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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第14章:十九の街の卓〜抱えるな、決める場を作れ〜
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第150話 座らないと書く

 宿場を発ったのは翌朝だった。


 広間の卓は前の晩のうちに元の並びへ戻してある。輪に組んだ跡が床の埃に残っていた。宿の主人は肘の付いた椅子を炉の正面へ据え直してから、帳場の帳面へ人数を書き入れた。


「十七人でございました」


「十七人です」


「膳はお出ししておりません」


「そのまま書いておいてください」


 ミレナは土間で写しの数を数えていた。


「二十一になります」


「街のぶんは十九ですね」


「十九です。監査院と統轄部を足して二十一です」


「来なかった四つへは、決まったことと決まらなかったことを同じ厚みで入れてください」


「同じ厚みにします」


 セルマは表で荷を積ませていた。道の割りを開いて指の腹で日を押さえる。


「ネスカへの便は八日後よ。次はその一月あとだわ」


「四度目は」


「夏の入口ね。……日をあの街の便に合わせたのはこっちよ。忘れないでちょうだい」


「忘れません」


「なら道の割りはうちで持つわ。宿の主人にも一枚渡しておくの。次の日を訊かれるのはあの人たちだもの」


 イルダンの門をくぐったのは六日目の昼だった。


 執務室の卓には返りの束が四つ増えていた。ミレナが番号の順に並べ直す。


 街ごとに一枚。書くのは二つ。宿へ入った言づけを回す先の一人と、その者が言えない日に次に言う一人。名だけで、役は入っていない。


「二つとも入っているのが十一です」


「卓で書けた数と同じですね」


「同じです。その場で書いたものを、そのまま宿の便へ乗せてきています」


 五つ目の束は三日あとに着いた。市庁の印は無く、名が二つ並んでいる。


 ミレナが束の表を返した。


「市庁を通せませんでしたので、個人として書きます、とあります」


「十二になりますね」


「十二です」


 もう一枚は名の欄が空いていた。空いた下へ字が詰まっている。二人目に立てる者が街の中にいない。冬のあいだ核の近くまで歩ける者が一人しかいない。夏までに探すので、それまでこの紙は白いままにしてほしい。


