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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第5章:事後整理と制度化〜直した都に、壊れない仕組みを残せ〜
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第47話 迷うなら上げろ、正式版

 ダリウス前局長をはじめとする新規開発局の腐敗層が拘束され、王都魔導庁の組織図は根本から書き換えられようとしていた。

 都市基盤保守局の独立、そして緊急停止権限の付与。


 それは、長年「開発の邪魔をする裏方」として冷遇されてきた保守部門にとって、悲願とも言える歴史的な勝利だった。


 だが、魔導庁の地下にある保守局の詰所には、いまだに重く、淀んだ空気が漂っていた。


「……本当に、俺たちは罰せられないんでしょうか」


 若手技師の一人が、不安げに周囲を見回しながら呟いた。


「俺、先月の点検で、第十二ルートの魔力漏出を見つけたのに……上の指示に従って『異常なし』って台帳にハンコを押しました。あれって、公文書偽造ですよね……」


「お前だけじゃないさ。俺だって、ポンプの振動音が明らかにおかしいのに、見なかったことにした。そうしないと、減給されて家族を食わせていけなかったんだ」


 別の技師が、頭を抱えて自嘲気味に笑う。


 彼らは、ダリウスの隠蔽工作の末端を担わされていた共犯者たちだ。

 上が失脚した今、自分たちも監査院の厳しい追及を受け、最悪の場合は首が飛ぶのではないか。長年染み付いた「上の機嫌を損ねれば終わり」という恐怖政治の呪縛は、そう簡単に解けるものではなかった。


「……みんな、暗い顔すんなよ。アシュレイ主任は、俺たちを切り捨てるような真似はしねえさ」


 ベテランの主任補佐であるゲイルが、部下たちを励ますように声をかけるが、彼自身の顔にも濃い疲労と不安の色が滲んでいた。


 そこへ、詰所の扉が開き、アシュレイ・グランが姿を現した。

 背後には、書類の束を抱えたエルリックの姿もある。


「集まっていただき、ありがとうございます」


 アシュレイは静かな足取りで部屋の中央へと進み、技師たちを見渡した。


「これより、王都大規模障害に関する、現場技師の皆様への『聴聞』を行います」


 聴聞。その言葉の響きに、技師たちの肩がビクッと跳ねた。

 やはり、自分たちの罪を暴き、処分を下すつもりなのだ。誰もがそう思い、絶望的な表情で俯いた。


「顔を上げてください」


 アシュレイの淡々とした、しかしよく通る声が響く。


「この聴聞の目的は、犯人探しや責任の追及ではありません。……『なぜ、あなたたちが警告を上げられなかったのか』を、個人の弱さではなく、組織の『制度の欠陥バグ』として記録するためのものです」


「え……?」


 若手技師が、信じられないというように顔を上げた。


「ダリウス前局長は拘束されました。しかし、彼一人を排除しても、あなたたちが『嘘をつかなければ生きていけなかった環境』を直さなければ、王都のシステムはまた必ず腐敗します」


 アシュレイは手帳を開き、ペンを構えた。


「教えてください。あなたたちが現場で何を見て、何を強いられ、何を恐れていたのかを。……すべて、実務のエラーとして私が受け止めます」


 アシュレイの静かな、だが絶対的な実務者としての覚悟。

 その眼差しに嘘がないことを悟った時、張り詰めていた技師たちの糸が、ふっと切れた。


「……俺は」


 先ほど頭を抱えていた技師が、震える声で口を開いた。


「俺は、半年前の定例点検で、新しく繋がれた配管の耐圧性が足りないことを報告しました。でも、当時の管理官に『開発のスケジュールが遅れるだろうが!』と殴られ、報告書を目の前で破り捨てられました……」


 彼は悔しそうに拳を握りしめた。


「それ以来、俺は……どんな異常を見つけても、怖くて口に出せなくなりました」


「俺の部署では、数字の改ざんが『昇進の条件』になっていました」


 別の技師が続く。


「開発局が持ってくる新しい魔導具の燃費が悪いと、現場の俺たちが『魔力石の消費量を少なく書き換える』ことを強要されたんです。そうしないと『お前たちの運用が下手だからだ』と責任を押し付けられ、配置換えにされるから……っ」


「エルリックの持っていた非公式メモと同じです! 俺たちも、本当の数字は裏のノートにこっそり書き残すしか……それしか、自分たちの身を守る方法がなかったんです!」


 次々と溢れ出す、現場の悲痛な叫び。

 警告を上げれば叱責され、数字を改ざんしなければ昇進できず、異常を報告しても握り潰される。


 それは、誇り高き技術者たちを「嘘をつく機械」へと堕落させる、あまりにも残酷で狂った評価制度だった。


 エルリックは、かつての自分と同じように苦しんできた仲間たちの告白を聞き、堪えきれずに涙をこぼした。ゲイルもまた、唇を強く噛み締めている。

 アシュレイは、彼らの吐き出す言葉を一つ一つ、決して否定せず、感情的に同情することもなく、ただただ正確に手帳へと記録していった。


 それは、彼らの罪を赦すための儀式ではない。この巨大な組織に巣食う「致命的なバグ」を完全に特定するための、厳密なトラブルシューティングだった。


「……よく分かりました。皆さんの証言はすべて、組織の構造的欠陥として監査院への報告書に添付し、あなたたち個人の責任は問わないよう法的な保護を手配します」


 アシュレイがそう告げた瞬間、詰所の空気がふっと軽くなった。

 長年、重い枷となって彼らを縛り付けていた呪いが、解けたのだ。安堵のあまり、その場にへたり込んで泣き出す者もいた。


「ですが、安心するのはまだ早いです」


 アシュレイは手帳を閉じ、再び全員を真っ直ぐに見据えた。


「ダリウスの圧力がなくなったからといって、いきなり明日から『完璧な報告』ができるようにはなりません。長年染み付いた『報告への恐怖』は、そう簡単には消えないからです」


