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サーンズライド海軍記  作者: nanoris
海軍大学校・演習編
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第5話 試行錯誤

 今日もまた僕たちは教室に集まって議論を続けている。中央に机を並べて、大きな海図を広げている。みんながそれを覗き込んでわいわいやっている。


「まずは普通の海戦をしてみよう。何ごともひとつずつだ」とウォーター・ストーンダッシュ。


 そうそう、ポワンリー数学教官も似たような事を語っていた。最終的にはしらみつぶしが最強のアルゴリズム。すべてを総当たりにすれば必ず答えは決着する。それで満足できないなら総当たりの範囲が足りないのだ。自己満足でよければ範囲を狭める方法もある。


 しかし一般的には全部を網羅するには人間の生涯というものは余りに短い。だからどうしても絞りこんで少ない中から見つけてゆくしかない。ではどうやって絞り込むのか。それが正しいという根拠は何だ。先ずは基本形から探ってみるのが基礎だと講義でも語っていた。数の計算とはそうやって足場を組み上げながら少しずつ変形を繰り返して組み立てるものだと。


「やっとお嬢様の出番ですよ、真打ですよ」とクラッシュ・リリック。


 1クラスの演習の時も2クラスの時も基本となる突撃戦は試している。だけれども、1クラスの時はトッパー・ロウが、2クラスの時はイースト・スリーアップが艦隊指揮を担当した。


 アグネス・ブルックリンが答える。「ついに私か。私の出番か」アグネスが顔を輝かせて海図の上に艦船を並べる。まるで戦場に降り立った騎士かのようだ。


「まあ、これが基本だよね。正面衝突。だれだってやってみたいよね。囮であれ撃滅であれ」オーエス・カーネルも海図の上をのぞき込む。アグレッサー部隊を率いて仮想教官側でやる気満々である。


「お嬢様がどこでどう会敵するかですね。先手を取る事が望ましいのですが。これまでの結果を見ると、私たちがその選択肢を手にする事はなさそうです。先手はいつも教官側にあるようです。優れた索敵能力によって私たちが先手を取る事は厳しい。戦火をどこで開くかは教官たちに選ぶ立場にあるのです」クラッシュがそう指摘した。


「そして我々の側が全滅する可能性が高い」スノー・ウィンタースキー。彼もアグネスの従者である。クラッシュともよく連携している。


「盤上で架空の兵士が何人戦死しようが私は気にせんぞ。実際に戦場に立つ君たちがそうであっては困るがな」


 彼女の演習はいつも空想的である。訓練というよりはパズルの様だ。ゲーム的である。被害という概念は考慮しない。演習でしか出来ない事を色々試している感じがする。しかしそれでいて戦闘指揮はめっぽう強かったりする。


「そこで四つの条件」とウォータ・ストーンダッシュが言う。

「これがホークスからの伝言だよ」


「ひとつ、アグネスは軍港に突撃する」

「ひとつ、教官側は湾口外の海域で迎撃する」

「ひとつ、僕たちの索敵距離は10km」

「ひとつ、敵艦は50km」


 ホークス・F・アレイは運営委員会に用事があるとこの場にはいない。それは彼におまかせして僕たちはこの想定で演習をやってみよう。


 アグネス艦隊は単縦陣で進む。単縦陣は艦隊を一直線に並べて行動する陣形のひとつ。全体がひとつの紐のように有機的に連動して運動する。例えばひとつの目標を決めたら次々と順次襲い掛かる。帆船の頃は微妙な操艦ができなかったが、蒸気機関になって初めてなせる艦隊運動である。


 相手がどこにいるかは海図をみれば一目瞭然である。しかし索敵距離に制限がある。その距離に敵が入るまでは艦隊運動はしてはいけない。これはルールというよりマナーの部類に入る。これを破るときちんとした演習として機能しないわけだ。オーエスたちは50kmの距離があるので何も考えずに海図を自由に動き回れる。


