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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第3章 再建後の初運用と、外圧の始まり 〜直した街は、まだ試運転中〜
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第26話 王都からの問い合わせと「報告書の形式」

 その日、イルダンの役所最上階にある市長室には、これまでで最も重苦しい空気が立ち込めていた。


「お、終わりだ……。王都の監査院に目をつけられた。我々は全員、反逆罪で処刑されるかもしれん……っ!」


 バルガス市長が、顔を真っ青にして頭を抱えている。


 彼の机の上に置かれているのは、王都の紋章が封蝋された一通の分厚い書状だった。


 呼び出されたアシュレイは、若手事務官のミレナと共にその書状に目を通した。


 文面自体は、極めて礼儀正しいお役所言葉で綴られている。


 だが、その内容は実質的な「尋問」だった。


『辺境都市イルダンにおける、前保守責任者ボルトンの解任、および監査官キーツの拘束に関する経緯の照会』


『差し押さえられた旧ボルトン派の資材の流用状況、および現在の都市基盤の改修権限の所在について』


『監査院からの正式な使者派遣に伴う、全面的な協力要請』


「要するに、『辺境の田舎町で、今、誰が、何の権限で、勝手に街の魔力網をいじっているのか説明しろ』ということですね」


 アシュレイが淡々と読み上げると、市長はビクッと肩を跳ねさせた。


「そ、そうとも! 君が赴任してからの行動は、結果的に街を救ったとはいえ、王都の承認を得たものではない! ボルトンを拘束し、資材を奪い、基幹ルートまで勝手に書き換えた。……王都から見れば、これは単なる『辺境の暴走』だ!」


「市長の言う通りです」


 アシュレイは書状を机に戻し、冷静に同意した。


「私たちは現場の危機を救うために『正しいこと』をしました。ですが、遠く離れた王都の役人にとって、現場の苦労や正義などどうでもいい。彼らが気にするのは、手続きと権限だけです」


「だ、だから終わりだと言っているんだ! どう言い訳すればいいんだ!」


「言い訳はしません。事実を伝えます」


 アシュレイは手帳を取り出し、市長に向かって力強く言った。


「ただし、『制度の言葉』に翻訳して伝えます。彼らが反論できない完璧な形式の報告書を作り、王都へ叩きつけるんです。……ミレナさん、皆を地下の執務室へ」


 ◆◆◆


 役所地下の執務室に、イルダン再建を担う実務のトップたちが集結した。


 予算と台帳を握るノラ。防衛隊副隊長のリオネル。職人頭のガルド。そして商人ギルドのセルマ。


 アシュレイから王都の照会内容を聞かされた彼らは、一様に顔をしかめた。


「ふざけんな。俺たちが泥水すすって、必死こいて配管繋ぎ直したのを『勝手な暴走』扱いだと?」


 ガルドが忌々しげに作業机を叩く。


「王都の連中はずっとこの街を放置していたくせに、今更しゃしゃり出てきて何のつもりだい」


 セルマも腕を組み、不快感を隠そうとしない。


「お気持ちはわかります。ですが、感情で反論しても『辺境の反乱』として鎮圧の口実を与えかねません」


 アシュレイは机に大きな羊皮紙を広げ、羽ペンを手にした。


「王都が問うているのは『正当性』です。ですから、私たちがやってきた再建作業が、単なる思いつきの継ぎ足しではなく、明確な実務手順に沿った『都市保守の正規プロセス』であることを証明します」


 アシュレイは広げた羊皮紙を指差した。


「全員の力が必要です。この街のすべてのアクションを、裏付けのあるデータとして提出してください。……ノラさん」


「ええ。前任のボルトンが行っていた不正な資材隠しの証拠、そして私たちが差し押さえた資材の『一銅貨単位での支出明細』と『原本台帳』はすべて揃っているわ。私的流用が一切ないことを証明できる」


 ノラが、分厚い台帳をドンと机に置く。


「ミレナさん」


「はい! 住民や商人ギルドへ出した『仮設運用の告知』、現場から上がってきた『毎日の監視表』、そして情報を共有した『写しの受領記録』。すべて日付入りで整理してあります!」


 ミレナが、誇らしげに記録の束を提出する。


「リオネルさん」


「防衛隊の視点から、『当時の結界が崩壊寸前であり、一刻の猶予もなかった』という軍事的な緊急事態の証明書を切ろう。防衛上の緊急措置権限を適用すれば、事後報告は合法のはずだ」


「ガルドさん、セルマさん」


「おう! 古い配管がどれだけ腐ってたか、俺たち職人の署名入りの『老朽化報告書』を出してやる。あんなもん、あの日に直さなきゃ全員死んでたってな」


「商人ギルドからは、ボルトン時代からの『魔力不足による経済損失額』と、再建後の『正規の納品契約書』を出すよ。保守官殿の工事が、どれだけこの街の税収回復に貢献したか、数字で見せつけてやるさ」


