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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第12章:王都が数えていた名簿〜集めるな、触れてよい者を決めろ〜
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第124話 集めるな条件を配れ

 六枚の記録は、監査院の評定の卓へ、日付の順に並べられた。


 いちばん端がカルネ。次がコーレン、バルクス、メレン、リーデン。そして名前だけが後から届いた、南の一つ。どれも上端に街の名と日付、下の隅に立会人の署名がある。ノラが一枚ずつ、傾かないように向きを揃えていく。


 アシュレイは卓の向かいに座るマーロウを見ていた。白髪の男は六枚をひととおり眺め、それから乾いた声で言った。


「運が良かった」


 予期していた言葉だった。


「六つとも、たまたま近くに手があった。たまたま間に合った。……それを制度と呼ぶのは、早計です。次は、その手が間に合わない」


「運ではありません」


 アシュレイは静かに返した。声を張る場ではなかった。


「この六枚を、よく見てください。誰も相談していません。カルネの私と、リーデンのコルトさんと、メレンのテオさんは、あの夜、互いの居場所すら知らなかった。……それなのに、六枚が同じ形をしています」


---


 アシュレイは一枚目の余白を指でなぞった。


「触る前に、待機の帯を紙へ写す。死んだ枝を一本だけ切る。半日置いて、もう一度測る。そこに二人目の署名がある。……六枚、全部です。腕の違う六つの手が、示し合わせもせず、同じ順で止まった」


「それが、どうしたと」


「腕が止めたのなら、六人の腕は同じではありません。運が止めたのなら、六枚は同じ形になりません。同じ形になったのは、渡した条件が同じだったからです。……止めたのは、腕でも運でもない。条件を渡された手が、各地にいたからです」


 マーロウは答えなかった。


 卓の端で、ハーケンが六枚を一枚ずつ繰っていた。痩せた監査官は最後の一枚、行のまっすぐでないリーデンの紙で手を止め、抑揚のない声で口を挟んだ。


「止まりました、では足りません」


「ハーケン監査官」


「事実を申し上げているだけです」


 ハーケンは紙を置いた。


「六つの街で核が止まった。結構です。ですがこの紙は、『たまたま止まった』とも読めてしまう。統轄部は、その一語で片づけられる。……なぜ止まったのかを、腕でも運でもなく、型が止めたのだと、そう読める形にしなさい。それができて初めて、これは制度の証跡になる」


「書きます」


 アシュレイは頷いた。


「六枚が同じ形をしていることが、いちばん強い証拠です。それを、そう読める注記とともに綴じ直します」


 ハーケンはそれ以上言わず、腕を組んだ。潰しにかかる目ではなかった。制度を鍛えにかかる目だった。


---


「集約していたら、どうなっていたか」


 アシュレイはマーロウへ向き直った。


「あの夜、統轄部が六つの街の核を一箇所へ集める途中だったとしたら。……あなたがたは、一つの街にしか手を回せません。査察団が同時に六つへ入れたのは、まだ核が各地に据わっていたからです。集めていたら、王都は最初の一つで手一杯になり、残りの五つは、誰も見ていないうちに落ちていた」


「集約が終わっていれば、そもそも査察団を送る必要はない」


「集約が終わる、その途中が、いちばん危ないんです」


 アシュレイは卓の上に、見えない線を指で引いた。


「核を街から引き剥がして運ぶ。その一台ずつが切り離し条件を無視した起動命令になりかねない。あなたがたは、六つの街を同じ日に危うくする代わりに、十七の街を運び出す順に一つずつ危うくすることになる。……集めることは、危険を消すのではありません。危険を、運ぶ列に並べ替えるだけです」


 マーロウの眉が、わずかに動いた。反論の言葉を探しているようにも、探すのをやめたようにも見えた。


---


「あなたが恐れているものを、私は軽く見ていません」


 アシュレイは声を落とした。ここから先は、論点ではなかった。


「南の街のことを、うかがいました。手順書を一冊だけ握った方が、越冬させようとして核に触れた。悪気はなかった。ただ、触れてよい条件を知らなかった。……あなたは、その日から素人に触らせないと決めた。危ないものは、専門の手で、一箇所に囲うと」


 マーロウは窓の外を見ていた。明るすぎる王都の街並みへ、背を向けはしなかった。


「その痛みを、集約で叶えようとしておられる。二度と、誰も失いたくない。……その願いは、正しいんです。間違っているのは、願いではありません。叶え方です」


「では、どう叶えると」


「集めても、その事故は防げません」


 アシュレイはまっすぐに言った。


「あなたが囲いきれなかった街では、結局、誰かが触ります。あなたが間に合わなかった、あの日のように。囲うというのは、触れてよい者を一人も置かないということです。触れてよい者がいない街で、供給が細れば、素人が触る。……あなたが恐れたことが、あなたの囲いの外で、もう一度起きるんです」


 部屋が静かになった。ノラの筆も、止まっていた。


「防げるのは、囲うことでは、ありません」


 アシュレイは六枚の記録へ、目を落とした。


「触れてよい条件をその街の誰かの手に、先に渡しておくことです。図面が読めなくてもいい。止めどきを知っていて、一人では触らない。それだけを守れる手を、各地に一つずつ。……メレンでは、それが灯りを守りました。三十年あの音を聞いてきた設備番が、若い手の腕を掴んで止めた。あなたが失ったものを、あの街は、失わずに済んだんです」