「敵艦見ゆ」の第一報が入った時、オーエスたちの艦隊はアグネスの単縦陣をまるで取り囲むかのように迫っていた。


「これはなんだ?」とアグネスがオーエスに聞く。オーエスはにやっと笑って包囲戦と答える。


 前方からオーエスの艦隊が横陣に並べた形で接近してくる。前方に見えるのが3隻、離れて左に2隻、右に1隻。6隻で単縦陣のアグネス艦隊を包囲しようという艦隊運動を見せている。アグネスは悩む。ここで速度を上げるとどうなるか。敵艦の横をすり抜けるとどうなるか。そのすれ違い戦はどうなるか。


 艦隊運動を読み切る事そのものはそう難しい技術ではない。物理的運動は時間と位置ベクトルの合算である。その結果、予想されるべき位置に自分たちの艦隊がいる。それに呼応して相手はどう動くか、左右前後、減速加速の結果、どこで接触するか。その結果としての形勢判断が難しい。そこを読み間違えれば艦隊運動は完璧でも負ける。


 こちらは単縦陣、相手は横陣。すれ違い戦をするならこちらが圧倒的に有利だ。敵艦隊のどれかひとつの横を8隻ですり抜ける。向こうは横に幅広く取っているのだから命中率も低く攻撃はたいした事はない。こちらは1隻に狙いをつけて8隻で攻撃を加えてゆく。相手からすれば1隻で8隻を相手にすることになる。これは各個撃破だ。これを残り5回繰り返せば敵は全滅する計算になる。


 そのくらいオーエスだって百も承知の助である。それでもこの陣形で迫ってきているという事は。薄い紙で石を包み込むような艦隊運動をする気だ。こちらの艦隊運動を凌駕すれば、常に僕たちが包囲し続けられる。アグネスの切っ先が届く前に包囲すれば蹂躙可能。


 包み込めばオーエスの勝ち、打ち破ればアグネスの勝ち。そういう単純な構造になりつつある。この結果は両社の艦隊運動に掛っている。


 速度を上げるか下げるか。下げればこの場所に立ち止まっての撃ち合い。上げれば包囲の外に出ての撃ち合い。


 …だから。アグネスはふむと考える。オーエスたちも自分の策には自信がある。


「ごちゃごちゃと五月蠅いな。クラッシュよ、どう思う、罠があろうと乗ってみるべきだろう?」

「お嬢様、罠は喰い破るのみ、それ以外の方法はご存じないでしょう」

「その通りだ」速力4Kn(7.4 km)増加。単縦陣を維持したまま、前方最右翼の艦船に目標を定める。


 目標を決めて襲い掛かろうとしたとき、オーエスの艦隊の全てが面舵に舵を切った。こちらに左の横腹を見せている。どうやら我々を誘い込んで併走しながらの撃ち合いをする気だ、同航戦だ。

「砲撃開始」


 演習では砲撃の当たり判定はサイコロを振った出目で決定する。その偶然で結果が大きく変わる。ほんの少しの当たり判定の違いが戦局に大きく影響する。少しの差が大きな差となって現れるバタフライエフェクトが起きる。


 サイコロやカードを引くなどの不確定要素を除外したい場合は相手の位置、距離、仰俯角に速度ベクトルをパラメータとする演習用に開発された連立方程式を解く。計算には対数を利用した計算尺を使う。演習ではこの計算をするのが一番大変だ。だいたい1艦につき1人が計算役を担当する。それをクラス全員の持ち回りで担当する。


 計算した結果。直撃、被害126ポイント、速度変化なし。アグネスがガッツポーズする。オーエスの艦隊はまだ回頭中だ。今のうちに出来る限りの砲撃を加える。


 敵の急所は自分の急所である。相手の頭をどっちが抑えるか、この抑え込み次第でその後の流れは大きく変わる。アグネスは狙ったターゲットを変えない。相手の横を通り抜ける気で速力を上げた。


 しかし。オーエスの艦隊の方が僅かに早くこちらの頭を抑え込む形を作った。併走状態にしてアグネスの単縦陣を囲い込むように艦隊を展開した。薄い薄い紙で包み込む。その薄さが破れない。アグネスはオーエス艦隊の先頭の頭を押さえるつもりであったが、逆にこちらの先頭艦の周囲を併走しながら囲まれた状況になっている。


 さてどうなる?


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