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第六話。

 皆様、いつも読んで下さりありがとうございます。

 今回も残酷な描写がありますので、苦手な方はお気を付けください。

 どうぞよろしくお願いします。


 永遠の愛を誓い合う黄金の祭壇に背を向け佇み、大国へと宣戦布告とも言える意思を示した“双黒の鬼神”シルヴィア。


 そんなシルヴィアの元へと歩みよるのは、勇者などと祭り上げられたシルヴィアの養い子を薄汚い欲のために平気で裏切った愚か者達を(ほふ)りし“深紅の闘神”セレナ。


「……セレナ。」


 目の前に辿り着いたセレナと交代するように、歩を進めるシルヴィアは只一言相棒と認める強者の名を擦れ違い様に呼ぶ。


「任せな。」


 言葉少なくとも己の意図を悟り、紫煙を燻らせながら片手を揺らして返事をする頼もしい相棒の背中を振り向くこともなく、シルヴィアは前だけを見据え続ける。


 足音すら立てることのないシルヴィアは怯えた眼差しを送る貴族や兵に視線を向けることすら無く、ただ一点を見詰めて堂々と歩いていく。


「この役立たず共っっ! わたくしを守りなさいっっ!! あの化け物の首を取った者には一生遊んで暮らせる富を約束して上げますわっっ!!!」


 花嫁の人生を現しているはずのバージンロードは鮮血に彩られ、焼け焦げた痕跡が目立ち、兵達を闘わせようと喚き続け、己は逃げるために聖堂の出入り口の前に立つカトリーヌを初めとした王族の元へと続いている。


「何をしているのですっっ!! 速くわたくしが逃げるために扉を開きなさ、ぎゃっっ」


 聖堂の中で一番大きな出入り口である正面の扉を開けようと、数人係で力を込め続けるが重厚な扉はびくともしない。


 その時、扉が開かず逃げ場のない状況に焦りと恐怖が入り交じった表情で金切り声を上げ続けるカトリーヌの背中を強く押した者がいた。


「よ、傭兵よっっ! 今回の一件は全てこの愚か者が計画し為したことっ!! 余は脅されていたに過ぎぬし、詳しいことは何も知らなかったのじゃっっ!!!」


 カトリーヌをシルヴィアに向かって突き飛ばしたのはこの大国の王グライアスであり、数人の側近の背中に隠れるように立つカトリーヌの父親であった。


「……お、お父様……何を言ってますのっっ?!」


 まさか実の父親に裏切られることになるとは思っていなかったカトリーヌは呆然とした表情を浮かべ座り込んでいたが、すぐに立ち上がり眦を吊り上げて声を荒げ王へと詰め寄る。


「お父様も勇者様との婚儀には賛成してくれたではありませんかっっ! わたくしは全てを話した上で、お父様の許可を得て動いていたに過ぎませんわっっ!!」


「だ、黙れっっ! この愚か者めがっ!!

 誇り高き我が王国の恥さらしめっっ!! お前のような疫病神の所為で、余の貴き命が危険に晒されているのだっ!! 恥を知るがいいっ、この色狂いめがっっ!!!」


 カトリーヌの声を掻き消すほどに唾を飛ばしながら怒声を響かせるグライアス王は、側近の一人が装備していた剣を掴む。


 王としての強い信念があって王になった訳では無く、流されるままに元々数少なかった兄弟が病や不慮の事故により命を失い自動的に王位に就いたグライアス王。


 事なかれ主義であり、目先の欲に流されることも多い精神的に強い訳でもないグライアス王にとって、音に聞く“リベルテ傭兵団”を敵に回すなどという恐ろしい真似は決して許容できる物では無かった。


 その上、グライアス王は血を分けた娘と言えど、己にとって不利な真似をすれば他人でしかない愚か者の所為でたった一つしかない命を奪われるかもしれない状況を受け入れることなど出来なかったのである。


「なっ、何をされるおつもりなのですかっっ?!」


 剣を振り下ろせば届く距離まで近付いてしまっていたカトリーヌが、血走った眼で剣を構えたグライアス王の姿を見て慌てて身を翻そうとするよりも速く、洗練されているとは言い難い動作で王が上段に構えた剣を斜めに振り下ろす。


「王国へもたらした災いをその身でもって償うが良いっっ!!!」

「いっ、いぎゃあぁぁぁぁぁっっっ!!!」 


 武術の鍛錬など数十年単位で行っていないグライアス王の剣はカトリーヌの顔面から身体に向かって切りつけていく。


 グライアス王の奮った剣は、カトリーヌの身体を右から左へと抜けるように斜めに斬り付けたのである。


 まともな鍛錬をしていないグライアス王の力任せの一閃は決して深い訳ではないが、美しさが自慢のカトリーヌの顔面に紅い歪な線を刻み込み、鮮血が滴り落ちる。


「ひっ……血が、血が止まらなっ……わっ、わたくしのっ顔、かおがっっ……ひぎゃっっ!!!」


 鮮血が流れ落ちる顔の傷を両手で押さえ、痛みに悶えて錯乱した様子で叫び続けるカトリーヌへとグライアス王は更に剣を振り上げ、狂ったように奮い続けた。


「……ひぎゃっ……あがっっ…………」


 心身両方からの負担のためか荒い呼吸を繰り返し、身体中に鮮血を浴びることになったグライアス王の周囲に居た側近達は、鬼気迫り狂った様子で剣を振るい続ける王を止める事も出来ずに離れていく。


