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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第4章:王都の大規模障害と本格対決 〜壊した都に、保守の答えを突きつけろ〜
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第33話 消された警告、残った痕跡

 王都監査院が秘密裏に手配した、地下の特別資料室。

 カビの匂いと古い羊皮紙の埃が漂うその空間で、アシュレイ・グランは机に山積みになった『王都魔力網・公式稼働台帳』を、恐るべき速度で捲り続けていた。


「……やはり、おかしい」


 アシュレイは手を止め、三日前の夜中を記録したページを指で弾いた。


「エルリック。君が現場で見たという第三ポンプ場の過熱エラー。それが起きた時間帯、この公式台帳には『軽微な通信ノイズ(青信号)』としか記されていない。そして何より、システム全体を監視しているはずの旧式安全核マスターコアの警告履歴の欄が、完全に白紙ブランクだ」


 隣で書類の束を抱えていたエルリックが、暗い顔で頷いた。


「はい……。ダリウス局長の指示で、公式台帳へ記録を転記する際、致命的なエラーはすべて自動で書き換えられるプログラムが組まれています。安全核の警告に至っては、最初から『受信しなかった』ことにされています」


 イルダンの役所で、アシュレイと事務官ノラが徹底的に叩き直した「原本と写しの管理」。

 あの辺境都市では、現場の職人が書いた泥臭い一次メモこそが『原本』であり、それを正しく清書したものが『写し(台帳)』として扱われていた。


 だが、この華やかな王都では逆だ。

 現場の悲鳴である『一次ログ』をプログラムで都合よく握り潰し、綺麗に整えられた嘘の数字だけを『公式台帳』として残している。


「これでは、後から誰が監査に入っても『システムは正常でした』という証明しか出てこない。完全な隠蔽工作だ」


 壁際で腕を組んでいた監査官のローデリクが、忌々しげに舌打ちをした。


「我々監査院がいくら怪しいと睨んでも、書類上の数字が合っている以上、ダリウスの新規開発局に強制捜査をかけることができなかった理由はこれだ」


「数字が合っている? ……いいえ、合っていませんよ。ローデリクさん」


 アシュレイの冷徹な声に、ローデリクが眉をひそめた。


「完全な隠蔽など不可能です。システムが物理的な限界を超えて悲鳴を上げている以上、必ずどこかに『矛盾バグ』が生じる。……エルリック。公式台帳ではなく、現場の夜勤監視員たちが手書きで残している『業務引き継ぎ日誌』と、下級記録官の『インクの請求伝票』を集めてください」


「え? し、しかし主任。あんなものはただの備忘録で、監査の証拠には……」


「いいから、集めるんだ。真実は、いつも綺麗な台帳ではなく、現場の汚れたメモの中にあります」


 エルリックが慌てて資料室の奥へ走ろうとした、その時だった。


「――おやおや。監査院の皆様が、こんなカビ臭い地下室で何をコソコソと嗅ぎ回っているのかと思えば」


 嫌味な声と共に、資料室の重い扉が開かれた。

 立っていたのは、高級な絹のローブを纏い、香水の匂いを漂わせた細身の男だった。その後ろには、武装した魔導庁の衛兵が二名控えている。


「……ベルマン補佐官」


 ローデリクが、険しい声でその男の名を呼んだ。


 ベルマン。ダリウス局長の右腕であり、新規開発局に都合の悪い監査や報告をすべて握り潰してきた、魔導庁官僚の典型のような男だ。


「フェイン特別監査官殿。王都の基盤は、我が新規開発局の優れた技術によって完璧に運用されております。それなのに、公式台帳を疑うような真似は感心しませんな」


 ベルマンは薄ら笑いを浮かべながら、アシュレイの方へと視線を移した。


「それに……そこの薄汚れた男。どこかで見た顔だと思えば、かつて無能ゆえに王都を追放された、旧式保守のグラン主任ではありませんか。なぜ、部外者のあなたがこんな場所に?」


「彼は現在、監査院の特別技術顧問だ。この場にいる正当な権限がある」


 ローデリクが一歩前に出て、アシュレイを庇うように立ち塞がった。


「ほう? これは驚きだ。しかし、権限があろうと無かろうと、無駄なことです」


 ベルマンは手元の扇子を優雅に開いた。


「我が新規開発局のシステムは、すべて最新の魔導記録機によって『正確に』公式台帳へ自動印字されています。人の手が入る余地のない、完全無欠の記録だ。……あなた方のような古い頭の人間が、いくら現場のゴミのようなメモを漁ったところで、公式記録を覆すことなどできはしない。これ以上の詮索は、ダリウス局長への侮辱とみなし、反逆罪で衛兵に捕らえさせますよ?」


 官僚の特権と、ダリウスの威光を笠に着た完全な恫喝。

 エルリックが恐怖に顔を引き攣らせ、ローデリクもギリッと奥歯を噛み締めた。このままでは、監査そのものが力技で中止に追い込まれてしまう。


 だが。

 アシュレイ・グランは、そんな恫喝など路傍の石ころほどにも気にしていない様子で、淡々と机の上の資料を整理し始めた。


「……完全無欠の記録、ですか。現場の一次情報を『ゴミ』と呼ぶ人間に、システムを語る資格はありませんよ」


「なんだと?」


 ベルマンの顔から、薄ら笑いが消えた。


「あなたの言う通り、公式台帳は『自動』で印字されているのでしょう。……しかし、その印字機そのものが物理的な機械である以上、嘘をつけない部分がある。エルリック、先ほどの資料を」