 マーロウが、ゆっくりと振り返った。


---


「その若い手が、次は読み違えないと」


 白髪の男は乾いた声のまま、だが最初より低く言った。


「メレンの若者は、一度、切る線を間違えかけたと聞いた。……人を失うのは、二度目の油断です。一度助かった手が、慣れて、次に踏み外す」


「踏み外します」


 アシュレイは否定しなかった。


「手を増やすというのは、踏み外す手に任せることでもあります。それは、隠しません。……ですが、一人で触った手は、踏み外したとき、止める者がいない。二人で触る手は、踏み外しても、隣が腕を掴む。完璧な手を一つ置くのではなく、踏み外しても止まる型を、二つの手で作る。それが、資格制の芯です」


 供の席で、ヴェルナーが口を開いた。マーロウの右腕の、真面目な認定官だった。


「私は、あの狭い部屋で、触ってはいけない紙を、触ってよいと読みました」


 低い声だった。誰に向けたのでもない。


「肩書きは、私にその一線を渡してはくれなかった。……ですが、あの若い保守は、読めた。図面ではなく、核の息で。私に足りなかったものを、あの者は持っていた。それを、教われば私も持てると、監査官殿は言われた」


 マーロウはヴェルナーを見なかった。見られなかったのかもしれない、とアシュレイは思った。長く仕えた供の男が、集約でない側の証人になっている。それを、この人はまだ受け止めきれずにいる。


---


「補則の第一版として、乗せます」


 ローデリクが、手続きの声を差し入れた。


「外縁補助核に触れてよい者の、資格・手続き・停止条件。触れる前の測定、切り離し条件の適用、止めどきの判断、二人以上・現地と監査の分担。……これを王国標準の補則へ落とし、監査院の照合下に置きます。集約でなく、条件ごとの分散管理を、制度の側とします」


「ノラさん」


「もう写してるわ」


 ノラは眼鏡の縁を押し上げ、几帳面な字を止めなかった。


「六枚の止めた記録と、四つの条件と、二人目の署名欄。名前だけの帳面には、しないの。誰がいつ何を確かめたか、それを書ける欄を、最初から作っておくのよ。……王都の名簿とは、そこが違う」


 ハーケンが、綴りの端を揃えた。


「乗せることには、異を唱えません。ただし条件付きです。……この補則が、甘い資格を配る紙になったら、空白は埋まらず、広がる。半年ごとに、止めた記録と、止められなかった記録の両方を、監査院へ上げなさい。止められなかった記録を隠したら、その時点で、この補則は取り消します」


「結構です」


 アシュレイは即答した。


「止められなかった記録こそ、いちばん要ります。次の型は、そこからしか書けません」


---


 マーロウは、長いあいだ黙っていた。


 やがて、六枚の記録を、もう一度端から端まで見た。それから、乾いた声で言った。


「……統轄部は、集約の権限を、返上はしません」


「返上を、求めていません」


「名簿も、渡さない。査察の権も、残す」


「それも、求めていません」


 アシュレイは静かに続けた。


「求めているのは一つです。触れてよい条件を知らない手を、劣化した核へ、先に向けないこと。……点検が要るなら、条件を渡された手を、二人目に立ててください。あなたの査察団と、その街の手と。二人揃わない日は、触らない。それだけです」


 マーロウは答えなかった。だが、扉を叩き閉じるような拒み方も、しなかった。


「今日の一括点検は、止めます」


 白髪の男は、ようやくそれだけ言った。


「六枚の紙の前で、強行はできない。……ですが、集約が間違っていたと、認めたわけではありません。あなたの資格制が、半年後に一つでも街を落としたら、私はまた集約を持ち出す。それが、あの日を知る者の務めだ」


「その時は、止められなかった記録を、私が先にあなたへ持っていきます」


 アシュレイは言った。


「隠しません。……それが、あなたの務めへの、こちらの答えです」


 マーロウは、初めてわずかに、頷いたように見えた。頷きと呼ぶには、あまりに小さな動きだった。


---


 評定が散ったあと、卓には六枚の記録と、四つの行を清書した紙が残った。


 補則の第一版は、成立した。集約案は、退けられた。ただし退けられただけで、消えてはいない。名簿は今も統轄部の手の中にあり、査察の権も残っている。火種は、卓の下にそのまま埋まっていた。


 ローデリクが綴りを閉じ、低く息を吐いた。


「一歩、進みました。……骨に、肉が付き始めた」


「ええ」


 アシュレイは頷いた。だが、その目は六枚の記録から、離れなかった。


 止めた。制度も、半分だけ立った。それでも、胸の底に小さく残るものがあった。この一月、ずっと横目で見てきた、あの薄い紙。統轄部がよこした、名簿の写し。


 保守を軽んじてきた王都が、なぜ、古い核の在り処だけは、あれほど正確に数えていたのか。危険評価のためではない。誰も測っていない。名前だけが、几帳面に並んでいる。ノラがイルダンの卓で言った言葉が、まだ耳に残っていた。


 ――数えた理由を書いてない帳面は、たいてい書けない理由があるのよ。


「ノラさん」


 アシュレイは、片づけかけたノラを呼び止めた。


「あの名簿の写し、もう一度、見せてもらえますか。……いちばん古い頁を」


 ノラが手を止め、眼鏡の奥でこちらを見た。


「集約は、退けたんでしょう。もう、要らないんじゃないの」


「集約は退けました」


 アシュレイは薄い紙へ、手を伸ばした。


「ですが、なぜこの部署が、これを持っていたのか。……それには、まだ、誰も答えていません」


 古い書式の頁を、灯りへ近づける。名前だけの街が、几帳面に並んでいた。危険を数えたのでも、街を守るために数えたのでもない。では、何のために。その問いは、集約を退けても、卓の上に、そのまま残っていた。

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