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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第15章:七十年前の応急処置〜暫定に、終わりを書け〜
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第162話 夏の卓

 炉に火は入っていなかった。


 夏の入口の宿場は朝のうちだけ風が通る。板の床は乾いていて歩くたびに継ぎ目が鳴った。卓は三つとも輪に組んである。四隅に椅子は置いていない。


 ガルドは言われる前にイルダンの椅子へ腰を下ろした。


「早いですね」


「前に座らされた席だ。二度目は勝手に座る」


 入口の柱には紙が二枚貼ってあった。止め手の名の紙と、日と番号だけを控える紙である。その下の箱は蓋が無い。


 主人が帳場から出てきて箱の底を掌で示した。


「昨夜のうちに空けてあります。今朝の受けはありませんよ」


 ミレナが控えへ書き入れてから顔を上げた。


「十五の街から十八人でございます」


「二人で来ているのは」


「ネスカとメレンと、下りの長い街でございます」


 ローデリクは柱の脇へ立った。椅子を勧めた主人へ首を振っただけで綴りは開かなかった。


 ハーケンは帳場の側の壁に沿って立っている。半年前は来ないと先に書いて寄越した男である。


 マーロウは開く前から入口の内側にいた。外套は持っていない。


 ノラは輪の外の自分の卓へ罫の帳面を積んだ。


「読み上げは省くわ。条件の十八行は写しが回っているでしょう」


 誰も何も言わなかった。


「一つ目。議題を一つ足すかどうか」


 ミレナが束を持ち上げて数を読んだ。


「出すに丸が一つ。出さないに丸が四つ。丸の無い紙が四つ。返っていないのが十でございます」


 ノラは丸の付いた一枚を輪の上へ回した。


「文は無いわ。番号の二つ目に丸。判が一つ。裏は白いの」


 紙は端から端まで回って、下りの長い街の男のところで止まった。日に焼けた首の太い男で、寄合の親方だと名乗った。


「おれが押した」


「読んで押したの」


「読めねえよ。読める者がいねえ街だ」


 男は紙を隣へ渡した。


「中身は監査官が読んで、うちの箱へ戻していった。番号だけ教わって押した。……うちの物置にあった紙のことを、よそで決められるのは困る」


「困るのね」


「困る。七十年うちにあったんだ」


 ノラは筆を持ち替えた。


「足す。足さない。どちらでもない。三つのうち一つを言いなさい。遠いほうから回すわ」


 四人目で椅子が鳴った。


 ドランの書記が立ち上がっていた。行の揃った紙をいつも寄越す街である。


「四行目です」


 輪の音が一度に止まった。


「ほかの話が始まったら帰ってよい、と書いてあります。うちは書いた側です」


「書いたわね」


「決める者を決める話だと聞いて出てきました。地面の下の一本の扱いは、その話ではありません」


 男は座らなかった。詫びる言い方でもなかった。


「帰るとは申しません。四行目を守るなら、うちは立ちます」


 荷の脇から声が落ちた。


「その行はうちだ」


 ネスカの男が膝の上で手を組んでいた。


「決める者を決める話だけだ、と書いた。おれが言って、隣のこいつが書いた」


「同じことを申し上げています」


「同じじゃねえ」


 男は輪の内側へ顎を向けた。


「切った紙は七十年前にある。切った者の名も出た。それでも誰も終わらせてねえ。……終わらせる者が決まってねえからだろう」


 書記は返さなかった。


「なら決める者を決める話だ。うちの行に引っかからねえ」


 入口の内側でマーロウが動いた。輪へは入らず、いちばん広いところで足を止める。


「私は十九のどれでもありません」


「述べるのですね」


「述べます」


 男は紙を開かなかった。


「全員が当事者であるなら、誰も止めない」


 ノラの筆が止まった。


 ドランの書記が初めてこちらを見た。


「……その言葉は、前は集めろの話でした」


「今日も同じことを申し上げております。足せとも足すなとも申しません」


 書記はしばらく立っていた。それから椅子を引いて腰を下ろした。


「足すほうです。決める者を決めていないから、誰も止めないのでしょう」


 回りは最後まで行った。


 ミレナが数を控えへ入れる。


「足すが十一。足さないが一。どちらでもないが三でございます」


「決め方は書いてないわ」


「決め方は今日は要らねえ」


 ネスカの男が荷の紐を締め直した。


「割れてねえからだ。割れた日に揉めりゃいい」


 ノラは数だけを写して、帳面の頁を繰った。


「二つ目。地面の下の一本をこの先どう扱うか」


 しばらく誰も口を開かなかった。


「監査官。何が分かった」


 アシュレイは輪の外に立ったままだった。


「三つです。上を切ったのは、その晩の落ち方を隣までで止めるためです。裁可した者と、綴りを持って街へ下りた者の名が出ました。名は台帳の出どころの欄に入れています」


「咎めたのか」


「咎めの紙は出していません」


「なぜ出さねえ」


