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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第5章:事後整理と制度化〜直した都に、壊れない仕組みを残せ〜
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第46話 古い安全核を、どう扱うか

 ダリウス率いる新規開発局の暴走が止まり、王都都市基盤保守局の独立と権限強化が事実上決定したことで、王都魔導庁の現場にはかつてないほどの活気と熱が戻っていた。


 だが、その熱気は、少しずつ奇妙な方向へと熱を帯び始めていた。


「やっぱり、昔の職人が作った古い設備こそが最高なんだよ!」


「ああ。ダリウスたちが作ったピカピカの新設備なんて、ちょっと負荷がかかっただけでポンコツになっちまった。それに比べて、この『旧式安全核マスターコア』はどうだ? 何十年も放置されてたのに、一発で王都の息を吹き返させたんだぜ!」


「もう新規開発なんてやめちまえばいい。この古いコアをメインに据えて、昔のやり方に戻すのが一番安全なんだ!」


 王都の地下最下層、第一層にある旧式安全核の制御室。

 そこには、非番の技師たちまでが押し寄せ、巨大な黒鋼の円筒形デバイスを神棚でも拝むかのように磨き上げ、熱狂的な言葉を交わしていた。


 最新の技術を盲信し、痛い目を見た反動だ。


「古いものこそが正しい」「新しい開発は悪だ」という極端な回古主義が、保守部門の技師たちの間に急速に広まりつつあったのである。


「おいおい、お前ら。いくらなんでも磨きすぎだぞ。配線に触るなよ」


 ベテランの主任補佐であるゲイルが苦笑交じりに注意するが、彼自身の目も、旧式安全核を見る時にはどこか誇らしげな、畏敬の念に満ちたものになっていた。


「でも、ゲイル補佐。実際、このコアがなかったら俺たちは全滅してましたよ。やっぱり、古い技術には、現代の俺たちじゃ足元にも及ばない魂みたいなものが宿ってるんですよ」


 若手技師のエルリックでさえ、興奮気味にそう語っている。


「……随分と、熱心な信仰ですね」


 その熱を帯びた制御室の空気を、冷や水を浴びせるように一刀両断する声が響いた。

 扉の入り口に立っていたのは、地味な作業着姿のアシュレイ・グランだった。


「主、主任!」


 エルリックが慌てて背筋を伸ばし、他の技師たちも一斉に道を開ける。

 王都を救い、腐敗した上層部を論理で打ち倒した「伝説の保守責任者」。彼らにとって、今のアシュレイの言葉は神の啓示にも等しい重みを持っていた。


 だが、アシュレイの表情は険しかった。

 彼は静かな足取りで旧式安全核の前に立ち、ピカピカに磨き上げられたその表面を無言で見つめた。


「『古い技術に魂が宿っている』ですか。……エルリック。あなたまでそんな非科学的なことを口にするとは思いませんでした」


「えっ……? で、ですが主任、実際にこの古いコアが王都を救ったのは事実じゃないですか」


「ええ、事実です。ですが、理由を取り違えている」


 アシュレイは振り返り、制御室に集まった技師たち全員を真っ直ぐに見据えた。


「皆さんは今、『古いから優れている』『新しいから危険だ』という極端な二元論に陥っています。……それは、ダリウス前局長が『新しいから優れている』と盲信し、古い設備を見下してシステムを崩壊させたのと同じ、ただの『思考停止』です」


 その言葉に、技師たちの熱狂が水を打ったように静まり返った。

 ゲイルもハッとして、自らの腕を組んだ。


「この旧式安全核が王都を救ったのは、決して『古いから』ではありません。

 第一に、メインシステムから物理的・論理的に『独立』していたから、逆流のダメージを受けなかったこと。

 第二に、複雑な自動制御を廃した単純な構造ゆえに『安定』していたこと。

 第三に、システム全体の暴走を防ぐ最後のバックアップとして設計されていたこと。

 ……すべて、運用保守における極めて論理的な『役割』を果たしただけです」


 アシュレイは旧式安全核の分厚い装甲を指でコンコンと叩いた。


「古い設備にも欠点はあります。出力の絶対量は最新の魔力炉には到底及びませんし、部品の交換も困難です。これをメインシステムに据えれば、王都の魔力需要を賄いきれず、数日でパンクしますよ」


「そ、それは……」


「新旧の問題ではないんです。問題なのは、設備の『役割を理解せず、管理もせず、記録から消して放置したこと』です」


 アシュレイはポケットから手帳を取り出し、白紙のページを開いた。


「この設備を神格化して、ただ磨いて拝むような真似はやめてください。私たちは実務者です。神様ではなく、私たちが管理し、運用する『ただの設備』として、正しく台帳に繋ぎ直します」


