第141話 三通の返事
継送の袋は思ったより軽かった。
卓へ出すと紙切れが十一枚と、封をした紙が三通あるだけだった。紙切れはどれも受け取ったと押すためのもので、宿の主人の印が一枚ずつ違う形をしている。角の丸いもの。四角に二本線の入ったもの。判を持たない宿は墨で屋号を書いていた。
ミレナが日付の順に並べ替えた。
「三十日です。いちばん早い一枚が戻ったのは二十二日目でした」
「まとめて返した宿はありますか」
「ありません。便が出るたびに一枚ずつ出しています。宿の主人は誰も一日も損をしていません」
番号を突き合わせてから、ミレナは顔を上げた。
「印が十一です。封のあるものが三通です。残る五つからは何も返っていません」
ノラは紙切れを一枚ずつ卓へ置き始めた。左から右へ、間を空けずに列を作っていく。並べ終わると卓の真ん中に長い一本ができた。
その上へ封の三通を置いた。下の段は空けたまま、街の名を書いた札だけを五つ並べる。
「上と真ん中と下よ」
筆で三段の高さをなぞった。
「私はね、断り文句を集めるつもりだったの。行かない理由を十九ぶん並べたら、そこに同じ言い訳が何度も出てくると思っていたのよ」
「出ませんでしたか」
「一つも無いわ」
筆先が下の段で止まった。
「行かないと書いてきた街が一つも無いの。断られてすらいないのよ。……だから言い訳のほうは分けられないわ。分けられるのは黙り方だけよ」
封の三通は先にミレナが読み上げた。
カダルはコルトの字だった。読んだ、と最初に書いてある。頁の写しは核の脇の柱へ貼った。二人目にも読ませた。うちの下がどうなっているかは分かった。
最後の二行だけ字が大きくなっていた。
――分からねえのは、その日にうちが何をすりゃいいのかだ。書いてねえぞ。
バルクスはエルリックの字で、行がまっすぐ揃っていた。裏の日付は監査院の見分けの日と読める。市庁はこの紙を受け取っていない。宿から回ってきたので自分が個人として受け取った。市庁の棚へ回すべきかどうかを訊きたい。
メレンのテオはいちばん短かった。読んだ。ハイムにも読ませた。十日ごとの測りは続けている。
その下に一行あった。
――あの晩のことで、うちが何かしたのなら書いて寄越してくれ。
「触れていません」
アシュレイは紙を戻した。
「針を近づけて帯を写しただけです。二人の署名も入っています。……その一行はそのまま返してください」
「返します」
ミレナが三通の宛名を確かめた。
「三通とも、宛名は監査官の名です。街の名ではありません」
「そうなりますね」
「宿の主人が回した先も、市庁ではありませんでした」
ノラが上の段の三通を指で押さえた。
「ここからよ」
台帳の四つ目の欄だけを抜き出した頁を引き寄せる。生きている。切られている。確かめていない。街ごとにそのどれかが入っている。
「文を書いてきた三つは、全部四つ目の欄が埋まっている街だわ。黙った五つは、全部確かめていないとしか書いていない街よ」
頁を横へずらして列と高さを合わせた。
「誰へ渡せばいいか分かってる九つは、文が三つに印が六つ。名前だけの十は、印が五つで、あとは黙りよ。……線が九と十のところで切れているの」
「ドランはどちらですか」
「印だけよ」
ノラは真ん中の列から一枚を抜いて灯りへ寄せた。
「十日ごとの測りを四度も送ってくる街が、この紙には印一つで済ませたのよ。ヨナスは字を書かないわ。街の書記が聞き取って寄越すの。……その手が四度動いて、今度だけ動かなかったのよ」
「書くことが無かったのだと思います」
「そうよ。書けなかったんじゃなくて、書くことが無かったのよ」
アシュレイは十のうちの一つへ送った刷りを棚から出した。届いたものと同じ番号の控えである。