 アシュレイの言う通りだった。いざ「自由に報告していい」と言われても、怒られるかもしれないというトラウマは、彼らの判断を鈍らせる。


「だからこそ、個人の勇気に頼るのではなく、魔導庁全体の『新しいルール(報告原則)』を定めます」


 アシュレイは、イルダンでミレナやガルドたちに徹底させた、あの辺境都市の成功モデルを王都に持ち込んだ。


「これより、王都都市基盤保守局における絶対の原則を宣言します。……『迷うなら、異常ありとして上げろ』」


「迷うなら……上げる?」


 エルリックが、その言葉を反芻する。


「ええ。計器の針が少しブレた。変な匂いがした。いつもと音が違う気がする。……それが本当に故障なのか、自分の勘違いなのか。現場で迷った時は、自己判断で『正常』として処理せず、すべて『異常の可能性あり』として報告してください」


「でも、主任。そんなことしたら、毎日ものすごい数のエラー報告が上がっちまいますよ? もしそれが勘違いだったら、また『無駄な仕事を持ち込むな』って……」


 不安そうに尋ねる技師に、アシュレイは力強く首を横に振った。


「誰もあなたたちを怒りません。誤報は、後から『異常なし』と修正すればいいだけです。……ですが、未報は直せません。報告されなかった異常は確実に蓄積し、やがて都市を壊します」


 誤報は修正できる。未報は都市を壊す。


 その言葉は、王都の技師たちの胸に深く突き刺さった。

 彼らは先日、まさにその「未報」が積み重なった結果、王都が暗闇に沈み、自分たち自身が火の海に飲まれそうになる恐怖を体験したばかりなのだ。


「判断の責任は、すべて報告を受け取る側の『運用保守責任者』が負います。現場の皆さんは、ただ街の息遣いを感じ取り、ありのままを伝えてくれればいい。……どうか、皆さんのその優秀な目と耳を、もう一度、この王都を守るために使ってください」


 アシュレイが深く頭を下げた瞬間。

 詰所にいたすべての技師たちが、一斉に立ち上がり、誰に言われるでもなく姿勢を正した。


「……やりますよ。俺たちだって、好きで嘘をついてたわけじゃねえんだ」


「そうです! 街の異常を見つけるのが、俺たちの本当の仕事ですから!」


 かつて死んだような目をしていた技師たちの顔に、誇りと活気が戻っていた。

 王都版の報告原則の制定。


 それは、イルダンの辺境で泥まみれになりながら根付かせた実務のルールが、この巨大な都の現場をも完全に掌握し、救済した瞬間だった。


「さすがだな、アシュレイ。お前が帰ってきてくれて、本当に助かったぜ」


 ゲイルが、目尻の涙を乱暴に拭いながら笑う。


「これなら、俺たちも腹を括って仕事ができる。細かいノイズだろうが何だろうが、端から全部拾い上げてやるよ!」


 現場の技師たちは長年の呪縛から解放され、安堵とやる気に満ちていた。

 これで、王都の魔力網は再び「正しい悲鳴」を上げることができるようになる。


 ――しかし。

 現場の歓喜の中、最もアシュレイの近くにいた若手技師のエルリックだけが、一人、複雑な表情で手を挙げた。


「あの、主任……。ルールは、痛いほどよく分かりました。俺たちも、これからは絶対に隠さずに報告を上げます」


 エルリックは、どこか不安げな目でアシュレイを見つめた。


「でも……。現場から上がってくるその膨大な『異常』の報告を……一体誰が受け取って、誰が判断するんですか?」


 その言葉に、ゲイルや他の技師たちもハッとして口を閉ざした。


 そうだ。

 報告のルールができただけでは、システムは回らない。


 現場の一次ログを吸い上げ、それが誤報か本当の危機かを切り分け、修理の優先順位を決め、予算を確保して指示を出す『判断の要』が必要なのだ。

 イルダンでは、アシュレイとノラ、そしてミレナという完璧なチームがその役割を担っていた。


 だが、この巨大な王都において、新たに独立したばかりの「王都都市基盤保守局」には、まだ正式な局長トップすら存在していないのである。


「……」


 アシュレイは答えず、ただ静かに手帳のページを見つめた。

 報告原則だけでは足りない。それを処理し、システムとして循環させるための強固な「判断体制」が不可欠になる。


 現場の熱意を無駄にしないための、最後のピース。

 それを誰が担うのかという問いが、再建へ向かう王都に重くのしかかろうとしていた。

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