 アシュレイのその毅然とした宣言に、エルリックはパチリと目を覚ましたように姿勢を正した。


「……はいっ! その通りです。俺たち、浮かれて大切なことを忘れていました」


「おう。俺たち保守の仕事は、設備を神輿に担ぐことじゃねえ。泥水すすってでも、こいつを『確実に動く状態』に保つことだったな」


 ゲイルも、自嘲気味に笑ってハンマーを肩に担ぎ直した。


「分かってくれればいいです。では、すぐに実務に移りましょう」


 アシュレイは手帳にペンを走らせながら、矢継ぎ早に指示を出し始めた。


「まず、この旧式安全核を、台帳上の透明な存在(停止資産)から引き戻します。新たな分類は『非常用稼働資産』です」


「非常用稼働資産、ですね。了解しました!」


 エルリックがメモを取る。


「次に、運用ルールの明文化です。

 一、このコアは『独立系統』として維持し、通常時はメイン魔力網と絶対に接続しないこと。

 二、メイン魔力炉が完全に停止した際のみ、特定の条件を満たした場合に接続を許可する『コールドスタート手順書』を今週中に作成すること。

 三、月に一度、出力テストと配線の目視確認を行う『定期点検対象』に組み込むこと」


 ただ古いからと切り捨てるのでもなく、ただ凄いからと盲信するでもなく。

 明確なルールと手順、そして定期的な監視体制の下に置く。それこそが、彼が辺境都市イルダンで証明してきた「壊れない仕組み」の神髄だった。


「よし! おいお前ら、お遊戯はここまでだ! 主任の指示通り、まずはこの部屋の正確な配線図面を起こし直すぞ!」


 ゲイルの号令で、技師たちは神様を拝む信者から、頼もしい保守の実務者へと顔つきを変え、一斉に作業へと散っていった。


 ――これでいい。

 アシュレイは小さく息を吐いた。


 組織の評価軸が変わり、保守局が独立しても、現場が回古主義に陥ってしまえば、王都はいずれまた技術的な停滞という別の病に侵される。

 新しい技術(開発)を否定せず、古い技術(基礎)も軽視せず、両者を等しく「実務と管理」の天秤に乗せる。それが、アシュレイが目指す王国の新しい運用保守の形だった。


「……それにしても」


 技師たちが作業に没頭する中、アシュレイは一人、旧式安全核の基部に刻まれた模様をランタンの光で照らし、じっと見つめ込んでいた。


「どうしました、主任?」


 図面の下書きを終えたエルリックが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「いや……。この古いコアに刻まれた古代言語の幾何学模様と、魔力ろ過のための特殊な回路設計。……どこかで見たことがあると思っていたんですが」


 アシュレイは手帳のページを過去のものへとパラパラとめくり、イルダンで自身がスケッチした図面と、目の前のコアを見比べた。


「……酷似している。いや、ほぼ完全に同じ設計思想だ」


「同じ? 何とですか?」


「辺境都市イルダンの中央魔力炉です。あそこの最下層にも、これと同じ『旧式安全核』が眠っていました。この王都の最深部にあるものと、大陸の最果てにある辺境のものが、同じ時代の、おそらく同じ技術者の手によって作られている」


「えっ……? でも、王都とイルダンじゃ、都市ができた時代も規模も全然違うはずじゃ……」


 エルリックが首を傾げる。


 その時、アシュレイの脳裏に、数日前にイルダンから届いたミレナの定期報告書の「最後の追記」が鮮明に蘇った。


『――旧鉱山区画外で確認されていた不審者たちが、古い安全核と同系統の遺構を探しているらしい――』


 アシュレイの目が、スッと鋭く細められた。


 イルダンの結界の外で、密かに活動を始めた謎の集団。彼らが探しているのは、金銀財宝ではなく、この「古い安全核」と同系統の遺構だという。

 王都を死の淵から救い、イルダンを陰で支え続けてきた、今はもう失われた古代の安全装置。


 それを、なぜ彼らは意図的に探し出そうとしているのか。


(……単なる盗掘じゃない。彼らはこの『古い仕組み』の本当の価値と、そのネットワークの存在を知っているのか?)


 王都の大規模障害という巨大な表の事件の裏側で。

 王国全土の地下深くに根を張る、大昔のインフラ網を巡る見えない糸が、アシュレイの頭の中で細く、しかし確実に繋がり始めていた。


「……エルリック」


「はい!」


「旧式安全核の台帳登録が終わったら、魔導庁の過去資料室から、この王都の『設立初期の広域インフラ計画書』を探し出しておいてください。……もしかすると、我々が管理しているシステムは、我々が思っている以上に深く、そして広大な根を持っているかもしれない」


 事後整理と制度化の作業は、着実に進んでいる。

 だが、実務者の仕事に終わりはない。直したシステムの足元には、まだ誰も開けたことのない、歴史という名の巨大なブラックボックスが眠っているのだ。


 アシュレイは手帳を閉じ、王都のさらに深い闇の奥を見据えながら、次なる調査の準備を静かに始めていた。

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