第7話 まつり縫い運動
ますぐなるもの海面を行き、するどき青き艦隊海面を進み、震える敵艦を貫きて。
司令官であったアグネス・ブルックリンが戦死した。演習とは言え艦橋直撃カードを引いたのだから仕方がない。天使となり天国に召されたアグネスは紅茶を飲みつつ指示を出す。わたしの声は天の声。
オーエス・カーネルは6艦、それで8隻のアグネス艦隊に戦いを挑んでいる。オーエスは残り2隻を軍港の近くに待機させている。ここである程度の敵戦力を削減した上で2隻を新たに投入して第二次攻撃を慣行する。
2隻がどこにあるかは海図をみれば丸分かりだから相手の意図は予想できる。だからここでどれだけ相手の戦闘力を奪えるかが課題になる。それとも奪われるか。ここでの結果が次に起きる戦闘の結末を決定するファクターとなる。だから可能な限り攻める、と考えるのは間違いである。
アグネスにそのような思考法はない。攻めるなど余計な考えである。朝起きた時にはもう突撃が終わっているようでなければならない。ただ近接し全ての砲を叩き込んでいる事。執拗なまでに。倒れるまで。
アグネスの戦闘群は単縦陣を作ってオーエス艦隊の三番艦と四番艦の間を横切ろうとしている。互いに砲撃を加え続けているが、両側の2隻を8隻の戦艦ですり抜けながら攻撃を続けている。どちらの艦隊も直撃に見舞われている。先頭をゆく戦艦は特に狙い撃ちである。先頭艦に照準を定め砲撃を開始する。
だから効率的には二番艦が最も狙いやすい。その次に来る三番艦も同じ照準で狙える。被害は大きくなりそうだ。しかし互いに相当な被害を受けるから戦闘力は減少してゆく。先頭を行く船は常に攻撃の的となるから被害が大きいが、二番目が最も被害が大きくなる。相手からすれば都合の良い標的艦である。
しかし、アグネスの考えでは、これは囮である。先頭の艦を叩く間に後方の艦が次々と両側に砲撃を加える。その結果として後方の四,五,六、七、八番艦が横切る頃には相手も相当なダメージを負っている。攻撃力も低下している。サンドバックの如く、砲撃を加えながら通り抜けてゆく。
「面舵いっぱい、五番艦と六番艦の間を横切れ」アグネスの艦隊はすぐに右旋回をして六番艦の後方に出た。そこでアグネスは大回頭を命じる。面舵で。六番艦の後方から右旋回する。一連の攻撃でオーエスの艦隊は相当な被害を被っている。
最後の艦列に攻撃を加えた後、反転し後方から追いかける様な配置になった時、アグネスの各艦は単縦陣から放射状に扇のように開いた。アグネスは被害の大きい艦から6隻を選び厳命する。
「各艦、ラム衝突戦用意、全速で体当たりを完遂せよ」生徒たち全員がウーラーとアグネスに掛け声を返した。ラム戦は誰だって燃える。海軍のロマンである。戦闘艦の船首に取り付けられた尖った鋼鉄製の衝角で敵艦舷側に体当たりを試みる戦闘形態である。
オーエス艦隊はそれを全力でかわす運動に入る。結局、ラムで衝突できたのは3隻だった。オーエスの艦隊は1隻が沈没、2隻が大破。艦の側面に衝突されると隔壁が大きく破損し沈没に至る。ダメージコントロールがうまくいって沈没を免れたとしても水面下が損傷し浸水が激しく航行に支障をきたす。
しかしそれなりの成果を出す為には衝突する側も相当な速度でぶつからねばならない。力学の法則に則り質量と加速度の積である。運動エネルギーは質量と速度の二乗に比例する。この莫大なエネルギーは衝突する側も反作用として受けるものである。その衝撃はそのまま跳ね返ってくる。ひどい場合には、ぶつけた側の竜骨が折れる場合もある。船員らも衝撃により壁にぶち当たったりして無事では済まない。
アグネスが乗船していた先頭艦も沈没こそ免れたが機関が故障して航行不能となってしまった。アグネスの艦船は7隻、オーエスの率いる艦隊は3隻、互いに損傷が激しい。
オーエスは軍港への進路を取り、残していた2隻との合流を試みる。
追跡戦である。こういう場合、集団で行動するよりも集合地点に向かって各艦がばらばらに行動する方が逃げ切れる可能性は高い。その上である地点で再集結し艦隊を再編成して再攻の姿勢を取る。
アグネスは海図の上をまっすぐ三日月島に向かって移動する。海上を走りながら艦列を整えなおす。いつもの単縦陣に。カーネルの艦隊に二隻の戦艦が新たに加われば、7隻と5隻、艦数ではアグネス艦隊の方が有利だが無傷の二艦の加入により戦力的には五分と見るべきであろう。
「モナーク」とアグネスが呼ぶ。「なんでしょう?」とモナーク・C・リミットが答える、彼女は多くの演習でアグネスの副指令役を務める。いつの間にかそんな関係が出来上がっている。
「あとは任せた」
「はいぃ?」
と言いながらもいつものことだとモナークは思った。