「は、はい!」


 エルリックが、書庫の奥から引っ張り出してきた数冊の薄汚れたノートと、束になった伝票をアシュレイに手渡した。


 アシュレイはそれをパラパラと捲り、ある一枚のページをベルマンの目の前に突きつけた。


「これは、三日前の夜間監視員の『手書きの引き継ぎ日誌』です。ここにはこう書かれている。『深夜二時。計器は正常(青信号)を示していたが、なぜか魔導印字機が激しく作動し、インクリボンが大量に消費された』と」


「そ、それがどうした! 機械の誤作動だ!」


 ベルマンが声を荒げる。


「では、こちらの下級記録官の『インク請求伝票』を見てください」


 アシュレイは、さらに別の紙を重ねた。


「公式台帳に『異常なし』という短い文字しか印字されていないにも関わらず、この三日間で、魔導印字機のインクの消費量が通常の五倍に跳ね上がっている。……おかしいですね。何も起きていないのなら、なぜインクがこれほど減るんですか?」


「くっ……それは……」


 ベルマンの額に、冷たい汗が滲む。


 アシュレイは、追撃の手を緩めなかった。

 イルダンでノラと共に叩き上げた「記録の照合クロスチェック」の実務が、ここで牙を剥く。


「答えは簡単です。システムは、間違いなく『致命的なエラーと、安全核からの警告』を受信していた。印字機はそれを忠実に台帳へ書き込もうとした。……しかし、あなた方が仕込んだ隠蔽プログラムが、印字される直前に『その文字を削り取り、上から白紙のスペースを上書きした』のです」


 アシュレイは、分厚い公式台帳の「白紙」のページを光に透かして見せた。


「デジタルなデータは改ざんできても、物理的な機械の動きは消せない。白紙を上書きし続けるという無駄な動作によって、インクが異常消費された。……これが、現場の記録から導き出される『消された警告の痕跡』です」


「ば、馬鹿な……そんな泥臭いやり方で……!」


 ベルマンは後ずさりし、扇子を取り落とした。


 王都のエリート官僚が、辺境で泥にまみれてきた裏方職人の「実務のロジック」に完全に論破された瞬間だった。


「ローデリクさん。これで『公式台帳が改ざんされている物理的証拠』が成立しました。……監査院の権限で、旧式安全核の一次ログ(生データ)への直接アクセスを要求できますね」


「ああ、もちろんだ!」


 ローデリクが力強く頷き、衛兵たちを睨みつけた。


「ベルマン補佐官! 公式記録の意図的改ざんは重罪だ。これ以上、我々の監査を妨害するなら、お前をこの場で拘束するぞ!」


「ひっ……! お、覚えていろ! ダリウス局長が、こんな妄言を許すはずが……!」


 ベルマンは逃げるように身を翻し、衛兵たちを連れて資料室から転がり出ていった。


 静寂が戻った資料室で、エルリックがへなへなとその場に座り込んだ。


「す、すごい……。あのベルマンを、口先じゃなく、完璧な証拠で追い払うなんて……」


「ただの基本です」


 アシュレイは手帳に短いメモを書き込んだ。


「現場の違和感を拾い上げ、記録と突き合わせる。運用保守の世界に魔法はありません。あるのは、事実と痕跡だけです」


 アシュレイのその言葉には、確かな重みがあった。

 公式台帳では完全に消し去られていたはずの「安全核の警告」。その存在を、泥臭い手書きのメモと消耗品の伝票から見事に復元してみせたのだ。


 それは、巨大な王都の腐敗に対し、地味な実務者が挙げた「明確な第一の勝利」だった。


「……よし。これでようやく、ダリウスの嘘を崩す足場ができた」


 アシュレイが、旧式安全核へのアクセスルートの図面を広げようとした、その時だった。


 ――ジリッ。

 地下資料室の魔導照明が、不吉な音を立てて大きく明滅した。

 ジリ、ジリジリジリッ!


 一秒。また一秒。

 照明が完全に消え、暗闇が訪れ、そして再び頼りない光が灯る。


「……なんだ!? 今の停電は!」


 ローデリクが叫んだ。


 アシュレイは即座に懐から魔導テスターを取り出し、壁の配電盤へ押し当てた。

 その針は、これまで見たこともないほど危険なレッドゾーンへと振り切れていた。


「……局所的な停電ではありません。王都南区画の全体で、巨大な電圧降下ボルテージドロップが発生しました」


 アシュレイの声が、緊張に張り詰める。


「おそらく、新規開発局が祭りの準備のために、巨大増幅器の出力を一段階上げた。……ごまかしの限界は、もう過ぎたようです」


 消された警告の痕跡を追っていた彼らの足元で。

 王都という巨大なシステムそのものが、ついに本格的な崩壊の産声を上げようとしていた。

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