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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第15章:七十年前の応急処置〜暫定に、終わりを書け〜
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第161話 いつまで受けるのか

 棚の三段が同じ背丈の綴りで埋まっていた。


 監査院の書庫の奥である。年ごとに一冊で、背には年と番号しか入っていない。ローデリクは下の段から順に抜き、二度往復して長机へ積んだ。


「三十年ぶんあります。これより古いものは魔導庁の当直の日誌に混じっています」


「日誌のどこですか」


「夜のあいだの出来事の欄です。核の欄は立っておりません」


 エルリックが束の紐を解いて年の順に並べ始めた。


「日誌から拾えたのは二十二枚でした。一枚も無い年があります」


「拾い方は」


「針の位置が書いてある行だけです。書いていない年は入れていません」


 抜き書きは長机の端まで届いた。ゲイルが古いほうへ回り込んで、指を並びの上へ滑らせた。


「下がってるな」


「下がっています」


「五年や十年じゃ分からねえよ。端から端まで置きゃ、誰が見たって下がってる」


 エルリックは真ん中のあたりで手を止めた。


「ただ、このままでは読めません」


「伺います」


「測った刻限が揃っていません。当直の替わる前に測った年と、灯りが入ってから測った年があります。……街が使っている最中と明け方では、同じ核でも針が違います」


 ゲイルが鼻から息を抜いた。


「触ってから読むまでも決まってねえ。おれは半刻置く。前の当直長は置かずに読んでた。置かずに読めば高く出るんだ」


 ローデリクがいちばん古い一枚を持ち上げた。


「こちらはやや下、とだけあります」


「刻みのどこかは書いてありません」


 アシュレイは並びの端へ指を置いた。


「では比べられませんね」


「同じ手が続けて書いているあいだは比べられます。手が替わったところで切れます」


 エルリックが端から数え直した。


「五度替わっています」


 アシュレイは並びの上へ屈んで、下がり方の途中を指で押さえた。三箇所で段になっている。


「ここは落ちが急です」


「気づいてました。……三つとも、手の替わった年と重なっています」


「核が落ちたのですか」


「そこは分かりません。書き方が変わっただけかもしれません」


 誰も何も足さなかった。棚の綴りは毎年きちんと納まっていた。入れる欄はあり、並べる欄が無かった。それだけのことである。


 ゲイルが腕を組んだまま机の端を見ていた。


「あれはいつまで受けるんだ」


「読めません」


「読めねえのか」


「下がっているのは読めます。いつ尽きるかは、この並びからは出ません」


「一年か十年かもか」


「どちらも出ません」


 エルリックが顔を上げた。


「僕は、まだもつと思っています」


「思っておられますね」


「書けませんか」


「書けません」


 ローデリクが控えを開いて筆を持ち直した。


「監査の綴りには見込みを書く欄があります。空欄よりは通ります」


「書きません。年を書けば、その年まで誰も来ません」


 筆先が紙の上で止まった。


「終わる日を書かなかったから七十年になりました。分からない日を書いて、また同じ長さにするわけにはまいりません」


 その晩は灯りが入って二刻置いてから核の部屋へ入った。当直が二人ついている。天井の低い石の間で、帯は低いところに寝たまま揺れていない。


 ゲイルが先に手を当て、エルリックが紙を膝へ置いた。半刻待ってから刻みを読み上げる。エルリックの読みは一つ下だった。


「一つ違います」


「違うな。おれの目は古い」


「どちらを書きますか」


「両方書いてください」


「揃っていない紙になります」


「揃わなかったことを消せば、次に揃わなかった人が黙ります」


 エルリックは二つの数を上下に並べ、脇へ二人の名を入れた。


 型は一枚に収めた。書いたのは五つである。


 ――年に四度、季の初めの十日目に測ること。


 ――灯りが入って二刻ののちに読むこと。


 ――触れてから半刻置いて針を読むこと。


 ――読むのは二人。読みが違えば両方書くこと。


 ――前の回は残したまま、同じ紙の下へ継ぐこと。


 いちばん下へもう一行足した。


 ――下がり方が変わったら、その日のうちに報せること。


「あと何年、はどこにも入っていませんね」


「入りません。残りは読めません。……変わったかどうかだけは読めます」


 若い当直が紙を覗き込んだ。


「毎度これを書くんですか」


「年に四度です。あとは今までどおりで結構です」


 エルリックが写しを取りながら訊いた。


「報せ先はどこにしますか」


「決まっていません」


「決めずに配るのですか」


「配ります。宛先をこちらで決めれば、こちらへ集まります」


 ローデリクは写しを二枚に分けた。