 ノラが罫の頁を開いた。


「決まらなかったことのほうへ移すわ」


「移してください」


「白いまま載せるのね」


「載せます。埋めるために名を書けば、その名が止めに行かない日が来ます」


 ノラは番号だけを写して、理由の紙をそのまま綴じ込んだ。


「残りは二つよ。一つは市庁待ちで、一つは二人目が街の外にいるほうね」


「ザルテからは印が返っています」


「押しただけよ。あそこは書ける人がいないんだから、押せたぶんは進んだと数えなさい」


 ガルドは土間で編み上げの紐を替えていた。


「近い四つは、おれが回るときに紙を見て来らあ」


「読ませないでください」


「読ませねえよ。宿の柱に貼ってあるかどうかを見るだけだ」


 ガルドは紐を噛んで結び目を締めた。


「貼ってなけりゃ、貼ってねえと帰ってあんたに言う。それだけだ」


 第一頁を出したのは見分けの三日前だった。


 九十四枚の頭の紙で、五つの欄の並びと、番号の刻みと、扱いの欄がある。扱いの欄は空で、空にした理由がその下にある。理由の下には番号が二つ並んでいた。


 アシュレイは新しい紙へ下書きを起こした。


 ノラが横から覗いて筆を止めさせた。


「方針を書かないのね」


「書けません」


「書けないのを書くのが、あなたの手でしょう」


「書きます。ただ、書くのは中身ではありません」


 三行だけ入れた。


 ――この一本の扱いは、十九の街の卓が決める。


 ――次に開く日。ネスカの便が四度出たあと。街道の南の分かれの宿場。


 ――決まっていないことは六つ。番号で引ける。


「六つを頁ごと綴じてください」


 ミレナが控えの束を持ち上げた。


「一覧だけを写して、後ろへ付けます」


「一覧だけでは足りません。誰がそれを決まらないと言ったかまで入れてください」


「名を入れるのですか」


「街の名です。人の名は要りません」


 ノラが筆の尻で頁の縁を叩いた。


「上の無い卓は、決まらなかったときに誰のせいでもなくなると私が言ったわね」


「伺いました」


「これなら残るわ。誰のせいかは残らないけど、何がどこで止まったかは残るのよ」


 ハーケンが着いたのは見分けの前の晩だった。宿を取らず、監査院の継送の馬車から降りてそのまま役所へ来た。ローデリクが半歩あとから入ってくる。


「前に二つ申し上げました」


「伺っています」


「一つ目から見ます」


 ハーケンは白いままの三枚を先に引いた。四つ目の欄はどれも確かめていないのままで、その脇に日付が二つずつ入っている。


「確かめ直した日ですか」


「確かめ直した日です。荷運びが脇を通った日と、通って何も見えなかったと言づけた日です」


「見えなかったことを、確かめたと数えるのですか」


「数えます。誰がいつ見て、何が見えなかったかが入っています」


 ハーケンは三枚を並べたまま少し置いた。


「白いまま半年置くのは、私は認めていません」


「承知しています」


「認めていませんが、様式は守られています。……二つ目へ行きます」


 止め手の名の綴りをローデリクが開いた。街ごとの一枚が十二ある。名は二つずつで、書いた手はどれも本人ではない。


 ハーケンが先に頁へ手を置いた。


「役が入っていませんね」


「入れませんでした」


「肩書きの無い名は、こちらでは追えません」


「追えるようにしてあります」


 ミレナが台帳の頁を出して、五つ目の欄の脇の番号を指した。


「この番号で街ごとの一枚が引けます。半年ごとに、止めた日と止められなかった日を同じ紙で監査院へ出します」


「同じ紙で、ですか」


「片方だけの紙は読めない、とその場で言われました」


 ローデリクが自分の綴りを持ち直した。


「私が言いました」


 ハーケンは頁を戻してから、第一頁を開いた。


 しばらく読んでいた。


「方針が書かれていませんね」


「書けません」


「書けない、で通すのですか」


「書ける場ができた、とだけ書きました」


 ハーケンは扱いの欄の三行を上から順に指でなぞった。二行目で止まり、日付のところをもう一度見た。


「日が入っています」


「入っています」


「決まっていないことの数も入っています」


「六つです」


 指が離れた。


「……それは、空欄ではありませんね」


 誰も何も言わなかった。ミレナが控えへ手を伸ばしかけて、そのまま引いた。


 ハーケンは頁を閉じずに卓へ置いた。


「異議はどうしました」


「綴じてあります」


「取り下げさせなかったのですか」


「取り下げは求めていません。卓の議題の一つ目にしました」


 ノラが異議の綴りを開いた。二通目の番号の下に、卓の日付と、その日に読み上げた者の名が入っている。


「向こうから返りが来ているわ」


 封の中は一枚だけだった。決まらなかったことの一覧の写しで、統轄部の権限の行だけが指で押さえた跡のように黒くなっている。その脇に短い字があった。


 ――この行は残しておいていただく。


 ハーケンは封の中身から目を上げた。


「取り下げないのですね」


「取り下げません」


 アシュレイは写しをそのまま綴りへ戻した。


