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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第4章:王都の大規模障害と本格対決 〜壊した都に、保守の答えを突きつけろ〜
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第36話 ブラックアウト前夜

 王都魔導庁の地下深く、厳重な扉の奥に存在する『中央魔力路・第一監視室』。

 ここは王都のすべての基幹網の心臓部であり、壁一面を覆う巨大な魔導パネルには、百万の民の生活を支える魔力流量がリアルタイムで表示されている。


「いやあ、今日も見事な緑色オールグリーンだな。ダリウス局長の新システムは完璧だ」


「ああ。昔の保守局の連中みたいに、ピーピーとエラー音を鳴らして騒ぎ立てることもない。平和なもんだ」


 夜明け前の監視室で、新規開発局から配置された監視員たちが、温かいコーヒーを飲みながら談笑していた。

 彼らの目の前にある巨大パネルは、一つ残らず美しい緑色の光を放っている。水路、通信、結界。いかなる負荷も感じさせない、完全無欠のシステム稼働状況がそこにはあった。


 バンッ!!


 だが、その平和な空気を切り裂くように、監視室の重厚な扉が勢いよく蹴り開けられた。


「な、なんだ!? ここは関係者以外立ち入り禁止――」


「王都監査院、特別監査だ。現在、重大なシステム不正の疑いでこの監視室を一時的に差し押さえる。全員、コンソールから離れろ!」


 ローデリク・フェインが、監査院の青い腕章を掲げて鋭く言い放つ。その後ろには、エルリック、そして地味な外套を着たアシュレイ・グランの姿があった。


「か、監査院だと!? 馬鹿な、ここはダリウス局長の直轄区画だぞ!」


 監視員たちが慌てて立ち上がるが、ローデリクの気迫に押されて後退りする。


 その隙に、アシュレイは一直線にメインコンソールへと歩み寄った。

 彼は壁一面の緑色のパネルを見上げ、小さく息を吐いた。


「……見事な『死体』ですね。こんなにも美しく飾り立てられたシステムの死に顔は、辺境でも見たことがない」


「死体だと? 何をデタラメな……パネルを見ろ! すべて正常値だ!」


 監視員の一人が声を荒げる。


「それが異常だと言っているんです」


 アシュレイはエルリックから受け取った『現場の監視表(非公式ログ)』の束を、コンソールの上にバサリと広げた。


「この数時間で、現場の技師たちから上がってきた生データです。東の浄水系統で水圧が三割低下、西の通信系統で断続的なタイムアウト、南の結界補助系統は稼働限界を超えてオーバーヒートを起こしている。……これだけの致命的なエラーが起きているのに、なぜこのパネルは『緑色』なんだ?」


 アシュレイの冷徹な問いに、監視員たちは言葉を詰まらせた。


「そ、それは……現場の連中の見間違いだ! 計器が緑だと言っているんだから、システムは正常なんだよ!」


「なるほど。つまりあなたたちは、現場の悲鳴よりも、自分たちが書き換えたこのパネルの嘘を信じているわけだ」


 アシュレイの脳裏に、かつて王都を追放された日の記憶がフラッシュバックした。

『保守なんて、壊れたものを直すだけの裏方だろう。黙って上の言う通りにしていればいい』


 あの時もそうだった。ダリウスたちは現場の限界を無視し、自分たちの都合のいい数字だけを見て計画を強行した。そして起きた障害の責任を、すべて末端の保守部門に押し付けたのだ。


 感情的な怒りではない。

 同じ構造的欠陥バグが、この巨大な組織で繰り返されているという、運用保守担当としての絶望的なまでの呆れだった。


「……監視という機能の根本を忘れたようですね。異常を見つけない監視盤など、ただの巨大な照明器具にすぎない」


 アシュレイは工具入れから特殊な魔導ドライバーを取り出し、メインコンソールの下部、厳重に封印されたメンテナンス用パネルのネジを躊躇なく外し始めた。


「お、おい! 何をしている! そこは局長の許可がないと開けられない――」


「ローデリクさん。彼らを黙らせてください。……集中したい」


「承知した。動く者は公務執行妨害で拘束する!」


 ローデリクが剣の柄に手をかけ、監視員たちを壁際へと追いやる。


 アシュレイはパネルを開け、内部の複雑な魔導回路の束を引きずり出した。


「やはり。センサーから送られてくる情報を、パネルに表示する直前で『分岐』させている」


 アシュレイは、回路の中間に割り込ませるように取り付けられた、見慣れない黒い魔導石を指差した。


「これがダリウスの仕込んだ『隠蔽フィルター』です。現場から送られてくる赤い警告信号エラーをすべてこの石で吸収し、代わりに偽の緑色の信号オールグリーンだけをパネルに出力させている。……狂っていますよ。臭いものに蓋をするどころか、臭いを感じる鼻そのものを削ぎ落としている」


