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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第15章:七十年前の応急処置〜暫定に、終わりを書け〜
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第152話 探さないと決める

 アシュレイはすぐには答えなかった。


 綴りの紐を解いて灯の下へ広げる。名義の写しが三枚あった。年ごとの出金が並び、右の端に出した街の名が入っている。字はどれも同じ手だった。


「誰が写しましたか」


「うちの書記です。原本は商人ギルドの棚に置いたままにしてあります」


「動かさないでください」


「動かしていません。写した日と写した者の名を裏へ入れました」


 リオネルは外套を脱がずに立っていた。裾から落ちた雫が床の板目へ細く伸びている。


「名義の出し先は三つです。どれも小さな講で代を継いでいます。当たれば十日で三人に会えます」


「三人ですか」


「三人です。そのうち二人は順に連なっていると見ています」


 アシュレイは右の端の並びを指で追った。街の名は北から南へ落ちていく。どれも登りの終端がある街だった。


「一晩ください」


「明日の朝には出られます」


「一晩です」


 階段の音が消えてから、ミレナが灯の油を足した。


「朝いちばんにセルマさんをお呼びしますか」


「呼んでください。金の話です」


 セルマは綴りを立ったまま読んだ。椅子を勧めても座らない。


「二十年ぶんね」


「額をどう見ますか」


「小さいわ。街ひとつで年に二度か三度、銅貨で数十枚よ。三つ足しても、うちの荷馬車が一台冬を越せないわ」


 頁を戻してから指の腹で出金の列を押さえる。


「取り分の欄が無いのよ。そこが変だわ」


「無いのですか」


「荷を運んだ人の駄賃だけ。それも相場より安いの。二十年、誰も一枚も抜いていないわ」


「潰れずに続いています」


「続くわよ。儲からないんだもの」


 セルマは綴りを閉じてから卓へ戻した。


「儲かる名義ならとっくに買い手が付くわ。二十年同じ名前で回っているのは値が付かないからよ。……後ろに大きな誰かがいるなら、数はもっと汚くなるの。これは汚れていないわ」


