧鉱山の資材に出た。それがどういう経路でここへ来たかを調べたい。そのために記録を出せという。……だが考えてみろ。役所に帳簿を見せれば、ギルドが怪しい取引に関わっていたと周囲はどう見る?」


「そうだ。疑惑の段階で記録を出せば、まるで我々が後ろめたいものを持っているみたいだ」


 別の商人が続いた。荷運びの手配を担うクレッソという男で、物静かだが保守的な判断をすることで知られている。


「ギルドの信用というのは、一度傷ついたら戻らない。王都方面との取引もある。記録が外部に出たと知れれば、向こうの商人が何を言い出すか」


 テーブルの空気は、最初から結論が見えているような重さを持っていた。

 セルマは椅子の背にもたれ、腕を組んだまま聞いていた。


(分かってる。あんたたちの言いたいことは全部分かってる。)


 誰かが悪いわけではない。リスクを恐れて記録を出したくないというのは、商人として自然な判断だ。ギルドの信用は、長年の実績を積み上げて守ってきたものだ。それを一枚の羊皮紙で傷つけられたくないという気持ちは、セルマ自身にもある。


 ただ。


「一つ聞かせて」


 セルマが口を開くと、テーブルが少し静まった。


「今、旧鉱山区画への資材搬入を調べていると、街中に話が出ている。みんな知ってるね」


 何人かが頷いた。


「調査は続く。調べれば、いずれどこかの記録に行き当たる。……その時、ギルドが最初から記録を出していたのと、最後まで渋って引っ張り出されたのと、外から見てどっちが信用できる?」


 トルネが眉を寄せた。


「それは……脅しかい、セルマ」


「事実を言ってる」


 セルマは腕を組んだまま、テーブルの全員を順番に見た。


「記録を隠して守れるのは、後ろめたいものがある時だけよ。正規の取引しかしていないなら、出せば出すほど潔白が証明される。隠せば隠すほど、疑いが育つ。……あんたたちが怖いのは、記録を出すことじゃなくて、調べられること自体でしょ。でもそれはもう始まってる」


 沈黙が続いた。

 クレッソが低い声で言った。


「だとしても、全部の帳簿を出すわけにはいかない。客の情報も入っている。取引の詳細を外部に渡すことへの抵抗は、感情の問題じゃなく商慣習の問題だ」


「それはそうね。だから全部は出さない」


 セルマはそこで立ち上がり、窓の外に目をやった。


「対象を絞る。それだけよ」


 午後、セルマがアシュレイを呼んだのは、ギルドの小会議室だった。

 ミレナとノラも同席した。ノラは受領書の束を手元に置き、ミレナは提出範囲の草案を持ってきていた。


「保守官殿」


 セルマが言った。声は事務的で、感情の起伏がない。


「ギルドが記録を出す条件について、話を詰めたい。全部出すことはできない。ただ、対象を明確に絞ってもらえれば、その範囲については協力できる」


「どの範囲なら出せますか」


「それをこちらから聞いてる。あんたが何を必要としているか、最初に明確にしてくれ。範囲が曖昧なまま進めると、後から追加要求が来たり、目的外に使われたりする。そういう前例を作りたくない」


 アシュレイは手帳を開いた。


「三点です。一つ目、特定の倉庫印が付いた資材の取引記録。二つ目、旧鉱山区画の方向へ向かった配送便の記録。三つ目、休眠業者名義で発注された契約の一覧。この三点に絞ります」


「期間は」


「旧鉱山区画の封鎖前、二年以内。それより古い記録は今回の対象外です」


 セルマは少し考えてから、ミレナに視線を移した。


「その三点と、二年以内という条件を、今から文書にしてもらえるか」


「はい。すぐ書きます」


 ミレナがペンを走らせる。アシュレイが確認し、ノラが受領書の形式に整える。三人の動きは、余計な言葉なく進んだ。

 セルマはその様子を見ながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……あんたたちは、毎回こういう進め方をするんだね」


