第62話 消された取引番号
封書が届いたのは、昼前のことだった。
差し出し人の欄には、王都魔導庁・都市基盤保守局の名が入っている。アシュレイは封を切る前にミレナを呼び、ノラにも来てもらうよう頼んだ。
「エルリックからですね」
ミレナが封筒の紋章を見て言った。
「王都復旧資材調達記録の控えを送ってくれるよう頼んでおいた。届くのにもう少しかかると思っていましたが」
アシュレイは封を切り、中身を机に広げた。
厚みのある羊皮紙が数枚。丁寧に折りたたまれた控えの束と、エルリックの手書きのメモが一枚。メモにはこう書かれていた。
【公式の控えを同封します。現時点で、当該倉庫印に関する記録は一件のみ確認できています。王都復旧工事の最終期に、外部倉庫から資材を一度調達した記録があります。その後の使用は、台帳上では確認できていません。なお、ゲイルから資材規格についての確認を追って送ります。エルリック】
アシュレイはメモを置き、控えの束をノラの前に滑らせた。
「確認をお願いします」
ノラは眼鏡を押し上げ、一枚目から目を走らせた。
十分もしないうちに、ミレナが照合項目の一覧をまとめた紙を持ってきた。印の形状比較欄、資材種別欄、納品時期欄、契約名義欄、支払い経路欄。五つの軸が縦に並んでいる。
「王都側の控えで埋められる項目、整理しました」
ミレナが指で示す。
「印の形状は、控えに添付されていた識別図と旧鉱山区画で採取した刻印の写しを並べると、形は確かに似ています。ただし、採取の状態が良くないので断定できない。資材の種別は、王都側記録では『補強材・一般仕様』となっていて、種別コードが一つだけ」
「種別コードが一つ、というのは」
「通常、複数の品目を一括調達した場合は複数コードが並びます。でもこの控えは一件一コードしか出ていない。単品の発注だったとすれば、量はかなり少ないはずで……」
ノラが一枚の紙を指で叩いた。
「グランさん。来てください」
アシュレイが移動すると、ノラは控えの右上隅を示した。そこには、アラビア数字の連なりが印字されていた。
「取引番号です」
「問題がありますか」
「桁数が一つ、少ない」
ノラの声に、感情はなかった。ただ事実だけがそこにある、という言い方だった。
「王都標準の採番規則では、復旧期の取引は特別管理扱いになって、通常より桁数が一つ多い十二桁の番号が付与されます。これは……十一桁しかない」
アシュレイは控えを手に取り、改めて数字を数えた。確かに、十一桁だった。
「古い形式、ということですか」
「採番規則が切り替わったのは、王都の大規模障害より数年前です。その後に発行されたものであれば、十二桁であるはずです。なのにこれは十一桁。古い形式の番号が、新しい記録に混じっている」
ミレナが首を傾けた。
「古い番号が残ったまま使われたということは、ありえますか」
「移行期のミスとして説明できなくもないわ。でも」
ノラは続けた。
「昨夜、記録の写しの欄外で見つけた消された数字、覚えてる? あれも、今日届いた控えのこの番号と同じ桁数だった」
部屋が少し静かになった。
(一致している。)
アシュレイは手帳に書いた。
【欄外の消された番号=十一桁。控えの取引番号=十一桁。採番規則の切り替えより新しい時期の記録に、古い形式の番号が使われている。偶然か、意図的か。どちらにせよ、出所の照合が必要。】
午後、エルリックへ返信を書きながら、アシュレイはゲイルからの別便も確認した。
ゲイルの手書きメモは短かった。
【資材規格について確認した。控えにある品目コードは、王都復旧工事向けの一般補強材として流通しているものと一致する。ただし、同じコードは別都市の認可倉庫でも取り扱いがある。どこから出たかは、倉庫側に直接当たらないと分からない。ゲイル】
「ゲイルさんの答えが、問題を整理してくれましたね」
アシュレイはメモを机に置いた。
「王都の公式記録だけでは、経路の全体像が掴めない。今あるのは、王都側の控えという一点です。これだけでは照合が完結しない」
「つまり」とミレナが続きを促す。
「三点、必要です。倉庫側の出荷控え。輸送業者の受領印。支払い名義。この三つを王都側の記録と突き合わせて初めて、倉庫からイルダン側へ至る経路が証拠として成り立ちます」
ノラが採番規則の差異を別紙にまとめながら言った。
「倉庫への照会は、ローデリクを通じるべきね。監査院の権限を使えば、正式な回答義務が生じる。行政側の単純な問い合わせでは、黙殺される可能性がある」
