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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第4章:王都の大規模障害と本格対決 〜壊した都に、保守の答えを突きつけろ〜
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第35話 迷うなら上げろ、王都版

 深夜の王都魔導庁、その地下深くにある使われていない備品倉庫。

 カビと機械油の匂いが漂う薄暗い空間に、十数人の男たちが息を潜めて集まっていた。彼らは皆、灰色の作業着に身を包んだ、都市基盤保守局の末端技師たちだ。


 彼らをこの秘密の集会に呼び集めたのは、保守局のベテラン主任補佐であるゲイルだった。


「……集まってくれて助かる。お前たちも薄々気づいているだろうが、今の王都の魔力網は本気でヤバい。ダリウス局長が明日の朝に強行しようとしている『増幅器群の全接続試験』をやれば、間違いなくどこかが吹き飛ぶ」


 ゲイルの重苦しい声に、若手や中堅の技師たちが暗い顔で頷いた。


「分かってますよ、ゲイルさん。俺の担当してる東区画のポンプ場なんて、もう三日前からメーターの針が振り切れっぱなしです。でも……」


 一人の若い技師が、吐き捨てるように言った。


「上に報告しても『お前たちの日常点検が甘いからだ、減給するぞ』って脅されるだけで、まともに取り合ってくれません。だからもう、誰も怖くて『異常がある』なんて報告できないんです」


「そうだ。それに、下手に騒ぎ立てて新規開発局の耳に入れば、あのアシュレイ主任みたいに辺境へ追放されちまう。……俺たちには、家族もいるんだ」


 保身。諦め。そして、システムを直すことよりも、上の機嫌を損ねないことを優先せざるを得ない絶対的な恐怖。

 それこそが、ダリウスが数年かけて作り上げた「正常を装う王都」の正体だった。末端が悲鳴を上げることをやめた時、巨大なシステムは完全に「観測不能」な死体へと変わる。


「……報告すれば責任を問われ、黙っていればシステムが壊れる。典型的な腐敗組織の末期症状ですね」


 倉庫の奥、積まれた木箱の影から静かに歩み出た人影に、技師たちがギョッと身をすくませた。

 実用的な外套に、使い込まれた工具入れ。


「あ、アシュレイ主任……!?」


「なんで、追放されたはずのあんたがここに……!」


 動揺する技師たちをゲイルが手で制した。


「静かにしろ。こいつは今、監査院の特別顧問として戻ってきている。昼間、南ブロックの分配所で俺たちを逆流の爆発から救ってくれたのもこいつだ。……俺たちの命を預けるに足る男だよ」


 アシュレイは技師たちの前に進み出ると、手に持っていた羊皮紙の束を、木箱の上にドサリと置いた。

 それは、彼が先ほどまで手書きで量産していた「ある書類」だった。


「皆さん、お久しぶりです。時間が惜しいので単刀直入に言います」


 アシュレイは一枚の羊皮紙を手に取り、全員に見えるように掲げた。


「明日の朝の接続試験を止めるために、王都の『本当の限界値』を証明する確固たるデータが必要です。……これから皆さんに、公式ルートを無視した『非公式の監視網』を作ってもらいます」


 技師たちがざわめいた。


「ひ、非公式の監視網だって!?」


「そんなこと、上にバレたらクビどころじゃ済まないぞ!」


「バレる前に、ダリウスのシステムを止めます。そのための材料が要る」


 アシュレイは、掲げた羊皮紙を一番前にいた若い技師に手渡した。


 そこには、イルダンでガルドやミレナたちに叩き込んだのと同じ『簡易監視表』が罫線付きで記されていた。

 書く項目は極めて少ない。『時刻』『区画』『計器の数値』『異音・異臭の有無』。それだけだ。


「いいですか。あなたたちが怒られるのは『公式の台帳』に異常を書き込もうとするからです。だから、公式には『正常』と報告して構わない」


 アシュレイの言葉に、技師たちが耳を疑うように顔を見合わせた。


「ですが、同時にこの非公式の監視表に『見たままの真実』を書き込み、一時間ごとにエルリックの端末へ裏回線で送ってください。……原因の推測も、自己判断も不要です。ただ数字と事実だけを羅列する」


 アシュレイは、技師たちの顔を一人一人、真っ直ぐに見据えた。


「これは、私が辺境都市イルダンで現場の職人たちと徹底したルールです。……『迷うなら、異常ありとして上げろ』」


「迷うなら、上げる……?」


「そうです。温度が少し高い気がする。いつもと違う音がする。それが自分のせいかどうかなんて気にする必要はない。異常の切り分けと責任は、保守責任者である私がすべて引き受けます。あなたたちはただ、街の息遣いを私に届けてください」