「後ろは無い、と読めますか」


「読めるわ。ただし数の上でよ。数で言えるのはそこまでだわ」


 リオネルが上がってきたときには、三枚とも卓の上に並んでいた。


「後ろに誰もいないことと、前に二人いることは別です」


「別です」


「では伺います。追いますか」


「追いません」


 外套は乾いていた。彼は昨夜と同じ場所に立っている。


「理由を伺います」


 アシュレイは順の写しの束を引き寄せた。


「順は渡すときに名を訊きません。渡す側も名乗りません。名が無いので一人捕まっても途切れません」


「存じています」


「こちらが名を書けば、そこは名で追える鎖になります。今日引くのはこちらですが、次に引く者がこちらとはかぎりません」


 リオネルは動かなかった。


「途切れて困るのは向こうです」


「こちらです」


「……伺います」


「あの順はまだ台帳に載っていない紙を持っています。峠の一枚も、出どころの欄の署名も、順が持っていたから出ました。切れれば残りは出ません」


 リオネルは卓の縁へ手を置いた。


「では次に掘り返しが出たとき、誰が止めますか」


「各街の紙に名があります」


「十二枚です。七つ空いています」


「空いています」


「その七つが埋まるまで、うちの隊は何をすればいいのですか」


 答える前にノラが罫の帳面の頁を叩いた。


「もう一つあるわよ」


 彼女は峠からの一枚を卓へ滑らせた。


「あの広間にいた者のうちの一人は自分が順を渡した相手だ、と書いてあるの」


「読みました」


「名前が出たら、次の卓は誰が誰を見ているか数える場になるわ。十五のうちの一人が調べられた側になるのよ。……書くのは私。書記は私だもの」


 リオネルは頁から目を上げなかった。


「見つけても近づくなと言われて、今度は探すなですか」


「そうです」


「それは順の側の決まりです。うちの決まりではありません」


「そのとおりです」


 アシュレイは束を戻した。


「人は追いません。紙を追います」


「紙、ですか」


「順の写しは紙が四種類、字が四種類あります。継ぎ目は三つです。漉き目と字の継ぎ目を見れば、いつどこで写されたかまでは出ます。誰が写したかは出ません」


 ノラが筆の尻で卓を一度叩いた。


「出ないところが要るのね」


「要ります」


 ノラは筆を置いてからまっすぐこちらを見た。


「それ、あなた一人で決めるの」


 卓の上で紙の端が灯の風に浮いた。


「決めません。書きます」


「同じことでしょう」


「違います。決めたと書けば、覆すのに私が要ります。決めなかったと書けば、次に読んだ者が決められます」


 ノラは新しい紙を出して罫を引き始めた。


 いちばん上へ一行だけ入れた。


 ――順に連なる者を、名で追いません。


 その下へ欄を四つ置く。追わなかった日。追えば何が切れるか。追ってよいと決められる場。覆すときに引く番号である。


「場って何よ」


「卓です。私ではありません」


「卓は議題を一つしか扱わないのよ。夏まで来ないわ」


「来ません。それまで空きます」


「空くのね」


「空きます。空いたことも書いてください」


 ノラは三つ目の欄の下へ細い罫を足した。


「書いた者の名は一つでいいの」


「一つです」


「二人目を立てないのね」


「触る紙ではありません。二人要るのは触る紙です」


 リオネルが口を挟んだのはそこだった。


「一つ出させてください」


「伺います」


「足取りの控えは残します。名は書きません。書くのは日と場所と、荷の形だけです」


「置き先は」


「封じて、そちらの綴りへ入れます。こちらでは開けません」


 アシュレイは筆を止めた。


「開ける条件を決めてください」


「掘り返した跡が見つかって、どの街の紙でも止まらなかったときです。開けるのは二人。片方は見張り隊の外から出します」


「その条件ごと綴じます」


 ミレナが番号を振ってから封の上へ日付を入れた。


「開けなかった日も数えますか」


「数えてください。封が開かなかった日は、そのぶん止まった日です」


 ノラが漉き目を見始めたのは翌日からだった。


 順の写しを四枚に分けて灯の前へ並べる。一枚ずつ斜めに傾けて簀の目の影を数えていく。


「いちばん古いのはこれよ。目が太いわ。今の紙屋はこの太さで漉かないの」


「年は出ますか」


「幅なら出るわ。七十年より新しくはならないの」


 彼女は紙の端を親指の腹で撫でた。


「それと、これ街の紙屋のじゃないわ。耳の落とし方が違うのよ。官の綴り紙だわ」


 ミレナが手を止めた。


「綴りから抜いた紙、ということですか」


「抜いたか、綴じ残りを貰ったかね。どっちにしても紙屋の店先には出ないものよ」


「納め帳が残っています」


 ミレナは控えの棚から一冊を抜いて開いた。


「御用漉きは年ごとに簀を作り替えます。どの簀の紙をどこへ納めたかは帳面で引けます。……ただ、帳面は監査院の書庫です」


「照会を出してください。私の名ではなく、台帳の番号で」


「番号で出します」


 継送が着いたのは十日後の昼だった。


 封は二つある。一つ目はハーケンの字で、三行しかない。


 ――探さないという判断を、あなたが一人で下すのですか。


 ――判断としては認めません。記録としてなら綴じます。


 ――半年後に私が読むのは、追わないと書いた一枚だけです。それでは、何も起きなかったのか、起きたのに見なかったのかが読めません。


 ノラが二行目を指で押さえた。


「認めないのに綴じるのね」


「綴じます。前もそうでした」


「三行目は」


「もう一枚あります」


 アシュレイはリオネルの封じた控えの様式の写しを取り、次の便へ乗せる束へ入れた。


「見なかった日も、封が開かなかった日として残ります。読めない紙ではありません」


 ミレナが二つ目の封を開けたのはそのあとだった。


 ローデリクの字で、余白のほとんど無い一枚だった。当該の簀で漉いた綴り紙の納め先は三つ。二つは棚にある。一つは目録に番号だけがあり、棚に無い。


 ミレナは番号を読んでから控えの束へ手を伸ばした。


「この番号は前に一度引いています」


「いつですか」


「地面の下の一本を継いでいたころです。目録の写しを取り寄せたときに、番号だけが残っている綴りが一つありました」


「同じ番号ですか」


「同じです」


 彼女は頁を開いたまま卓へ置いた。


「統轄部の設立を裁可した綴りです」


 誰も何も言わなかった。ノラが四枚のうちの一枚を灯から外して、番号の入っていない端を押さえる。


「あの棚は三日浚ったのよ。ローデリクさんが」


 ミレナが控えを抱え直した。


「浚いました」


「照会では出ません」


「棚に無いものは、帳面のこちら側からは出てきません」


 アシュレイは目録の番号から目を離さなかった。


「私が行きます。行ってよいかを先に監査院へ訊きます」


 ノラは押さえた指を離さなかった。


「一つだけ言っておくわ」


「伺います」


「棚に無いものの紙が、なんで峠の順のいちばん古い一枚になってるの。……そこが埋まらないうちは、誰が命じたかなんて出てこないわよ」

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