↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第14章:十九の街の卓〜抱えるな、決める場を作れ〜
PR
141/164

第141話 三通の返事

 継送の袋は思ったより軽かった。


 卓へ出すと紙切れが十一枚と、封をした紙が三通あるだけだった。紙切れはどれも受け取ったと押すためのもので、宿の主人の印が一枚ずつ違う形をしている。角の丸いもの。四角に二本線の入ったもの。判を持たない宿は墨で屋号を書いていた。


 ミレナが日付の順に並べ替えた。


「三十日です。いちばん早い一枚が戻ったのは二十二日目でした」


「まとめて返した宿はありますか」


「ありません。便が出るたびに一枚ずつ出しています。宿の主人は誰も一日も損をしていません」


 番号を突き合わせてから、ミレナは顔を上げた。


「印が十一です。封のあるものが三通です。残る五つからは何も返っていません」


 ノラは紙切れを一枚ずつ卓へ置き始めた。左から右へ、間を空けずに列を作っていく。並べ終わると卓の真ん中に長い一本ができた。


 その上へ封の三通を置いた。下の段は空けたまま、街の名を書いた札だけを五つ並べる。


「上と真ん中と下よ」


 筆で三段の高さをなぞった。


「私はね、断り文句を集めるつもりだったの。行かない理由を十九ぶん並べたら、そこに同じ言い訳が何度も出てくると思っていたのよ」


「出ませんでしたか」


「一つも無いわ」


 筆先が下の段で止まった。


「行かないと書いてきた街が一つも無いの。断られてすらいないのよ。……だから言い訳のほうは分けられないわ。分けられるのは黙り方だけよ」


 封の三通は先にミレナが読み上げた。


 カダルはコルトの字だった。読んだ、と最初に書いてある。頁の写しは核の脇の柱へ貼った。二人目にも読ませた。うちの下がどうなっているかは分かった。


 最後の二行だけ字が大きくなっていた。


 ――分からねえのは、その日にうちが何をすりゃいいのかだ。書いてねえぞ。


 バルクスはエルリックの字で、行がまっすぐ揃っていた。裏の日付は監査院の見分けの日と読める。市庁はこの紙を受け取っていない。宿から回ってきたので自分が個人として受け取った。市庁の棚へ回すべきかどうかを訊きたい。


 メレンのテオはいちばん短かった。読んだ。ハイムにも読ませた。十日ごとの測りは続けている。


 その下に一行あった。


 ――あの晩のことで、うちが何かしたのなら書いて寄越してくれ。


「触れていません」


 アシュレイは紙を戻した。


「針を近づけて帯を写しただけです。二人の署名も入っています。……その一行はそのまま返してください」


「返します」


 ミレナが三通の宛名を確かめた。


「三通とも、宛名は監査官の名です。街の名ではありません」


「そうなりますね」


「宿の主人が回した先も、市庁ではありませんでした」


 ノラが上の段の三通を指で押さえた。


「ここからよ」


 台帳の四つ目の欄だけを抜き出した頁を引き寄せる。生きている。切られている。確かめていない。街ごとにそのどれかが入っている。


「文を書いてきた三つは、全部四つ目の欄が埋まっている街だわ。黙った五つは、全部確かめていないとしか書いていない街よ」


 頁を横へずらして列と高さを合わせた。


「誰へ渡せばいいか分かってる九つは、文が三つに印が六つ。名前だけの十は、印が五つで、あとは黙りよ。……線が九と十のところで切れているの」


「ドランはどちらですか」


「印だけよ」


 ノラは真ん中の列から一枚を抜いて灯りへ寄せた。


「十日ごとの測りを四度も送ってくる街が、この紙には印一つで済ませたのよ。ヨナスは字を書かないわ。街の書記が聞き取って寄越すの。……その手が四度動いて、今度だけ動かなかったのよ」