 その言葉には、圧倒的な実務者としての覚悟があった。

 かつて王都にいた頃のアシュレイは、一人ですべてを抱え込み、一人でシステムを直そうとして孤立した。


 だが、イルダンでの三ヶ月が彼を変えた。現場を信じ、現場の目をセンサーとして使いこなし、集まった情報を元に「仕組み」で戦う指揮官へと成長していたのだ。


 押し殺したような沈黙の中。

 一番最初に声を上げたのは、先ほど「メーターが振り切れている」とこぼしていた東区画の若い技師だった。


「……俺は、やります」


 彼は震える手で、アシュレイの監視表を受け取った。


「毎日毎日、本当は爆発しそうな管を撫でながら、嘘の報告書にハンコを押すのは……もうウンザリなんです! あんたが責任を持ってくれるなら、俺は本当の数字を上げます!」


「俺もだ。このままじゃ、俺たちの街が燃えちまう」


「グラン主任……あんたのやり方に賭けるぜ」


 次々と、技師たちがアシュレイの前に進み出て、監視表を受け取っていく。

 彼らの目に宿っていたのは、保身の諦めではなく、誇りある現場職人としての微かな火だった。


「……まったく。相変わらず、現場の人間をその気にさせるのが上手い男だぜ」


 ゲイルが呆れたように笑いながら、自分の分の監視表を受け取った。


「現場が優秀なだけですよ。……さあ、持ち場へ戻ってください。夜明けまでが勝負です」


 ◆◆◆


 数時間後。夜明け前の、監査院が用意した秘密の地下資料室。

 そこには、目を見張るような光景が広がっていた。


「主、主任……! 次々とデータが送られてきます! 東区画の第六ポンプ場、水圧低下が規定値の三十パーセント割れ! 西の防壁補助結界、断続的な魔力供給の遅延を確認!」


 通信端末の前に張り付いたエルリックが、裏回線から送られてくる暗号化されたメッセージを次々と解読し、声を張り上げる。


「よこせ。私が書き写す!」


 ローデリク監査官が、上着を脱ぎ捨てて腕まくりをし、エルリックが読み上げる数字を巨大な『王都全域図』に赤インクでプロットしていく。


 そしてアシュレイは、プロットされていく赤点の分布を冷徹な目で睨みつけながら、全体の魔力流量の偏りを計算していた。


「素晴らしい」


 アシュレイは、感嘆の息を漏らした。


「現場の生データが、これほど統一された様式で、タイムラグなしに上がってくる。……イルダンでミレナたちと作ったエスカレーションフローが、この巨大な王都でも完璧に機能している」


 これまでダリウスの隠蔽によって完全に「ブラックボックス」化していた王都の悲鳴が、アシュレイの用意した非公式監視網によって、一つの机の上で鮮やかに「観測可能ビジブル」な状態へと戻ったのだ。


 地図上の赤い点は、瞬く間に南区画を中心に密集し、どす黒い染みのように広がっていった。


「アシュレイ、これは……!」


 プロットの手を止めたローデリクが、地図を見て戦慄の声を上げた。


「局所的な異常じゃない。王都の基幹網のすべてが、まるで何かに首を絞められているように一斉に低下しているぞ!」


「ええ。新規開発局が設置した『特大魔導増幅器』が、待機状態アイドリングであるにも関わらず、既存のインフラから魔力を吸い尽くしているからです」


 アシュレイは、地図の南側に引かれた三本の太い魔導管のラインを指でなぞった。


「東の浄水系統、西の通信系統、そして南の結界補助系統。……この三つの基幹ラインは、完全に負荷の限界点デッドラインに達しています」


 アシュレイは手帳をパタンと閉じ、冷たい声で宣言した。


「明日の朝、ダリウスが増幅器の全接続試験を行えば、これら三系統の魔力路で同時に連鎖遮断カスケード・ダウンが発生します。王都の三分の一が、一瞬にして完全なブラックアウトに陥る」


「なっ……三分の一だと!? ただの停電じゃないぞ。水が止まり、通信が切れ、結界が薄まれば、大規模な暴動が起きる!」


 エルリックが頭を抱えた。


「防がねばならん。今すぐダリウスを拘束してでも、試験を止めさせるんだ!」


 ローデリクが監査院の権限を行使しようと立ち上がる。


 だが、アシュレイは首を横に振った。


「無理です、ローデリクさん。今の我々が持っているのは『現場の非公式なメモ』だけだ。公式には、今この瞬間も王都のシステムは『正常オールグリーン』ということになっている。ダリウスは『古い頭の連中が捏造したデータだ』と一蹴するでしょう」


「じゃあ、どうすれば……! 壊れるのが分かっているのに、指を咥えて見ているしかないんですか!」


 アシュレイは、静かに工具入れのベルトを締め直した。


「いいえ。ダリウスが『見栄』のためにシステムを止めないのなら、我々が物理的に介入して、致命傷になる前に『正しい順番で』システムを停止させます」


 直すのではなく、被害を最小限にするための計画的停止シャットダウン

 それは、運用保守のプロフェッショナルだけが下せる、最も冷酷で、最も確実な決断だった。


「エルリック、ゲイルさんに通信を。……我々はこれより、中央魔力路のメインコンソールを制圧しに行きます。……ブラックアウトは、我々の手でコントロールする」


 夜明けの光が、地下室の小さな窓から差し込み始めていた。

 巨大な都がその虚飾の限界を迎える「大崩壊の朝」が、ついにやってこようとしていた。

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