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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第5章:事後整理と制度化〜直した都に、壊れない仕組みを残せ〜
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第42話 止めた責任、止めなかった責任

「王都の威信をなんだと思っているのだ! 明日は我が国の偉大なる建国記念祭なのだぞ!」


 怒号が飛び交うのは、王都魔導庁の中枢に位置する大聴聞室である。

 普段は厳粛な空気に包まれている円形の大広間が、今はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「五基の特大魔導増幅器を物理的に切断するだと!? あの装置がなければ、目玉である上空の大幻影も、各国からの要人を迎えるための光のパレードも実行できないではないか!」


「祭りの準備にどれだけの予算が投じられていると思っている! 増幅器を勝手に止めたせいで祭りが台無しになった。この天文学的な損害賠償は、一体誰が負うつもりだ!」


 顔を真っ赤にして喚き散らしているのは、王都の式典関係者や、特権的な地位を持つ一部の貴族たちだった。さらに、ダリウスが拘束されてなお残存している新規開発局の幹部たちも、彼らに同調して声を荒げている。

 彼らの矛先は、円形広間の中央――証言席に立つ、地味な作業着姿の実務者、アシュレイ・グランに向けられていた。


 昨夜、アシュレイと若手技師エルリックは、王都の完全崩壊ブラックアウトを防ぐため、暴走していた特大魔導増幅器群の魔導線を物理的に引き抜いた。そして、放置されていた旧式安全核マスターコアを利用したコールドスタートによって、最低限の都市機能だけを復旧させたのだ。

 それは、実務者として唯一の正しい決断だった。


 しかし、命拾いをしたという自覚がない上層部の人間からすれば、アシュレイの行動は「祭りをぶち壊した越権行為」にしか映らないのである。


「局所的な魔力不足なら、時間をかければ復旧できたはずだ! それを、独断で配線を切断するなど、保守局の完全な暴走ではないか!」


 新規開発局の幹部が、机を叩いて糾弾する。

 アシュレイの横で書類を抱えていたエルリックが、あまりの理不尽さに肩を震わせた。


「ふざけるな……! あんたたちが警告を無視して無理やり繋いだせいで、街の半分が吹き飛ぶところだったんだぞ!」


「静かに、エルリック」


 反論しようとしたエルリックを、アシュレイが手で制した。


 聴聞会の議長席には、王都監査院の特別監査官、ローデリク・フェインが座っている。


「静粛に」


 ローデリクが木槌ガベルを打ち鳴らすと、冷徹な響きに広間の騒音が一瞬だけ収まった。


「本聴聞会は、昨夜発生した王都南区画の大規模障害における、対応の妥当性を確認するためのものだ。……アシュレイ技術顧問。彼らはあなたが『独断で増幅器を止めた責任』を問うている。どう答えるか」


 アシュレイは静かに一歩前に出た。

 彼には、感情で反論するつもりなど毛頭なかった。彼が持っているのは、常に「事実」と「ロジック」だけだ。


「私が増幅器を止めたことで、式典の演出に支障が出たことは事実です」


 アシュレイの淡々とした声が、広間に響く。


「しかし、皆様は『止めた責任』ばかりを追及していますが、運用保守の観点から言えば、議論すべきはそこではありません。……問うべきは、『あのまま止めなかった場合の責任(被害見積もり)』です」


「止めなかった場合の被害だと? 何を馬鹿な!」


「馬鹿なのはどちらか、数字で証明しましょう。エルリック、投影機を」


「はいっ!」


 エルリックが魔導投影機を操作すると、聴聞室の壁面に、第一監視室からダウンロードした「生ログ」の解析データと、緻密なシミュレーション結果が映し出された。

 赤と黒の不吉なグラフが、右肩上がりに限界を突破していく図解だ。


「これは、増幅器を物理切断する直前の、王都の魔力網の状況です。もしあのまま稼働を維持していた場合、どのような事態が発生していたか。……順を追って説明します」


 アシュレイは指示棒を手に取り、一つ目のグラフを指した。


「まず、第一に『外縁結界の出力低下』です。増幅器が基幹網の魔力を吸い尽くしていたため、防壁の結界へ送られる魔力が規定値の三割を切っていました。あのまま放置していれば、一時間以内に結界は崩壊し、王都の外周から無数の魔物が市街地へ侵入していました」


 その言葉に、防衛に関わる武官たちが顔を青ざめさせる。


「第二に、『浄水系統の完全停止』です。すでに水圧は低下し、泥水が逆流し始めていました。あと数時間遅ければ、王都の飲料水は完全に汚染され、数十万人の市民が疫病の危機に晒されていたでしょう」


 アシュレイは淡々と、しかし決して反論を許さない重みを持って事実を突きつけていく。


「第三に、『基幹通信の断絶と物流リフトの停止』。各区画を結ぶ通信が死に絶えれば、被害状況の把握すら不可能です。同時に地下の魔導輸送機が止まれば、数日と保たずに王都は深刻な食料不足と飢餓に陥ります」


「そ、それは……ただの最悪を想定した机上の空論だろう!」


 貴族の一人が震える声で反論を試みるが、アシュレイは冷たい視線で彼を射抜いた。


「空論ではありません。現に、昨日の夕刻から第三行政庁舎一帯でブラックアウトが起き、リフトに人が閉じ込められていたではないですか。それは『前兆』です」


 ぐうの音も出ない事実を突きつけられ、貴族は沈黙する。


「そして最後。……最も恐ろしいのが、『地下魔力炉への逆流被害』です」


 アシュレイは、真っ赤に染まった魔力炉のシミュレーション図を指した。


「規格外の増幅器が無理やり魔力を吸い上げた結果、末端から大元の炉へ向かって魔力の逆流バックフローが発生していました。あのまま試験を続行していれば、過負荷に耐えきれず王都の地下魔力炉そのものが大爆発を起こしていた。……王都南区画のすべてが、文字通り地図から消え去っていたのです」