 次々と机の上に積み上げられていく、圧倒的なデータの山。


 それは、アシュレイがこの辺境都市へ赴任してからの約三ヶ月間。泥臭い調査と各所への根回し、大掛かりな修繕工事、そして日々の運用ルールの徹底――季節が一つ巡る間に、彼らが地道に積み上げてきた「実務の結晶」だった。


 誰か一人の英雄的行動ではなく、各部門が横断的に連携し、記録を残し、ルールを守ってきたからこそ出せる、強固な防壁だ。


「……完璧です」


 アシュレイはそれらの書類を手に取り、統合報告書の執筆に取り掛かった。


「いくら王都の監査院でも、予算、現場、防衛、経済、すべての整合性が取れたこの記録を『暴走』とは呼べません」


 羽ペンが走る音が、静かな地下室に響き渡る。


 アシュレイは提出されたすべての証拠を、王都の官僚が読み慣れた「技術報告書」のフォーマットへと美しく再構築していく。


 そして、報告書の最後。


 アシュレイは全体の総括として、三つの項目を太文字で書き記した。


【1.応急対応ワークアラウンド

 結界崩壊の危機に対し、南区画の浄化魔力を防衛へ一時転用。防衛隊の緊急措置権限に基づく。


【2.恒久対応パーマネントフィックス

 旧式安全核マスターコアの制限解除と、基幹ルートの再構築。不正蓄蔵されていた資材を正規の予算台帳へ組み込み、適正に執行。


【3.再発防止プリベンション

 各区画での監視表の導入、優先供給基準(SLA)の明確化、および仮設資産の期限付き運用ルールの制定。


 書き上げられた報告書を覗き込んだノラが、ほうっと感嘆の息を漏らした。


「……見事ね。あんなに泥臭くて綱渡りだった私たちの作業が、こうして文字になると、まるで計算し尽くされた完璧な国家事業みたいに見えるわ」


「事実は何も変えていませんよ。ただ、彼らの言語に翻訳しただけです」


 アシュレイは報告書に署名し、封筒に収めた。


 これを読めば、監査院も理解するはずだ。辺境都市イルダンの再建は、反逆などではない。都市保守の専門家による、極めて真っ当な「業務」であることを。


「これで、王都への返答は完了です。市長に印をもらって発送しましょう」


 皆が安堵し、解散の空気が流れたその時。


 アシュレイは、手元に残っていた『王都からの照会文』の最後の束をめくった。


 そこには、監査院からの本題とは関係のない、王都周辺の一般的な『魔力網の定期広報おしらせ』が数枚添えられていた。


 本来なら誰も読まずに捨てるような、形式的な通達だ。


 だが、その中の一枚。


 『王都南区画における、微小な障害報告について』という短い文言に目を通した瞬間、アシュレイの手がピタリと止まった。


「……グランさん?」


 ミレナが、アシュレイの様子の変化に気づいて声をかける。


 アシュレイの目は、紙面に書かれた小さな数字の羅列に釘付けになっていた。


『――南第三区画にて、断続的な電圧降下を確認。補助線の局所的な発熱を伴うが、中央魔力炉の旧式安全核マスターコアの計器は「正常値」を示しているため、軽微なノイズとして処理。新規開発局による魔導増幅器の追加接続工事は、予定通り継続する――』


 ガタッ、と。


 アシュレイが勢いよく立ち上がったことで、椅子が倒れた。


「旦那、どうした? 顔色が悪いぞ」


 ガルドが怪訝そうな顔をするが、アシュレイの耳には入っていなかった。


「……この症状。この、誤魔化し方……」


 アシュレイの手が、微かに震えていた。


 恐怖からではない。忌まわしい記憶が、生々しい現実としてフラッシュバックしたからだ。


 それは、かつて彼が王都の保守主任だった頃。


 大規模魔力障害ブラックアウトが起きる直前に、彼が何度も何度も上層部に警告し、そして「問題ない」と握り潰され続けたのと同じパターンの数字だった。


「グランさん、何が書かれているんですか?」


 不安そうに尋ねるミレナに、アシュレイは乾いた声で答えた。


「……王都が、壊れかけています」


「えっ……」


「見覚えがあります。末端の回路が悲鳴を上げているのに、安全装置がそれを『正常』と誤認させられている状態だ。それなのに、開発局はまだ新しい設備を繋ごうとしている……」


 アシュレイは照会文を強く握りしめた。


 イルダンは、約三ヶ月の期間と彼らの手によって、ようやく「壊れる前に兆候を掴む」段階にまで辿り着いた。


 だが、かつてアシュレイが追放された巨大な王都は、イルダンの比ではない規模で、そしてより深い責任逃れの構造の中で、崩壊への道を突き進んでいる。


「王都からの監査官は、近いうちにこの街へ来るでしょう」


 アシュレイは、北の空――遠く離れた王都の方角を見据えた。


「その時、彼らが本当に見るべきなのは、私たちの粗探しではない。……この街で私たちが作り上げた『壊させないための仕組み』の方だ」


 イルダンの再建は順調に進んでいる。


 だが、外の世界の破綻は、すぐそこまで迫っていた。

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