「し、主任……そんなことまで……」


 エルリックが背後で青ざめる。


「システムを直すには、まず『正しい悲鳴』を観測しなければならない。……このフィルターを外してパネルを赤く染めてもいいですが、それではダリウスが『お前たちがパネルを壊したせいだ』と言いがかりをつけてくるでしょう」


 アシュレイは懐から、イルダンでノラが用意してくれた『大容量の記録結晶ブランクメモリ』を取り出した。


「だから、パネルの嘘はそのままにしておく。代わりに……フィルターに吸収される前の『一次データ(生ログ)』を、この結晶に直接バイパスして保存ダウンロードします。ダリウスがどれだけの警告を無視してシステムを暴走させたか、その言い逃れのできない証拠を押さえる」


 アシュレイの手が、精密機械のような正確さで動いた。

 フィルターの直前に細い魔導線を割り込ませ、記録結晶へと繋ぎ込む。


 パチンッ、という小さな接続音と共に、透明だった記録結晶が、ドクン、ドクンと不吉な赤黒い光を放ち始めた。


「……ダウンロード開始。ものすごい量のエラーログが流れ込んできます」


 アシュレイが手帳に時刻を書き込む。


「やった! これで、ダリウス局長が意図的に警告を握り潰していた動かぬ証拠が手に入ったぞ!」


 エルリックが歓喜の声を上げ、ローデリクも力強く頷いた。


「ああ。この生ログと、現場から上がってきた監視表のデータが一致すれば、どんなに言い逃れようとしても新規開発局の責任は免れない。監査院としても完全に首を取れる!」


 監視員たちはその光景を見て、絶望的な顔でへたり込んだ。

 これで、後の責任追及のための完璧な土台が完成したのだ。小さな、しかし王都の腐敗を切り崩すための決定的な「実務の勝利」だった。


「さて。証拠は確保しました。次は、この膨大なエラーを発しているシステムそのものを計画的に停止シャットダウンさせ……」


 アシュレイがコンソールの遮断レバーに手をかけようとした、その瞬間だった。


 ――ガァァァァァァァンッ!!


 突如として、地下深くの監視室全体が、巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺さぶられた。


「な、なんだ!?」


 ローデリクが壁に手をついて体勢を維持する。


 天井の隙間からパラパラと埃が落ちてくる中、アシュレイが接続した記録結晶が、悲鳴のような甲高い高周波を発し始めた。

 同時に、先ほどまで美しい緑色を保っていた壁一面の巨大パネルが、一瞬だけ激しくノイズを走らせ――次の瞬間、すべてが真っ赤なエラー表示へと反転した。


警告アラート! 警告アラート! 中央魔力路・第三防壁突破! 規定圧力の二〇〇パーセントを超過!』


『増幅器群、全接続を確認! 魔力逆流現象バックフロー発生!』


 無機質な魔導音声が、監視室に絶望のサイレンを響き渡らせる。


「どういうことだ!? まだ夜明けだぞ!」


 エルリックが叫ぶ。


「……ダリウスが、祭りの予行演習のスケジュールを前倒しにしたんだ」


 アシュレイは、赤く染まったパネルを睨みつけた。


「五基の特大魔導増幅器の同時起動。……隠蔽フィルターの処理限界すら超えるほどの、文字通り規格外の暴走オーバーロードだ」


 隠していた傷口が、ついに巨大な圧力に耐えきれず、完全に破裂したのだ。

 パネルの表示は次々と「接続停止ロスト」を示す黒い画面へと変わっていく。


「主任! 東の浄水系統の魔力供給が完全にストップしました! 西の通信系統も落ちた! 南の……南の結界補助系統が、逆流の直撃を受けて融解しています!」


「……連鎖遮断カスケードダウンが始まりました」


 アシュレイの低い声が、サイレンの下で冷たく響いた。


 王都という百万の民を抱える巨大なシステムが、今、完全にコントロールを失い、死の坂道を転げ落ち始めた。


「防壁の結界が薄まれば、王都の外周にいる魔物たちがなだれ込んでくるぞ! アシュレイ、どうする!?」


 ローデリクが剣を抜き放ちながら怒鳴る。


 アシュレイは、確保した生ログの入った記録結晶をポケットに深くしまい込み、腰の工具入れから最も太いスパナを引き抜いた。


「どうするも何も、やることは一つです。……燃え盛る家の中で、一番大事な柱だけを残して、残りをすべて切り落とす」


 ブラックアウト前夜は終わった。

 ここから先は、地獄のような「障害対応インシデント」の本番だ。


 追放された実務者アシュレイ・グランが、崩壊する王都の命運を握る最大の戦いが、ついに幕を開けた。

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