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サーンズライド海軍記  作者: nanoris
海軍大学校・演習編
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第6話 丁字運動

「やられた」アグネス・ブルックリン。


 結果。判定、直撃、被害12ポイント、直撃23ポイント、直撃60ポイント、直撃53ポイント。オーエス・カーネルの戦艦が旋回しながら舷側をこちらに向けようとしている。この状況にオーエスは立ち上がって座っているアグネスを上から覗き込む。オーエスの艦隊は前主砲、後主砲、舷側砲の全てがこちらを向いている。アグネスの艦隊が使えるのは前方の主砲だけ。丁度艦隊同士がT字の形で向き合っている。


 それでもまだ勝負はついていないとアグネスは判断している。アグネスはこの状況を変えるために最大船速を命じた。相手の包囲網の外側に出る気である。それを見てオーエスも速力を併せる。相手が1動くなら1を、2動くなら2を、相対的な距離を維持しようとする。


 しかし蒸気機関はそう簡単に出力を上げられるものではない。窯に投入する石炭を増やしても水が沸騰するまでにはタイムラグがある。火力が水蒸気の圧力を上げるまで更に遅延する。そのため通常は余裕十分な燃焼を行い、速度制御はギア等を使って調節する。それでも水の抵抗がありどれだけ力を掛けても一般的に船の運動は徐々にしか変わってゆかないものである。動きにくくて、止まりにくい、これが船、というよりも水が持つ摩擦力の特性である。


 そこで互いの読み合いが始まる。艦隊運動そのものはそう難しくはない。相手との位置を狙った位置に配置するのが難しい。ほんの少しの判断の遅れが結果を大きく変える。互いに数十秒、数分先の位置を見つめながらタイミングを計っている。


 今回の艦隊運動はオーエスに分があった。こちらの単縦陣に対し頭を押さえながら両側から挟むように航行している。アグネスは前、右、左の三方から狙い撃ちをされている。


 どうだとオーエスの顔が語っている。アグネスは涼しい顔をして状況を見ている。砲撃は続いているが、互いに致命的な損害はまだない。しかし、明らかにアグネス側が多くの被弾をしているから、懸命に包囲網から抜け出そうと全速で移動している。それに相手も合わせてきている。


 アグネスが急に指示する。「全艦逆進せよ」急ブレーキをかける。するとオーエスの艦隊が徐々にではあるが離れて小さくなってゆく。最初は小さな違いがみるみるうちに大きな差となってゆく。オーエスたちも直ぐに減速しようとするが、その後の動きに悩む。逆向きのまま減速して距離を詰めるのか、回頭して距離を詰めるのか、それとも一度は大きく離れ艦隊を再編成するか。


 オーエスが迷っている間に「取舵いっぱい、最大戦力」とアグネスが指示を出す。すぐさまアグネス艦隊は左旋回し一直線で包囲網の一番左端の戦艦へと向かう。こういう場合、オーエスは距離のアドバンテージを活かして一度退避するのが手筋というものだ。再編成してもう一度戦端を開く。それが定石だ。


 しかしオーエスは違う決断をする。ここは気合である。ここで退くようでは勝負は勝てないとしたものだ。堂々と力勝負を挑むべき。それを見てアグネスはふふんと笑った。


 オーエスは包囲する陣形を解き単縦陣に組みなおそうとした。左端を狙われているならこちらも単縦陣で真っ向から斬り合う。頭を押さえていれば十分に叩き合える。オーエスだって一歩も引き下がる気はない。


 しかしながら頭を押さえたのはアグネスの方だった。先頭の艦の前を通り過ぎながら、ありったけの砲撃を加える。立場は逆転した。だが、先頭艦の前を通り過ぎた瞬間を狙いオーエスはその後ろに喰らいつこうと面舵を命じる。追跡戦に移行する気だ。


 だがアグネスは次の指示を出す「面舵いっぱい、一番艦と二番艦の間を横切れ」オーエス艦隊の単縦陣の間を右旋回しながら突き抜けて裂かれ形にする。


 一般的に主砲というものは強力で遠くまで届く武装である。その代わりに90秒に一発程度の発射速度しか持たない。撃つたびに距離を測り仰角方角を微調整する必要がある。だから近距離の砲撃には向かない。そういう場合は、舷側に配置された副砲がものを言う。破壊力は小さいが毎分3~6発は撃てる。


 勿論、何度も連続発射すると砲身が熱で膨張する。時に破裂する。冷却しなければ連続的な射撃はできない。それでも近接戦闘では副砲の物理量が物を言う。アグネスはT字の形を逆転させた。オーエスの艦隊と丁字型で向き合っているので、副砲が使えるアグネスの艦隊の攻撃力の方が前方の主砲しか使えないオーエスの艦隊よりも圧倒的に有利である。ただし。舷側を狙う方が、艦の正面を狙うよりも命中する可能性は高い。


 狭い投射面に多くの砲を向けれる方か、広い投射面に少ない砲しか向けられないか、そのどちらが有利であるか、という問題が残る。真正面は避けるにしてもどれくらいの斜めが効果的か、その適切な角度を見出すのが指揮の常道である。


 先頭艦にアグネス艦隊の八隻が集中して攻撃を加えた。命中数はオーエス側のそれを凌駕している。それでも先頭艦はいつも最初の敵の攻撃を受けるために損傷が激しい。既に主砲は使用できず、舷側の砲が4基しか使えない。それでも航行に支障はない。


 また命中した。何が、砲弾が。艦橋が破壊された戦艦が。判定カードが引かれる。


「アグネスは今ので戦死だよ、艦橋が破壊されたから」とオーエスが聞いてくる。「そうだな、今の直撃でわたしは天に召された」


「よし、みなのもの、これからわたしは天の声だ、神のお告げだ、そのつもりで聞け」


 二番艦の横を通り抜けアグネスは次のお告げを告げる。天の声。「取舵いっぱい、二番艦と三番艦の間を横切れ」左旋回しひたすら攻撃を繰り返す。オーエスたちは立て直そうと工夫するが、アグネスの艦隊運動は逃さない。


「面舵いっぱい、三番艦と四番艦の間を横切れ」「取舵いっぱい、四番艦と五番艦の間を横切れ」敵艦隊の間を右旋回して通り抜け左旋回をして通り抜け祭り縫いのように旋回運動をしてゆく。


「どうだ、小学校の家庭科はオール5なんだぞ」アグネスがえっへんする。教室中のみんなは知っている。貴族の小学校に家庭科の教科などない。平民学校に通っていたクラッシュ・リリックの成績を自慢している。


「わたくしの祭り縫いは絶品ですよ、皆様」クラッシュが付け加える。

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