「監査院は受けます。受けて並べて綴じます。……決めるのはこちらではありません」


「型はこれで揃いますか」


「王都で書いた型は、王都で揃うだけです。メレンへ送ってください」


 エルリックの手が止まった。


「僕の書いたものを、直させるのですか」


「直させます。直しの入らない型は、書いた者しか使えません」


 彼は写しの下の余白へ一行足した。直したところに直した理由を書いてほしい、とある。


 イルダンへ戻って六日目にメレンからの封が着いた。


 中は型の写しと別紙が一枚である。テオの字で三行入っていた。


 ――季の初めの十日目は雪解けの見回りと重なる。十一日目にしてほしい。


 ――灯りの刻限は家ごとに違う。鐘で決めてほしい。


 ――読みが二つ入る欄は、十日ごとの帳面のほうへも足した。


 下にもう一つ細い字がある。ハイムの手だった。


 ――形は揃えられる。針の位置はそちらと揃わない。揃うと書かないでほしい。


 ミレナは三行を書き写してから筆を置いた。


「直しはそのまま入れてよろしいのでございますか」


「入れてください。三つとも現場の理由が付いています」


「理由の行も刷りますか」


「刷ります。理由の無い直しは、次の人が元へ戻します」


 ノラは型の紙を二度読んでから卓の端へ寄せた。


「これ、変わったと報せが来たら誰が読むの」


「決まっていません」


「読む先は卓しかないわけね」


「卓です」


 ノラは頁の端を指で弾いた。


「その卓、まだ二つ目の議題を持っていないわよ」


 彼女は罫の頁の下から条件の一覧を抜いた。十八行ある。


「読むわね。費えの話は出さない。夜になる話は出さない。宿の払いは各々。ほかの話が始まったら帰ってよい」


「四行目です」


「四行目よ」


 筆の尻で行の端を叩いた。


「前に言ったでしょう。呑んだ条件はこっちが破れなくなるのよ。二つ目の議題を足したくなった日に、いちばん先に立つのが今の十一よ」


「立ちます」


「立つわね。しかも正しく立つのよ。書いたとおりにするだけなんだから」


「はい」


「あなた、どうするの」


「何もしません」


「何も」


「条件は向こうが書いたものです。こちらが解けば、次からは誰も書きません」


 ノラは墨を継ぎ足してから一覧を頁の下へ戻した。


「解けるのは書いた側だけね」


「書いた側だけです」


「その側は、いま黙ってるわ。……こっちへ出すと言ってきた街が、一つも無いんだもの」


 便が着いたのは翌々日の夕方である。セルマが荷の脇から封を三つ抜いて土間へ置いた。


 ミレナが日付の判を控えへ写してから順に開けた。


「一つ目は出さないに丸でございます。裏は白うございます」


「二つ目は」


「丸がございません。裏に一行だけ……いつまでに答えが要るのか、と」


「丸の無いほうは三つ目の列です」


 最後の封は前の二つより厚かった。ミレナの指が途中で止まる。


「……出すのほうに丸が付いてございます」


 ノラが封のほうへ手を伸ばした。


「どこよ」


「ザルテでございます」


 紙には字が一つも無かった。番号の列の二つ目へ丸が付いていて、いちばん下に寄合の印が押してある。裏は白い。


「二つ目は何番だったかしら」


「地面の下の一本をこの先どう扱うか、です」


 セルマが荷の紐を解きながら顔を上げた。


「言づけが付いているわ。荷を担いできた人が、寄合の親方から預かったって」


「伺います」


「うちの物置から出た紙のことだから、うちが出すのが筋だ。……それだけよ」


「ほかには」


「無いわ。読める人がいないんだもの。押したのは寄合で、押した日は控えてあるそうよ」


 ノラが紙の端を指で押さえた。


「あなた、あそこへ何か書いたの」


「書いていません」


「行ってもいないのね」


「綴りを開けた日から行っていません」


「なら、これは向こうの紙だわ」


 ミレナが三つの列の一番目へ番号を入れた。ふた月のあいだ空いていた列である。


「一枚目でございます」


 ノラは丸の付いた枠をしばらく見ていた。


「一枚来たわね。……これで、十一が立つ日が決まったのよ」


「決まりました」


「先に手を打つ気は」


「ありません。立たれてから決まったことのほうが、あとで引けます」


 ガルドが框へ来たのは日の暮れたあとだった。編み上げの泥を落としている。


「南の宿に貼ってあったぞ。日付が入ってた」


「何の日付ですか」


「ネスカの便だ。四度目が出たとよ」


 セルマは道の割りを膝の上で開いた。


「南から先に上げるわ。イルダンは後よ」


「宿場までは何日ですか」


「遠いほうで十一日。十五が揃うのは、その翌日だわ」


 ミレナが刷り上がったばかりの型を束から抜いて、南へ下る荷へ入れた。年に四度の一度目は、卓の日より前に来る。


 出すに丸の付いた紙は一枚きりで、条件の一覧は十八行のままだった。


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