「書くことが無かったのだと思います」


「そうよ。書けなかったんじゃなくて、書くことが無かったのよ」


 アシュレイは十のうちの一つへ送った刷りを棚から出した。届いたものと同じ番号の控えである。


 頁は正しく刷れていた。在り処の欄。繋ぎ先の欄。いつ誰が確かめたかの欄は白い。四つ目には確かめていないとだけ入っている。受け持つ者の名の欄も白い。


「あの十へ送ったのは、その街の下に何が通っているかを書いた紙ではありませんでした」


「じゃあ何を送ったの」


「確かめていない、と書いた紙です」


 ノラの筆が止まった。


「作法は変えていないわよ」


「変えません。白いものを白いまま載せるのはこちらが決めたことで、そこを埋めれば台帳のほうが嘘になります」


 アシュレイは控えを卓へ置いた。


「ですが受け取った側から読めば、こちらが自分の街のことを何も知らないと書いて寄越した紙です。そこへ日付が一行だけ入っています」


「返しようがないわね」


「答えが分からないのだと思います。無関心で黙っているのではありません」


 三通を並べ直した。何をすればいいのか。市庁へ回すべきか。うちが何かしたのか。


「三つとも、こちらが紙に書いていない問いです。自分で問いを立てて書いてきています」


「立てられるのは、自分の下が分かっている街だけ、ということね」


「そうなります」


 セルマが道の割りを持って入ってきた。外套の肩を払ってから下の段の札を数える。


「峠の向こうの二つは、まだ手前の宿で止まっているわよ。雪が緩まないと先の便が出ないの」


「南は」


「一月かかる道だわ。ちょうど着いた頃ね」


「では届いていて黙っているのは二つです」


「二つよ」


 アシュレイは下の段の札を二枚だけ手前へ寄せた。


「残りの三つは数えません。ひと月あとに数え直します」


 紙切れの一枚に、余白へ字が入っていた。宿の主人の手で、読み上げた日と、聞いた人の数が書いてある。同じことを書いた紙が三枚あった。


「頼んでいませんね」


「頼んでいないわ」


 ノラが三枚を抜いて並べた。


「向こうが勝手に足したのよ。押すだけの紙に、押すだけじゃ足りないと思ったのね」


「次の刷りへ欄を足してください。読み上げた日と、聞いた人の数です」


 ミレナが版下の位置を確かめた。


「欄を足すと、押すだけでは済まなくなります。書けない宿が出ます」


「空のままで結構です。書きたい宿だけが書きます」


 ガルドが戻ったのは日が落ちてからだった。外套の肩が白い。土間で足踏みをしてから帽子を振った。


「野は五つとも回った。掘り返した土はどこにも無えよ」


「窪みのほうは」


「紙は立ってたぞ。宿の主人が同じ番号のやつを刷り直して、柱へ打ち直してた。雪でふやけたからだとよ」


 帽子を卓の脇へ置いて、紙切れの列を顎で指した。


「一つ言っとくぞ」


「どうぞ」


「行けば会える。宿に一晩座ってりゃ、その街で核を見てる手は必ず顔を出す。紙より早ぇ」


「歩けますか」


「歩ける。……だが十九は無理だ。十一日かかる五つで、もう雪だ」


 卓の上の列は変わらなかった。上が三枚。真ん中が十一枚。下は札が五つ。


 真ん中の十一枚のうち六枚は、上の三通と同じ側の街から来ている。読んで、印を返して、そこで止まった街だ。行かない理由はどこにも書かれていない。書かれていないのだから、こちらには分からない。


「一つだけ行きます」


 アシュレイは真ん中の列から一枚を抜いた。角の丸い印が押してある。


「カルネです」


「あんたが押し返した街だな」


「押し返しました。二人目を立てた報せも届いています。……こちらのやっていることをいちばんよく知っている街です」


「その街が印だけか」


「読んで、それから黙りました。理由があるはずです」


「呼びに行くのか」


「呼びません」


 アシュレイは紙切れを列へ戻した。


「読んだあとに何が起きたかを訊きに行きます」


 セルマが道の割りをめくった。カルネは十日で着く四つのうちの一つだった。


 紙が届くのに十日かかった道を、今度は自分の足で行くことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。