「どういう意味ですか」


「対象を絞る。文書にする。記録として残す。……疑っているのではなく、照合しているという形を最初に作ってから動く」


「そうしないと、後で何がどうなったか追えなくなります」


「なるほどね」


 セルマは小さく息を吐いた。


「ギルドの連中に説明する時も、同じことを言ったよ。記録を出すのは疑われているからじゃない。照合に耐える記録を持っている方が信用される、と」


「それは本当のことです」


「分かってる。……ただ、理屈は分かっても、感情がついてこない人間はいる。今日の会議でも、最後まで納得しなかった人間が何人かいた」


「全員を説得する必要はないと思います」


 アシュレイが言った。


「反発があることは当然です。セルマさんが、ギルドとして動ける判断を下してくれれば、それで十分です」


 セルマはしばらく窓の外を見ていた。


「……保守官殿は、なかなか要領のいいことを言うね」


「要領というより、仕事の範囲の話です。私にはギルドの内部を説得する権限も立場もない。それはセルマさんの仕事で、私には私の仕事がある」


「そうだね」


 セルマは立ち上がり、ミレナが書き上げた文書を手に取って確認した。


「対象期間、対象資材、対象便。この三点に絞り、無関係な取引の情報は保護する。……この条件なら、ギルド内を押し切れる」


「記録の受領書は、ノラさんが控えを持ちます。提出した記録が、この目的以外に使われた場合には、照合で確認できるようにします」


 ノラが静かに付け加えた。ギルド側の情報を守るための言葉だった。


「それは助かる」


 セルマは受領書に目を通し、問題がないことを確認して書類の束を持った。


「明日の午前中に、対象範囲の記録を届ける。……ただし、一つだけ条件がある」


「何ですか」


「今回の開示範囲と、目的と、使用制限を文書化して、ギルドへの写しを残す。ギルドが自主的に記録を提供したのではなく、明確な条件の下で限定開示したということを、後から証明できるようにしたい」


「当然のことです。こちらでも同じ文書を原本として保管します」


 セルマは少し目を細めた。


「……話が早くて助かるよ、保守官殿」


 翌朝、セルマが届けてきた記録の束は、ミレナの机の上に広げられた。

 対象期間二年分の、倉庫印付き資材取引、旧鉱山方面配送便、そして休眠業者名義の契約。


 ノラが受領書に日付と照合番号を振り、保管に回した。ミレナが項目ごとに仕分けを始めた。

 最初の一時間は、目立った異常は見えなかった。


 倉庫印付きの資材取引は数件。いずれも正規ルートの取引で、搬入先と受領者が明確に記録されている。旧鉱山方面の配送便は、直近の封鎖前後で何件か洗い出されたが、大半は鉱山区画の外側にある畑や集落への配達だった。

 問題が見えたのは、休眠業者名義の契約を確認した時のことだった。


「……これ」


 ノラが一枚の発注書を取り出した。


「名義は『カステル鉱山補修』。市庁の業者登録では休眠扱いになっているはずなのに、一年半前に木材と魔力樹脂の発注がある」


 ミレナが手を止めた。


「廃業してるのに、発注できるんですか」


「ギルド側では取引停止の通知を受けていなかった、ということね。……問題は発注が通ったことよりも」


 ノラは発注書を裏返し、受領欄を指で示した。


「受領者の署名が、ない」


 ミレナが覗き込んだ。受領者の欄は確かに空白だった。発注は記録されているが、誰が受け取ったのかが残っていない。


「つまり、資材は出た。でも、誰が受け取ったかの記録がない」


「ということは、どこへ行ったかも分からない」


 ミレナの声が、少し低くなった。

 ノラは発注書を照合番号付きの封筒に収め、証拠品台帳に記録した。


「アシュレイに報告しましょう。それと」


 ノラは別の棚から一枚の紙を取り出した。市庁の業者登録台帳の写しだった。


「カステル鉱山補修の休眠登録日と、ギルド側の最終取引停止通知を突き合わせれば、どこで情報が止まったかが分かる。……ミレナ、市庁の台帳を確認してきてもらえる?」


「分かりました」


 ミレナが立ち上がりかけた時、ノラが追いかけるように言った。


「急がなくていい。記録は逃げない。正確に確認してきて」


 ミレナが出ていくと、部屋には一時静寂が戻った。

 ノラは発注書をもう一度見た。


 廃業したはずの業者名義で、受領者不明の資材が動いている。資材は正規の倉庫から出ている。ギルド側の記録に残っているということは、少なくとも発注の段階では正規の手続きを踏んでいた。

 それでいて、受け取った側の痕跡がない。


(誰かが知っていて、残さなかった。)


 それが誰なのかは、まだ分からない。ただ、記録はここまで残っていた。

 アシュレイへの報告は夕方に行われた。


「カステル鉱山補修」


 アシュレイは名前を手帳に書き留めた。


「市庁の業者登録で休眠扱い。ギルドでは取引停止の通知を受けていなかった。発注は通っているが、受領者の署名がない」


「以上が今日分かったことです」


 ノラが言った。


「断定はできません。受領者不明の発注が不正を意味するとは限らない。ただ、照合に必要な情報が足りていない。次は、市庁側の登録台帳と、ギルドへの通知記録を突き合わせます」


「ミレナさんが確認に動いています」


「受け取った記録は保全できていますか」


「照合番号を振って証拠品台帳に収めました。セルマさんへの受領書控えも手元にあります」


「分かりました」


 アシュレイは手帳に一行書き加えた。


【商人ギルド記録、限定開示ルール成立。対象期間内に、休眠業者名義の発注一件を確認。受領者署名なし。市庁登録台帳との照合が次のステップ。】


 セルマはその場にいなかったが、アシュレイは短く言った。


「セルマさんに伝えてください。記録を出してもらったことで、次の照合ができるようになりました、と」


「……私が言うと、素直に受け取らないかもしれないけど」


 ノラが珍しく、小さく苦笑いに近い表情を作った。


「伝えます」

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