 どんなに名剣を用いたとしても、使い手がなまくらな腕前では本来の切れ味を発揮することなど出来ず、何度奮われることになろうとも致命傷にはならない攻撃は完全に命を絶つことなど出来なかった。


 無情にも全身を己の血で染め上げ、中途半端な剣筋では何度刺されようとも命を失うことも無く、ヒューヒューと隙間風が漏れるような音だけを響かせる虫の息のカトリーヌ。


「ひひっ……この愚か者の命をくれてやるっ! だから、余の命だけは助けよっ!!

 此奴だけで足りぬならば幾らでも金を払うし、この場にいる全ての者の命もくれてやる!!!」


 血に狂った正気の光を失った瞳で叫ぶグライアス王と、その足下にいるカトリーヌへと無機質なガラス玉のような双眸を向けたシルヴィアは王の狂気も、噎せ返るような血の惨劇も視界に入っていないかのように無感情な声で応える。


「必要ない。」


「いっ……くっ、来るなっっ! 余に近付くなっっ!!!」 


 カトリーヌへと剣を振るう王の姿を前に一度歩みを止めていたシルヴィアは、グライアス王の交渉とも言えない声を契機に再び歩みを再開し、意味もなく喚きながら威嚇するように剣を振るうグライアス王の姿を侮蔑の感情すら浮かばぬ双眸を向けると言うよりは、感情を呼び起こすことのない景色の一つと認識していた。


「…………情けをかけてやる価値があるとは思えん……だが、死者に鞭打つようにいたぶる事は我が信念に(もと)る。」


「……ひゅっ……ひはっっ……」


 空気が漏れるような微かな呼吸音しか既に発する事が出来ず、全身至る所に傷を負ったカトリーヌの瞳の中で死への恐怖と同時に苦痛から解放されたいという感情が(せめ)ぎ合う。


「…………逝くが良い。」


 感情の伴わない硬質な声と共に床に倒れ伏したカトリーヌの左の胸目掛けて振り下ろされた鋭利な切っ先は全てを切り裂く魔剣で有り、シルヴィアという使い手だからこそ魔力に呑まれること無く骨に護られるようにして身体の奥深くにある心臓を容易く貫いた。


 恋い慕う相手を手に入れる得るために“勇者の仲間”と呼ばれた者達を(そそのか)し、父王に勇者との婚姻の利点を()き、禁術を用いてまで恋するコンラッドの意思と自由を奪い、婚儀を上げようとしたカトリーヌ。


 失血により冷たくなっていく指先、全身に走る燃えるような痛み、音にならない声……黒く塗りつぶされていく意識の中で、鮮烈な輝きを放つ白刃が振り下ろされる光景を最期にカトリーヌの意識は途絶えたのだった。


「…………」


 悲鳴を上げることなく逝ったカトリーヌの死を無言で確認したシルヴィアは、娘が死んだと言うのに命乞い混じりの叫びを発する目の前の男に視線を走らせる。


「……己の子の為した罪を正すこともせず……共に背負うことなく……贖うこともしない輩……」


「くひっ、くるなあぁぁぁっっ!」


 シルヴィアは人を斬ったにも関わらず血や脂で曇っていない白刃を鞘へと戻し、血走った眼で剣を振り回し続けるグライアスへと背を向けコンラッドとセレナの元へと戻っていく。


