第9話 頂点の激突
変貌した男たちは、じりじりとジアドへ詰め寄っていく。だがジアドは微動だにせず、一切顔色を変えることはなかった。
「……紛い物どもが。
我が直々に、本物の恐ろしさを教えてやろう。」
しかし、もはやその言葉は届いていない。
男たちは武器を構えることすら忘れ、理性を失った獣のように一斉に飛びかかる。
溜息を漏らすジアド。
彼には全てが視えていた。
まるで、弟子の児戯を窘める師のように、牙を剥く者は顎を砕き、殴りかかる者は腕を折り、突進する者は蹴り伏せる。
ジアドと彼らの差は歴然で、そこには違法薬物を使ったところで、決して埋まらない生物としての格の違いがあった。
「なんだあ?役に立たねえなー……
いや……お前が規格外なだけか。はっは!」
部下が次々に薙ぎ倒されても、ルシウスはニヤけた笑みを崩さない。
それどころか、自分の部下が潰される様を楽しんでいるようにすら見えた。
「……時間の無駄だ。
貴様が直接かかってこい。それとも、自分でやるのは怖いのか?」
ジアドは見下すような視線をルシウスへ向けた。薬物強化人間程度では、何人束になってもジアドに敵うわけがない。
「やっぱアンスロドープ程度じゃ、お前には意味ねえみたいだなー!?」
ルシウスは着ていた服を脱ぎ捨てた。
露わになった上半身は、まるで夜眼のような筋骨隆々の身体つき。
よく見れば足も夜眼のように太く、皮膚に浮き上がる血管は異様なほどに力強い。
「なんっだよ、その身体……?」
アクトは驚愕した。
耳はなく、瞳も青いままではあるが、その躯体は明らかに人間とは言い難い。
「お前まさか、亜人の血を……!
禁止されたはずの異種輸血適合者か……!?」
「おー?よく知ってんなあ。
そうだ、俺は20%が夜眼の血だ。楽しめそうだろ?ふはは!」
「なっ……!20%だと!?」
異種輸血は地下世界の誰もが知る禁忌。
対象者の血液を、夜眼の血液と入れ換えるという危険なものだ──
10%でそれなりの怪力。
20%でほぼ夜眼並み。
30%で亜人化が始まり理性が欠如。
40%以上では間違いなく死に至る。
しかも、適合しなければ力は得られず、半身麻痺などの重い後遺症だけが残る。
《だからこいつら……
ここ最近で、急に勢力を拡大したのか……!》
地下世界の各層には大小様々なファミリーが存在する。その中でも層全体に影響力を及ぼす四大ファミリーがあるが──
ガイアードファミリーはここ数年で、突然最下層を代表する一大ファミリーへと躍進を遂げていた。
《ルシウスが異種輸血に成功して……
それまで最下層を牛耳ってたファミリーを潰しやがったんだな……!》
「おい、ジアド!こいつは……!
あんたでも、さすがにやべえんじゃねえのか!?」
体格的にはジアドとルシウスは大差ない。
そこに夜眼の身体能力まで手に入れているなら、ジアドと互角になりかねない。
アクトの胸に不安が込み上げる──
だが、ジアドはその不安を払うように力強く言い放った。
「案ずるな。我は“夜眼の王”だ。
急造の“夜眼もどき”に、遅れをとるはずがなかろう。」
それは紛れもない、夜眼の王としての自負。
ジアドは両手の爪に力を込め、低く身構えた。鮮やかな金の瞳には鋭い眼光が宿る。
「いつでもこい──
王たる我が、胸を貸してやろう。ありがたく思え。」
「はっはー!“もどき”とは言ってくれるじゃねえか!?
そんじゃいっちょ──遊んでくれよ、王様あああああッ!!」
怒号を上げたルシウスは、床を踏み砕いて飛び出した。
その動きは、もはやアクトの目では追うことができない。気づけば二人は、建物を揺らす轟音とともに互いの拳をぶつけ合っていた。
皺を刻み睨みつけるジアド。
口角を引き上げ、不敵な笑みを崩さないルシウス。
幾重にも重なる鈍い衝撃音が、建物中に響き続ける。その攻防は、もはや人の域を超えていた。
拳をぶつけ、払い、避け、互いの隙を突くように再び拳を叩きつける。ジアドの鋭い爪の斬撃は紙一重で躱され、ルシウスの重い拳とナイフはジアドの目と鼻の先を空振る。
「なんだよ、おい……これが夜眼同士の戦いだってのか……!?
こんなの、そもそも生き物としての次元がちげえじゃねえかよ……」
アクトは圧倒された。
そして、打ちひしがれた。
もしジアドがいなければ、今頃リーリアを失っていたかもしれない。
どんなに気持ちを強く持ったところで、その事実は変わらない。そんな想いが胸をきつく締め付ける。
「俺もあの薬があれば……役に立てるのか?
いや……そうじゃねえな。あんなもんに頼ったって、どうせ何も出来ねえ……」
ジアドと出会ってから、悔しさばかりが押し寄せた。
しかし、それでもアクトは諦められない。リーリアを守れるのは自分だけだと、ただ信じたかった。
やがて、ジアドとルシウスの激しい攻防にも優劣がつき始める。
やはりジアドは強い。ルシウスも始めこそ互角だったものの、本物の耐久力には遠く及ばない。
「ぐっは……!ちぃぃッ!!?
確かに、“王”と名乗るだけのことはありやがるッ!!」
切れた口から血を吐き捨て、ルシウスは息を荒くしていた。
片腕はジアドの打撃を受け続けたせいか、力が入らず、だらりと下に垂れている。
「ふんっ。この程度か?
では、そろそろトドメを刺してやろう。」
ジアドは両手を広げ、指をビキビキと鳴らして力を込めた。
地獄から湧いた鬼のような形相でルシウスを見据え、足を踏み込んで床にヒビを刻む。
ジアドから漏れ出す禍々しい殺気は、次の一撃で命を刈り取られる未来を、ルシウスに予見させるほどだった。
「やってみろやああああッ!!!」
その圧を無視し、咆哮を上げたルシウス。
彼は歯を食いしばり、垂れた腕に無理矢理力を込めた。
そして──
二人は、同時に地を蹴り抜いた。