「その通りです。照会文の草案を作ってください、ミレナさん。ローデリクさんには今日中に打診します」
「分かりました」
ミレナがすでにペンを持ち直している。
照会文の草案ができあがった頃、通信回線でエルリックを呼び出した。
通信機越しに、エルリックの声が届いた。
『アシュレイ主任。控えは届きましたか』
「届きました。確認できました。一点聞かせてください。控えに記載の取引番号ですが、発行日を遡ると採番規則の切り替え後になります。それにもかかわらず、旧い形式の桁数になっているのは、どういう経緯が考えられますか」
少し間があった。
『……それは、王都側でも確認したことがありませんでした。移行期のシステムエラーか、手動入力の際のミスという可能性もあります。ただ、意図的に旧番号を使いたい場合、例えば既存の別契約に紐づけて処理したいような場合にも、同じことが起きます』
「つまり、既存の契約を流用した可能性がある」
『否定できません。……ただ、王都の事務方に照会を掛けようとすると、揉めると思います。復旧資材の記録は、一度精算が終わった案件として完結扱いになっているので、再照会には内部で反発が出ます』
「分かりました。そちらへの正式な照会は、監査院を通じます。エルリックさんには、出荷側の記録ではなく、受領確認と検収記録の写しが王都側に残っているかだけ確認してもらえますか」
『それなら、俺の権限の範囲内で動けます。探してみます』
夕方、ローデリクへの照会打診を済ませたアシュレイが廊下に出ると、背後から声がかかった。
「グランさん」
ミレナだった。少し慌てた様子で小走りに近づいてくる。
「さっき、王都の事務官の方から返信が来て……」
差し出された文書を受け取る。王都魔導庁・庶務局からの短い通達だった。
内容は簡潔だった。
【当該復旧資材案件は既に精算・完結処理済みであり、再照会の対象となりません。現在の資材の所在に関する調査については、事案の根拠を明示のうえ、正式な手続きを経て申請されたい。】
「来ましたね」
「突き返されました、ということですか」
「突き返したわけではありません。手続きを踏めと言っているだけです。それはローデリクさんの照会で踏めます」
アシュレイは通達を折りたたみ、手帳に挟んだ。
「ただ、これで分かったことがあります」
「何ですか?」
「王都の事務方が、この案件を今でも意識しているということです。終わった話なら、こんなに素早く突き返してこない」
ミレナが少し目を見開いた。
「それは……」
「深読みかもしれません。でも、記録に残しておく価値はあります」
アシュレイは手帳に一行書き加えた。
【照会打診に対する王都側の応答、異例の速さ。通達は定型文だが、反応の早さは注目に値する。】
夜、ローデリクへの照会依頼に署名を終えたアシュレイが小会議室を出ようとした時、廊下でセルマと行き合った。
セルマは珍しく、自分の方から声を掛けてきた。
「保守官殿。少しよろしいですか」
「何ですか」
「今日の照合の話、ミレナちゃんから少し聞いたよ。別都市の倉庫印が絡んでいるという件」
「そうです」
「その倉庫印がどんな形か、教えてもらえるかい。採取した写しの形状でいい」
アシュレイは手帳を開き、採取刻印の形状スケッチが貼られたページをセルマに向けた。
セルマは少し時間をかけてそれを見た。それから、ゆっくりと腕を組んだ。
「……ねえ、保守官殿」
声が、わずかに低くなった。
「この印、見覚えがある」
「どこで」
「商人ギルドの古い非正規の納品書の束の中に、似た印が押されたものがある。正規ルートではない。整理しきれていない古い記録の中に紛れ込んでいたやつだけど」
廊下に、しばらく静寂が続いた。
「……確認できますか」
「明日、探してみる。確認できたら連絡するよ」
セルマはそれだけ言うと、廊下を戻っていった。
アシュレイはその背中を見送りながら、手帳を開いた。
【王都側記録:取引番号の採番規則ズレ。欄外の消された番号と桁数一致。倉庫への正式照会:ローデリク経由で依頼完了。商人ギルド側:非正規納品書の中に類似の倉庫印の可能性。】
倉庫印は、物的な痕跡から、複数の記録をまたぐ照合の軸へと変わりつつあった。
問題はまだ、何も断定できていない。
ただ、見えていなかった経路が、少しずつ輪郭を持ち始めていた。