「……下らん。」


 視線を向ける価値もないと言わんばかりのシルヴィアの背後で、恐怖を一転させ殺意を膨らませた者がいた。


「シルヴィア様っ!! 危ないっっ!!!」


 太陽の光を浴びてステンドグラスより降り注ぐ七色の輝きに包まれたコンラッドの引き攣った叫びが聖堂に木霊する。


 離して下さいっっ!、と駆け出していきそうなコンラッドの身体をセレナが引き留め、呆れたような表情を浮かべている姿がシルヴィアの視界に映った。


「……問題無い……もう終わっている。」


 養い子の己を心配する叫びに小さく微笑を浮かべたシルヴィアの背後から複数の何かが絨毯の上へと落ち、水飛沫を上げる音と悲鳴が聞こえる。


「シルヴィアが本気で奮った神速の刃は俺だって何とか見切れる速さなんだぜ。糞ガキはまだしも、貴族のクソ共じゃあ理解すら出来ねえよ。」 


 シルヴィアの背後で上がった血飛沫に眼を丸くするコンラッドを鼻で笑い、口角を上げ自慢げに笑うセレナはいつ見ても凄まじいぜ、と感嘆の声を上げた。


 コンラッドとセレナの視界に映ったのは、背を向けたシルヴィアに斬りかかろうとしたグライアス王の末路であった。


 セレナ以外の誰もが気が付く事の出来なかったシルヴィアの神速の連撃。


 グライアス王にシルヴィアが背を向けた瞬間には、その身体はすでに只の肉の塊のように斬り分けられていたのだ。


「くくっ……あいつも動かなけりゃあ、あと数十秒は斬られたことすら気付かずに生きてたかもしれねえな。」


 低い笑い声を漏らすセレナの隣では、己の目指す予想を超えた壁の高さに絶句するコンラッドの姿が有った。


「おいおい、糞ガキ。 てめえ、何て顔してやがる。 剣技を教える上でシルヴィアが見せていたのが、あいつの全力だと思ってたのかよ?……手加減を知らないシルヴィアでもガキに仕込む以上は、多少は力を抑えるに決まってんだろうが。」


「……別に全力だなんて思ってませんでした。 ただ……少しでも魔王討伐の旅を終えて、シルヴィア様に近づけていたのではないかと夢を見た自分が恥ずかしいだけです。」


 唇を噛みしめるコンラッドの姿に、セレナは紫煙を吐き出しながら面倒臭そうに頭を掻く。


「……先に言っとくが、仲間の中でもセイルヴィアの剣を見切れる奴は俺と頭領のオッサンだけだぜ。 ま、旅立つ前に比べりゃお前も強くはなっちゃいる。

 ……いつかはお前に追い越されることもあるかもしれねえ。 けどな、まだ俺達よりお前は十は下なんだから、すぐに追い越されたら俺達の立つ瀬がねえだろうが。」


「……セレナ様……ありがとうございます。」


 己を励ますような言葉を掛けるセレナに、はにかんだ笑みをコンラッドは感謝の言葉と共に返す。


「シルヴィアっ! 欲しい者は手に入ったんだから、こんな湿気た所さっさと退散しようぜっっ!!」


 似合わないことをしたと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたセレナは、誤魔化すようにシルヴィアに向かって声を上げる。


 その声に応えるようにシルヴィアが指笛を鳴らせば、コンラッドとセレナの背後にあるステンドグラスごと壁の一部が吹き飛んでしまう。


「何がっっ?!」


 瓦礫と共に七色のステンドグラスが降り注ぎ、コンラッドが驚きの声を上げるなかで姿を現した巨大な生き物。


 艶やかに光る鱗に覆われた漆黒の力強い巨大な体躯と、天を舞う大きな翼を持つドラゴンが其処にいた。


 己の指笛に応えて姿を現したドラゴンに向かってシルヴィアは走り、驚きに固まるコンラッドを抱え上げ、セレナと共にドラゴンの身体を駆け上っていく。


 シルヴィア曰わく“蜥蜴”と呼ばれるドラゴンは主とその相棒、そして養い子を乗せて天高く舞い上がっていく。


「“リベルテ傭兵団”所属、“双黒の鬼神”シルヴィアが勇者コンラッドを貰い受ける…………異存があるならばいつでも私が相手をしよう。」


 天より降り注ぐシルヴィアの朗々たる声音を残し、ドラゴンは聖堂の上空を大きく一度旋回すると王都を揺らすほどの風圧で“リベルテ傭兵団”の本部目指して遠ざかっていくのだった……。




 勇者の身に起こった大国での一連の大事件は、“リベルテ傭兵団”の面々に密かに護衛されて聖堂内より退避していた各国の婚儀に参加していた貴族達の口によって世界に広まっていく。


 世界に“リベルテ傭兵団”の名を知らしめることになると同時に、拐かされた勇者の身を心配する声が上がる一方で、勇者の探索を行うと声を上げる国は無かった。


 ……そして、どんな大事件であっても時間の経過と共に人々の記憶から風化していき、忘れ去られていく。


 世界の表舞台から姿を消した“リベルテ傭兵団”と“勇者”の存在は、徐々に伝説として語り継がれていくことになる。


 ……だが、その名を語る愚か者が現れた際には必ずとある三人組が目撃され、瞬く間に名を語る愚か者を成敗するのだ。


 その三人組は金髪碧眼の青年剣士、深紅の髪を揺らす女拳闘士……そして双黒の傭兵なのだという……。

 



 此処まで読んで下さりありがとうございます。

 御陰様で無事に完結させることが出来ました。

 ハードボイルドを題材に書き進めてみましたが、その魅力を十分に描写できているか多々不安に思います。

 それでも、最後まで書き通すことが出来ましたのは温かく見守って下さいました皆様のお陰です。本当にありがとうございました。

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