頁は正しく刷れていた。在り処の欄。繋ぎ先の欄。いつ誰が確かめたかの欄は白い。四つ目には確かめていないとだけ入っている。受け持つ者の名の欄も白い。
「あの十へ送ったのは、その街の下に何が通っているかを書いた紙ではありませんでした」
「じゃあ何を送ったの」
「確かめていない、と書いた紙です」
ノラの筆が止まった。
「作法は変えていないわよ」
「変えません。白いものを白いまま載せるのはこちらが決めたことで、そこを埋めれば台帳のほうが嘘になります」
アシュレイは控えを卓へ置いた。
「ですが受け取った側から読めば、こちらが自分の街のことを何も知らないと書いて寄越した紙です。そこへ日付が一行だけ入っています」
「返しようがないわね」
「答えが分からないのだと思います。無関心で黙っているのではありません」
三通を並べ直した。何をすればいいのか。市庁へ回すべきか。うちが何かしたのか。
「三つとも、こちらが紙に書いていない問いです。自分で問いを立てて書いてきています」
「立てられるのは、自分の下が分かっている街だけ、ということね」
「そうなります」
セルマが道の割りを持って入ってきた。外套の肩を払ってから下の段の札を数える。
「峠の向こうの二つは、まだ手前の宿で止まっているわよ。雪が緩まないと先の便が出ないの」
「南は」
「一月かかる道だわ。ちょうど着いた頃ね」
「では届いていて黙っているのは二つです」
「二つよ」
アシュレイは下の段の札を二枚だけ手前へ寄せた。
「残りの三つは数えません。ひと月あとに数え直します」
紙切れの一枚に、余白へ字が入っていた。宿の主人の手で、読み上げた日と、聞いた人の数が書いてある。同じことを書いた紙が三枚あった。
「頼んでいませんね」
「頼んでいないわ」
ノラが三枚を抜いて並べた。
「向こうが勝手に足したのよ。押すだけの紙に、押すだけじゃ足りないと思ったのね」
「次の刷りへ欄を足してください。読み上げた日と、聞いた人の数です」
ミレナが版下の位置を確かめた。
「欄を足すと、押すだけでは済まなくなります。書けない宿が出ます」
「空のままで結構です。書きたい宿だけが書きます」
ガルドが戻ったのは日が落ちてからだった。外套の肩が白い。土間で足踏みをしてから帽子を振った。
「野は五つとも回った。掘り返した土はどこにも無えよ」
「窪みのほうは」
「紙は立ってたぞ。宿の主人が同じ番号のやつを刷り直して、柱へ打ち直してた。雪でふやけたからだとよ」
帽子を卓の脇へ置いて、紙切れの列を顎で指した。
「一つ言っとくぞ」
「どうぞ」
「行けば会える。宿に一晩座ってりゃ、その街で核を見てる手は必ず顔を出す。紙より早ぇ」
「歩けますか」
「歩ける。……だが十九は無理だ。十一日かかる五つで、もう雪だ」
卓の上の列は変わらなかった。上が三枚。真ん中が十一枚。下は札が五つ。
真ん中の十一枚のうち六枚は、上の三通と同じ側の街から来ている。読んで、印を返して、そこで止まった街だ。行かない理由はどこにも書かれていない。書かれていないのだから、こちらには分からない。
「一つだけ行きます」
アシュレイは真ん中の列から一枚を抜いた。角の丸い印が押してある。
「カルネです」
「あんたが押し返した街だな」
「押し返しました。二人目を立てた報せも届いています。……こちらのやっていることをいちばんよく知っている街です」
「その街が印だけか」
「読んで、それから黙りました。理由があるはずです」
「呼びに行くのか」
「呼びません」
アシュレイは紙切れを列へ戻した。
「読んだあとに何が起きたかを訊きに行きます」
セルマが道の割りをめくった。カルネは十日で着く四つのうちの一つだった。
紙が届くのに十日かかった道を、今度は自分の足で行くことになる。