「監査院に権限がありません。咎める欄を作るかどうかを決めるのは、ここです」


 ドランの書記が手元の紙を見たまま訊いた。


「読めないものは」


「王都の一枚の残りです。下がっているのは並べれば出ます。いつ尽きるかは出ません」


「何年だ」


「読めません」


「読めんのですか」


「読めません」


 メレンのテオが膝の帳面を開いた。


「うちは十日ごとに測っています。測り方はいただきました」


「季の初めの十一日目です。十日目は雪解けの見回りと重なると、そちらから直しが入りました」


「入れました」


 コーレンの椅子でゲイルが背を反らせた。


「起こさねえ、でいいだろ。起こす話は誰もしてねえんだ」


「根拠は」


「あるのか」


「あるわ。番号で引けるの」


 ノラは出どころの欄の写しを抜いて、そのまま読み上げた。


 ――上は在らぬと確かめた。この順で起こしてはならん。


「これは四十年抱えていた人の字よ。半日待って針が戻るのを見て、外した者として名を書いた人だわ」


 輪の中で誰かが息を吐いた。


「うちの街の紙にも名がある」


 ガルドが框のほうを見ずに言った。


「掘り返すな、も入れとけ。横は繋がったままだ。上より横のほうが人が当たる」


「掘り返さない、ね」


「そう書け」


 バルクスのエルリックが行の揃った紙を出した。


「三つ目に王都の一枚が要ります。型には、下がり方が変わったら報せると入っています。報せたあとが入っていません」


「報せてどうなるんだ」


「そこが決まっていません」


 ネスカの男が荷を膝で押さえた。


「開けばいいだろ。変わった日に開くと書いとけ」


「開けますか」


「開ける。便は月に一度だが、出るときは出る」


 ノラは三行目まで引いてから筆を置いた。


「四つ目は無いの」


 下りの長い街の親方が卓を掌で叩いた。音は大きくなかった。


「終いの日を書いとけ」


「終いの日」


「うちの物置は、読めねえ紙を七十年置いた。誰も捨てねえし誰も読まねえ。……いつまで置くと書いてなかったからだ」


 男は自分の手を見た。


「同じにするな。いつ読み直すかを先に書いとけ」


「いつよ」


「そこはおれには分からん」


 ドランの書記が引き取った。


「三度目です。三度目の夏の入口の卓で読み直す」


「なぜ三度なの」


「書いた者が半分残っています。全部入れ替わってからでは、なぜ書いたかが誰にも分かりません」


 ノラは四行目の罫を長く引いた。


 書き終えてから、輪の内側へ向けて読み上げた。


 ――切られたままとして扱う。起こさない。


 ――横は繋がったままとして扱う。掘り返さない。


 ――王都の一枚は別立てのまま、年に四度、同じ形で測って並べる。下がり方が変わったら、その日に卓を開く。


 ――この扱いは暫定である。次に見直すのは三度目の夏の入口の卓。それより早く開く条件は三行目のとおり。


 誰も直させなかった。ミレナが番号を振り、写しの数を数え始める。


 ドランの書記が最後に一つだけ訊いた。


「暫定と書いて、また七十年になったら」


「見直す日を書いています。それより早く開く条件も書いています」


 アシュレイは輪の外から答えた。


「七十年前の紙に無かったのは、その二つです」


 ノラは頁を繰って、決まらなかったことの一覧を開いた。


「白いままの三枚と王都の一枚。……王都のぶんは三行目に入ったわ。三枚はどうするの」


「白いままだ」


 カルネの供給担当が刷り物の端を折った。


「うちの脇にも日付が二つ入っています。通った日と、通って何も見えなかった日です。増やしていけばいい」


「それを扱いと書くのね」


「書いてください」


 壁に沿って立っていた男が初めて動いた。


「私は認めていません」


 ハーケンは輪へは近づかなかった。


「白いまま置くことを、半年前も認めていません。今日も同じです」


「様式は」


「守られています。……今日は扱いが書かれました。私が数えるのは欄です。扱いは欄ではありません」


 彼はそれだけ言って壁へ戻った。


 ノラは頁の上から順に筆を置いていった。決まらなかったことの行は、地面の下の一本と、白い欄の二つが外れた。


「七つが五つになったわ」


「五つですね」


「読むわよ。費え。統轄部の権限。領の役所との掛かり。掘る許しを誰が出すか」


 筆が下で止まった。


「それと、七つ目」


 統轄部の権限の行の脇には、冬に返ってきた写しの一行がそのまま綴じてある。マーロウは頁のほうを見なかった。外套を受け取ってから、輪の内側を一度だけ見回して出ていった。


 写しはその日のうちに配られた。ミレナが十五ぶんを揃え、監査院と統轄部で十七になり、来なかった四つを足して二十一になる。


 人が減って、板の床の音が高くなった。


 荷を担ぎ直したコルトが、輪の外で足を止めた。


「訊いていいか」


「どうぞ」


「前の卓の紙に、決まってねえのが七つあったろ」


 彼は紐を肩へ掛け直した。


「……七つ目は、まだ空いてるのか」

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