第8話 予期せぬ反撃
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、ルシウスはアクトの指に添えたペンチへじわじわと力を込めていく。
溝の彫られた鉄が肌へ食い込むにつれ、アクトの背筋にはゾワリと悪寒が走り、身体中から汗が滲み出した。
「……っ!!」
鈍い痛みとともに軋み始める骨。
裂けた皮膚からは血が滲み、指先が震える。
「ゔぅぅッ!!」
《くっそいてええ……ッ!!》
それでもなお、アクトは歯を食いしばった。
その顔や苦悶の声を楽しむかのように、ルシウスはさらにペンチを捻り上げる。
「ぐああああッ!!」
思わず叫ぶアクト。
だが、たとえ指がなくなっても、リーリアやジアドのことを話す気にはなれなかった。
自分には身体を張ることしかできない。その後ろめたさだけが、彼の心を埋め尽くした。
その時──
庭の方から、突然犬たちの鳴き声が響いた。
続けて、外で待機していた黒服たちの苦悶の声も聞こえ始める。
「ぎゃうんッ!」
「きゃんきゃんッ!」
「ぐあッ!?」
「貴様、ここがどこだか──ぐふッ!」
アクトを囲む黒服たちは一斉にナイフを抜き、入り口を見据えて身構えた。
ルシウスも手を止めて立ち上がり、不快そうな声とともに鋭い眼光で扉を睨みつける。
「なにごとだあ……?」
《まさか……!》
アクトはすぐに察した。
ガイアードファミリーの屋敷に乗り込んでくる人間など、この街には一人もいない。
それこそ、薬で頭の飛んだ奴ですら来やしない。そんな頭のぶっ飛んだ奴は、“彼”以外にはあり得なかった。
「くっそ……!」
アクトの胸には安堵が広がった。
だが同時に、彼が来て安心している自分に苛立ちを覚えた。
次の瞬間──
入り口の分厚い扉が「ゴガンッ!」と重い音を立てて吹き飛んだ。
そこには、巨体を揺らし、怒りで顔に皺を刻んだジアドが、こちらを睨みつけて立っている。
《また俺は、あいつに助けられるのか!》
アクトは情けなさと痛みで震える手を握りしめ、歯を食いしばった。
そして、せめて邪魔にだけはなるまいと、ルシウスたちがジアドに気を取られている隙に黒服を突き飛ばし、ジアドの元へと走り出す。
「てめぇッ!!」
それを見たルシウスは、すぐさまアクトへ向けてナイフを投げた。
だが、瞬時に駆け込んだジアドがアクトの首元を掴んで引き寄せ、ナイフを床へ叩き落とす。
そのまま床へ転がったアクトが呆気に取られていると、ジアドは静かに口を開いた。
「途中から聞こえていたぞ。よくぞ耐えた。
貴様が──いや、アクトが命を賭けた以上、我もそれに応えねばな。」
そう言ってジアドはルシウスを見据え、建物中が揺れるほどの怒号を放つ。
「我はジアド・グラディウス!!
──貴様の命は我が貰い受ける!!!」
「はっは!いいねえーッ!
そっちから来てくれるなんてなあッ!!」
ルシウスは歓喜した。なぜかは分からないが、それほどにジアドを探していたらしい。
その証拠に、彼の表情には怒りも怯えもなく、ただ楽しげな笑みを浮かべている。
《あいつ、ジアドが怖くねえのか!?》
味方であると分かっているアクトですら、気圧されるほどの迫力と威圧感。
それにも関わらず、ルシウスはむしろ前のめりになり、まったく動じていなかった。
「てめえら、全員であいつを止めろッ!」
ルシウスの命令で、黒服たちは懐から注射器を取り出した。中には血を薄めたような赤い液体が入っている。
そして、彼らは躊躇う様子もなく、それを一斉に腕へ打ち込んだ。
《なんだありゃ!?あいつら何を……!》
黒服たちは息を荒くし、顔中の血管が浮き上がる。筋肉が膨張し、上着は裂け、そこには人間らしからぬ圧があった。
「おい!なんかやべえぞ、ジアド!」
アクトはジアドを制止しようと手を伸ばすが、触れる間もなくジアドはルシウスへ向けて飛び出し、衝撃で床がひび割れた。
だが──
ジアドが振りかざした剛腕を、黒服の一人が両腕を交差して受け止めた。
さらに、横へ飛んだもう一人がジアドの腹部へナイフを突き出すが、ジアドは正面の男を蹴り飛ばし、横からのナイフを叩き落とすと、その男も殴り飛ばす。
やはり、ジアドの速さも力も規格外だ。しかし、それでも黒服たちは立ち上がり、まだ戦える様子で構え直した。
それを見たジアドは一瞬目を見開き、すぐに顔を顰めてルシウスを睨んだ。
「ジアドの攻撃を防いだってのか!?」
アクトは驚愕した。相対していなくても、遠めで見れば理解できる。ジアドの攻撃は、生身の人間が防げるようなものではない。
《あの薬……まさか!?》
「まさか人間が……って顔だなぁ!ああ!?」
ルシウスは大きく開いた目でジアドを睨み、楽しげに声を張り上げた。そしてそのまま、黒服たちに向けて言い放つ。
「はっは!てめえら、ここで命懸けねえと……
生き残っても、俺に殺されるだけだぞー?ああ!?」
その言葉を受けた黒服たちは、今度は二本の注射器を取り出し、赤い液体をまた打ち込んだ。
筋肉はさらに膨れ上がる。目は獣のように血走り、牙すら生えているようにも見えた。
あまりにも異様な姿──
それはもはや、人間とは言い難いものだった。




