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サーンズライド海軍記  作者: nanoris
海軍大学校・演習編
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第3話 温故知新

「僕たちは単純突撃を試してみたよ。一つ上の先輩、35期生の作戦をアレンジした上でね」と説明しているのはオーエス・カーネル。平民からこの大学に入学した組で瑠璃色の髪。結構みんなが嫌がるような事、めんどくさい役回りを率先してやってくれる。だから教官たちの作戦を探るためにも敗戦覚悟で最初の演習に挑んだ。


「35期の先輩たちはね、全ての艦船をバラバラにして時刻を合わせて一気に軍港に突撃したんだ。たぶんアグネスさん好みの戦法だと思うけど」とオーエスが結果を報告する。


 机の上に大きく海図が広げられている。それを全員で取り囲んでああだこうだと船の模型を動かしながら試行錯誤を繰り返して語り合っている。


 オーエスの言葉を受けて全員がアグネス・ブルックリンの方を見た。アグネス、突撃のアグネスの異名を持つ突撃好き女子。これまでの演習では勝とうが負けようが突撃しかやってない。オレンジがかった髪の彼女は代々海軍軍人を輩出してきた家系。女性だから恐らく最前線に立つことはない。だけど見た目の華奢(きゃしゃ)さからは想像もつかぬほど彼女は強気な猪突を好む。猛進と言ってもいい。普段の性格はそんな感じはしないのに演習となると何かのやる気が入るらしい。


「それは確かにその通り。わたくしはそういう指揮が取りたい」


 アグネスの従者として入学した生徒がいる。執事のご子息。護衛役。虫がつかない監視役。クラッシュ・リリックが控えめにそして静かにアグネスの言葉を継ぐ。


「それでは負けてもいいと聞こえますよ、お嬢様。演習とは言え我が海兵を何人殺す気ですか。しかし、オーエス様。同じ事を繰り返すだけでは、教官たちも馬鹿ではありませんから去年の二の舞なのでは?」


「そうだよクラッシュ。だから僕たちは先輩たちのように一気にではなく二戦隊に分けて時間差をつけて突撃を試みたんだよ」


 たしか35期は、とブレッド・バンボーンが記録をめくりながら説明を加えた。


 ブレッド。パン屋のブレッド。別にパン屋ではないのだが小太りでパン屋がよく似合いそうな風貌をしている。とてもとても古い伝統のある貴族。王位継承順位だって遠くない。上からあと10人消えれば結構ワンチャンあるらしい。


「そんなに突然死と亡命が続く訳ないでしょう」「ブラッド様。毒は簡単ですよ。行方不明って手もありますし」だいぶ前にクラッシュとそんな会話をしていた。


 とてものんびりとした性格で誰にでも優しい。戦争ができる人間には見えない。パン屋だったらぴったりくる。なぜ海軍大学に来たのかと聞いたら父上が痩せろってさと答えた。卒業してもそのまま軍属につく気はないと思う。

「35期生が港湾に突入した時にそれを待ち受けていたのは空っぽの軍港、とあるね。湾内に入った所で入口を機雷封鎖されて、外洋にいた艦隊から袋叩きにされて敗北。逃げ場もなく全艦航行不能とあるね」


「それって現実には絶対にあり得ない戦法だよね。自ら軍港を捨てるなんて。相手が100%突入すると知らなければ絶対に取れない作戦じゃないか」とホークス・F・アレイが疑問を口にする。


「教官たちは35期生が突撃するのは知っていたらしいんだ。演習レポートにも前もって宣言したとは書いたあるんだけどね。でも知っていたとしても確実にそうなるとどうやって確信したんだろう。裏をかかれたら不利になるのは明らかだもの。なぜだろうね。」ブレッドが続けた。


「その点は僕も不思議に思って先輩たちに聞いてみたんだ」とオーエスが答えた。「演習の前に教官たちの前で全員で宣言したんだって。35期生の先輩たち全員で。全艦で一斉に突入しますって」


「不思議だ」ブレッドは立ち上がってお茶を取りに行った。僕にもコーヒーをとクラッシュがお願いする。ふたりは仲がいい。


「信じた教官たちもその通りに実行した先輩方も正直すぎませんか」とクラッシュが指摘する。


「35期生には誇り高きパトリンク王子がいたから。これが答えかな。だから嘘はないと教官たちも思ったみたいだよ。姑息な戦術で王子の名誉を汚せはしないよって先輩たちも言ってたよ」とオーエス。その気分は十分に理解できるって感じだ。


 オーエスたちは35期の失敗を踏まえて二回に分けて時間差で突入した。そうすれば突入後に湾口の封鎖作戦は使えない。外で待ち構えていてもその外から第二戦隊によって両方から挟み撃ちにすれば互角に戦える。そういう作戦であった。


 今回は最初に宣言している訳ではないので教官たちがどう出るかは分からなかった。だが、港湾を全て捨てるとは思えない。僕たちは囮も使うし相手の裏をかいて騙す気まんまんの世代だ。当然ペテン師とは戦術家にとっての褒め言葉だ。


 それでも教官たちは港湾の入り口付近で待ち構えておりまるで僕たちが来ることが分かっていたかのようだった。自分たちがどこにいてどの方向からいつ来るのかを完全に把握しているかの如くに各個撃破されてしまった。

 なぜ自分たちの進路が把握されていたのか。その答えが分からない。オーエスは回顧する。反省ではないが、さてどうすればもう一度やれば違った結果を得るか、それにまだ答えがない、とオーエスはしみじみと吐露した。