 聴聞室が、水を打ったように静まり返った。

 結界崩壊。浄水汚染。物流停止。そして魔力炉の爆発。


 祭りの威信だの、幻影の美しさだのといった次元の話ではない。彼らは、王都そのものが完全に滅亡する数歩手前まで追い詰められていたのだ。


「以上が、あのまま増幅器を『止めなかった場合』の被害見積もりです」


 アシュレイは指示棒を置き、式典関係者や新規開発局の幹部たちを真っ直ぐに見据えた。


「王都の滅亡と、式典の中止。……あなた方は、どちらの責任なら取れたと言うのですか?」


「…………っ」


 誰一人として、反論できる者はいなかった。

 圧倒的なデータと、運用保守の専門家による冷徹なまでのリスク評価。彼らが口にしていた「威信」という言葉が、いかに薄っぺらで無責任なものであったかが、白日の下に晒されたのだ。


「だが……だが、なぜ増幅器だったのだ!」


 沈黙に耐えきれず、新規開発局の幹部が声を絞り出した。


「他の区画の魔力を削ってでも、増幅器を生かす方法はなかったのか! あれは局長の……いや、我々新規開発局の悲願だったのだぞ!」


 その言葉に、アシュレイは手帳を開き、一つの明確なルールを読み上げた。


「『優先供給基準(SLA)』という言葉をご存知ですか」


 アシュレイは、イルダンでセルマやリオネルたちと激しい議論の末に合意した、あの基準を王都の議場に持ち込んだ。


「魔力という限られたリソースを運用する以上、そこには必ず優先順位が存在しなければなりません。昨夜、私は監査院のローデリク殿と協議し、緊急のSLAを定義しました」


 アシュレイは黒板に、三つの階層を簡潔に書き出した。


「第一優先は、市民の命を守る『外縁結界と浄水系統』。第二優先は、社会基盤を支える『基幹通信と輸送網』。……そして、式典用の増幅器や装飾用の幻影は、都市の生存に寄与しない『最下位』に置かれました」


 アシュレイはチョークを置き、静かに告げた。


「私はこのSLAに基づき、最も優先度の低い増幅器を切り離し、浮いた魔力を第一優先の結界と水へ回しました。……これは独断ではなく、システムを守るための絶対的な『ルール』に従ったまでのことです」


 議長席のローデリクが、重々しく立ち上がった。


「監査院としても証言する。昨夜の停止判断は、アシュレイ技術顧問の独断ではない。監査院が合意した緊急SLA判断に基づく、極めて妥当かつ合法的な危機対応であったと確認している」


 ローデリクは木槌を鳴らした。


「よって、増幅器の物理切断に対する責任追及は、これにて不当と見なし、却下する!」


 カーン、という木槌の音が、アシュレイの「小さな勝ち」を決定づけた。

 エルリックがホッと胸を撫で下ろし、式典関係者や貴族たちは、ぐうの音も出ずに力なく椅子に座り込んだ。


 感情ではなく、事実と運用知識。そしてSLAという明確な基準によって、アシュレイは王都の理不尽な責任転嫁を見事に跳ね除けたのだ。


 ――だが。

 これで全てが解決したわけではなかった。


「……なるほど。理屈は通っている。監査院も認めたのなら、昨夜の対応についてはこれ以上問うまい」


 新規開発局の残存幹部の一人が、忌々しげに立ち上がった。

 彼はアシュレイを睨みつけ、そして極めて厄介な「制度上の欠陥」を突いてきた。


「だが、アシュレイ・グラン。一つだけ聞かせてもらおうか」


 幹部は、アシュレイが黒板に書いたSLAの文字を指差した。


「その『優先供給基準(SLA)』とやらは、一体いつ、誰が承認した『王国の正式な制度』なのだ?」


「……っ」


 エルリックが息を呑む。

 辺境都市イルダンでは、商人ギルドのセルマや防衛隊のリオネルといった現場の代表者たちが集まり、膝を突き合わせてSLAを「事前合意」していた。だからこそ、ルールとして強固に機能したのだ。


 だが、この王都においてはどうだ。

 昨夜のSLAは、大規模崩壊の真っ只中において、アシュレイとローデリクが緊急的に定めた「一時的な基準」に過ぎない。王国上層部の承認を得た、明文化された法律でも規程でもないのだ。


「緊急事態だったとはいえ、明文化されていない個人的な基準で、王都の重要設備を止めたことには変わりない。……制度化されていないルールなど、平時においては何の意味も持たんぞ!」


 幹部の指摘は、運用保守という観点から見ても、致命的に正しかった。

 個人の有能さや、一時的な合意だけでシステムを回せば、いずれ属人化し、再び同じ悲劇を繰り返すことになる。


(……やはり、王都はまだ直っていない)


 アシュレイは、微塵も表情を崩すことなく、手帳を固く握りしめた。

 ダリウスを拘束し、一時的な暴走を止めるだけでは足りない。


 王国の制度そのものに、「保守のルール」を正式に刻み込ませなければ、この巨大な都はまた必ず道を間違える。


「ご指摘の通りです」


 アシュレイは、新規開発局の幹部に向かって真っ直ぐに答えた。


「制度化されていない判断は、脆い。……だからこそ、これから明確な制度にする必要があります」


 応急対応は終わった。

 ここから先は、王都の狂った評価制度と権限構造を根底から修理するための、本当の「事後整理」が始まる。


 アシュレイの戦いは、泥臭い現場から、法とルールが交差する制度化の闘争へと、その舞台を移そうとしていた。

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