「あの人が正しかったところが、決まらなかったことの頁に一行残ります。消えるまで残ります」


 ハーケンは湯呑みへ手をやらずに、懐から一枚出した。


 半年前に自分が書いて寄越した私信だった。半年後に第一頁から見る。そのときあなたはどこにいるか。


「あのとき、決めていませんと書かれました」


「書きました」


「今日はどうです」


 アシュレイは自分の紙を出した。前の晩に書いて、まだ誰にも見せていない一枚だった。


 ――卓の席には座りません。


「席の話ですか」


「席の話です」


「理由を伺います」


「私が座れば、この卓は私の卓になります」


 紙を卓の中央へ置いた。


「次に私が倒れたときに、また止まります。峠の窪みの報せは、届いた先で止まりました。あれと同じことが卓で起きます」


 ハーケンはその一行を読んでから、視線を上げずに言った。


「あなたが座らなければ、誰が困りますか」


「初めの一年は十五の街が困ります」


「困らせるのですか」


「困る形にしておかないと、二年目に誰も来ません」


 ハーケンは紙を戻さなかった。


「これは監査院へ出す紙ですか」


「私信への返しです。出す先はあなたです」


「では、こちらで綴じます」


 ハーケンは初めて湯呑みを持ち上げた。


「制度の空白と書く支度をして来ました。書かずに帰ります」


「埋まってはいません」


「埋まっていません。埋める者が決まっただけです。……それは違うものです」


 その晩、アシュレイは異議の欄の隣に綴じてある紙を出した。


 三行の紙だった。窪みの周りへ人を近づけないこと。掘りかけの土をならさないこと。次に通る者が同じ場所を見て日付を控えること。下に二行ある。止める場が定まらないため、暫定で監査官が止めた。これは権限に基づく処置ではない。


 その下へ一行足した。


 ――止める者はそれぞれの街の紙に名がある。この暫定はここで終わる。


 署名を入れて日付を打った。ミレナが番号を確かめてから綴りへ戻す。


「峠の宿の一枚も差し替えますか」


「差し替えてください。読み上げは宿の主人で結構です」


「同じ番号にします」


 ノラは罫の頁を閉じずに待っていた。閉じたのはミレナが出ていってからだった。


「やっと決めたじゃない」


「決めました」


「半年かかったわね」


「かかりました」


 ノラは眼鏡を外して、袖で拭かずに卓へ置いた。


「じゃあ次を訊くわ。あなた、どこにいるの」


「決まっていません」


「まだ言うの」


「まだです」


 ノラは眼鏡を掛け直してから、決まらなかったことの頁をこちらへ向けた。


「なら、そっちへ入れておきなさい。六つが七つになるわ」


「入れます」


「入れるのね」


「決まっていないことを決まっていないと書くのは、こちらの作法です」


 ノラは鼻から短く息を抜いて、七つ目の行を引いた。街の名の欄は空けたままにしてある。


「一つだけ言っておくわ。ここへ書いたものは次の卓で誰かが訊くのよ。……訊かれる側になったのは、あなたが初めてじゃないわ」


 ガルドが発ったのは翌朝だった。雪はまだ道の北側に残っている。


「野の五つだ。溶けきる前に一度見ておく」


「窪みは」


「まっすぐ行く。あそこは紙が二枚立ってるからな」


 ガルドは荷を担ぎ直した。


「一枚は、あんたの名前のやつだ」


「今日で下ろします」


「そうかい」


 門の外で一度だけ振り返った。


「下ろすなら、代わりに立ってるやつの名を教えとけ。おれが宿で読み上げる」


 ミレナは版を組み直していた。刷り直すのは頁の裏の面で、写しの請求先と、次に開く日を入れる。


「日と場所の欄が、これで二度目に埋まります」


「埋めてください」


「四つ目の欄が白いまま出るのは、三枚のぶんだけ残ります」


「残します」


 その三枚は白いままだった。四つ目の欄には確かめていないとあり、脇に日付が二つずつ入っている。


 峠からの継送が着いたのは、見分けから四日後だった。


 宿の主人の印が押してある。中は一枚で、字は太くも細くもない。名は書いていない。写しを見に来た日付だけが上に入っていた。


 ――卓が開いたと聞いた。日付だけ書いて、宿で写しを読ませてもらった。


 ――あの広間にいた者のうちの一人は、私が順を渡した相手だ。名は訊かなんだから書けん。


 ――書けたとしても書かん。書けば、あんたはその者に会いに行くだろう。


 ――訊く先ができたのなら、次に訊くことは決まっている。


 最後の一行は、行を空けて下のほうに書いてあった。


 ――この一本を切れと命じたのは、誰か。


 ミレナが灯を寄せて番号を振ろうとして、手を止めた。


「異議の綴りではありませんね」


「違います」


「では、どこへ」


 アシュレイは決まらなかったことの頁を開いた。六つの行と、街の名の欄が空いたままの七つ目がある。


 その下は、まだ何も引いていない。


 夏の入口に開く卓には、議題を一つ足すかどうかを十五で決めると書いてある。足す紙を出せる者は、この冬までどこにもいなかった。

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