 相手の手の内は全クラスの演習が終わるまで公開される事はない。また全てが公開される訳でもない。教官たちは来年も有効だと思った内容は秘匿する。機密情報扱いにする。なにかしらの隠し事はあるだろう。毎年新機軸を発明しないといけないのでは流石にきついだろうし。


「どうも通常の索敵ではない何かがあると思う、教官たちには」オーエスは腕組みをしている。「兎に角索敵の精度が高い、これは覚悟しておいた方がいい」


「まったく同じ、事、を思ったわ」2クラスのハル・ドライバが何とも面目ないという感じで発言した。「わたしたちもそれは強く思いました。島の裏側からの一斉艦砲射撃を試みたんですけど、どうもすぐに見つかってしまいましたわ」その言葉を受けて副官のライン・ドットドットが更に続ける。「裏側への砲撃が始まって一度撤退して場所を変えましたけれどそれも直ぐに見つかりました。ただし夜戦の時はそうでもありませんでした」


「僕たちは夜まで艦隊が維持できなかったんだよね」オーエスが残念そうに言った。


「夜戦では相手側もわたしたちの事は把握できなかったみたいです。ですから夜戦での遠距離射撃を少しした後に港湾への一斉突撃を試みたんです」ドライブの口調が早口になった。


「これは効果的だったと思いました」ラインが補足した。「でも結局機雷に接触して駄目にしてしまいました。夜になる前に港湾の中に機雷を設置していますね」ハルが残念そうに言った。


「ふーむ」とホークスがうなずく「どうも僕たちの知らない秘密があるみたいだね」


 教官どのの索敵精度はかなり高い。これを前提として作戦は立案される。艦隊運動を工夫して裏をかこうとするのは殆どばれている。つまり奇襲は使えない。


「スパイ?」と中肉中背黒髪のウォーター・ストーンダッシュが呟く。双璧のウォーター。ホークスと並ぶ作戦家。状況のエッセンスを抜き出す能力が抜群だと思う。彼は共和国からの移住者。共和国で起きた革命の時に亡命してきた貴族のご子息。資産の殆どを共和国に置いてきたためもう裕福ではないが彼はホークスと並びたつ天才だと皆が一目おく。相当苦労してきたらしい。


 演習は演習に参加しない中立の教官や上級生たちの手で運営される。艦隊の移動、索敵の方位と対象、これらの申請を受けて、サイコロを振ったりカードを引いたりして偶然性も加味した結果を得る。演習に参加している生徒と教官たちは互いに相手の位置は知らない。ひたすら索敵を繰り返して発見してゆくのである。

 その結果を自分たちのマップに写す。そして相手の行動を予測し自分たちの行動にフィードバックする。ある哲学者の言葉ではないが、我々はこの世界の影を見ているのだ。


 運営部屋にある海図には生徒側の情報も教官側の情報も全てが載っている。運営部屋にいる人たちには全体が俯瞰して映るから起きている事がすべて一目瞭然だ。この神の目をもし手に入れる事ができたら?演習を非常に有利に遂行する事ができる。もしこの情報を盗み出す事が出来たら?明らかに勝利に近づく。さてこれは違反か?否、戦争においてこれは正当な手段である。


 ただしスパイは見つかれば銃殺か二重スパイに仕立てられる。良くて脅迫最低でも拷問。


 運営部屋がスパイできればこれほど嬉しい事はない。とはいえ運営部屋の人たちがスパイ行為に加担する事は明確に禁止されている。演習中は部屋の外には出られない。ほぼ軟禁。食事も排泄も仮眠も部屋の中で行う。


 それ以外のスパイ行為に禁止事項はない。これは演習の一環として生徒側だけに許されている。情報が戦局を左右する。だから可能ならやってみろという制度設計である。とは言え、運営も教官たちも生徒のスパイを許す気はない。


 過去にスパイ行為があったという話は聞いた事がない。成功したという話もない。試したという話さえ残っていない。であるからスパイ行為が成功した事例は恐らくない。または隠蔽。だが単純に天井裏や床下から覗き見る程度の事には建築の構造上不可能になっている。その程度で可能なら苦労はない。僕たちもスパイ行為は早い段階で断念している。


「教官がスパイする事はありえない」アグネスが真っ先に答える。彼女の家からは大学校の教官も何人も輩出している。だから海軍大学校の伝統である文化とか矜持にも子供の頃から触れて成長してきている。だから皮膚感覚で分かるのだ、そのような事は決してないと。


「と、思われます」執事クラッシュ・リリックが一応控えめに付け加えた。


「スパイと言っても、どの進路を通るかは直前で決めている。だから情報を事前に盗む事は不可能なんだよ。例え盗まれてもそれから動いていては間に合わないはずなんだ」オーエス・カーネルが言明する。


「勘のいい教官でもいるのか、それとも新兵器?」アグネスの言葉。

「兵器目録を調べてみる?」パン屋のブレッドが本棚に手を伸ばす。

「研究段階のものを使っているなら一般公開はされていないんじゃないかな。正式採用される前の何かがあるのかも」とホークス。


「分からないものには蓋をする。ブラックボックスをここに置いて」オーエスは言いながら海図の上に黒い箱を置いた。「ここに何があるにしても、探索力がやばいという事だけを押さえておけばいいと思う」ハル・ドライブが続けて進言する「どうやって実現しているかよりもどこまでの能力かですね」


 解答は演習の後で、ウォーターがつぶやいた。


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