第7話 絶体絶命
薄汚れた街並みを抜けた先に、一際広い庭を備えた豪邸が姿を現した。
“豪華”というより“物々しい”といえるその屋敷は、最下層には似つかわしくない整った身形の男たちが、黒服に身を包んで佇んでいる。
見上げるほどの門をくぐり抜け、拓けた場所に車を停めさせるとルシウスは車から降りた。
同時に、アクトの首元を掴んだ黒服たちも、彼を引きずるように車から降りてきた。
「さてっと……お前ら、あの部屋空けてくれやー。」
「はい。今いる者はどうされますか?」
「もういらねーだろ。バラして犬にでも食わせとけ。」
「承知しました。」
黒服たちはすぐさま屋敷のそばにある建物へ向かった──
しばらくすると、大きな黒い革袋を抱えた二人組みが現れ、それをどこかへ運び去った。
《おいおいおい、マジかよ……》
それを見ていたアクトは、自分の考えの甘さと、ファミリーの闇の深さを痛感した。
だがそれでも、どうにかしてリーリアを守りたいという気持ちだけは消えなかった。
《なんとかしねえと……
あいつら完全に俺をナメてやがる。幸い拘束はされてねえ……!》
アクトはそっとポケットに手を入れる。そこには折り畳みのナイフが入っていた。
ゆっくりと取り出し、畳まれた刃をつまみ出すと同時に、男の太ももへ突き立てる。
「ぐあっ!?」
驚いた男が手を離した瞬間、アクトは咄嗟に走り出した。死に物狂いで、とにかく門の外へ向けて駆け抜ける。
だが──
黒光りする毛並みの数頭の大型犬が、アクトの周囲を取り囲んだ。
「ガルルルルルッ!!」
「くそったれ……!こんな数の犬……
庭なんかで放し飼いにしてんじゃねえよ!!」
“動物を飼う”なんて、この地下世界では奴隷を買うより難しい。しかもこんな大型犬、アクトは見るのすら初めてだった。
剥き出しの鋭い牙がアクトに迫る。
その時──
「お前らああッ!まてだああああッ!!」
庭中につんざくルシウスの声。途端に犬たちはその場で頭を伏せ、子犬のような鳴き声を漏らした。
ゆっくりとアクトへ歩み寄ったルシウスは、アクトの顔を覗き込み、眉を寄せて睨みつける。
「とりあえず話聞きてえだけだからよー。
……大人しくついてきてくんねえかなー?」
「信じられるかよ!どうせ俺も……
すぐに、こいつらの餌にされんだろ!?」
ルシウスは背筋を戻し、めんどくさそうに視線を上げる。
そして視線を戻すと同時に、握った拳の甲でアクトを殴りつけた。
「信じるとか信じないとかじゃねえーんだよ!!
俺はてめえに命令してるってわっかんねえのか!?ああ!!?」
その迫力はジアドとは別物だが、やはり彼も“支配者”の一人であると、突きつけられるような重さがあった。
よろけたアクトは言葉を詰まらせ、口の中に滲んだ血を吐き捨てると静かに頷いた。
「わ、わかった……」
返事を聞いたルシウスは、不気味に口角を引き上げる。どこか満足した様子でアクトを例の建物へ案内した。
「わかりゃいいんだよ。もう、無駄な抵抗はすんじゃねえぞー?」
ルシウスの後を黙ってついていくアクト。その後ろは黒服たちに塞がれていた。
向かった建物は屋敷に似た造りだが、屋敷とは異なる嫌な気配が漂っている。
中に入ると、外観からは想像もできないほど無骨な内装だった。
剥き出しのコンクリートの壁と、床には排水溝があり、所々に乾いた血の跡がこびりついている。奥には数脚の椅子と、見慣れない工具が並べられた机が置かれていた。
《やっぱり、拷問部屋じゃねえか……!》
入り口はすでに黒服どもが固めている。アクトは息を呑み、そっと覚悟を決めた。
ルシウスは、一番奥にぽつりと置かれた椅子に座るよう促し、自身も適当な椅子を手に取って腰掛ける。
「まあ、そこに座れ。」
「……」
ギシッ──
沈黙したまま椅子に座るアクト。
収まりそうもない動悸を必死に落ち着かせようとしていると、ルシウスの口から予想もしない言葉が飛び出した。
「早速だけどなー、クリプトの件はお前次第でチャラにしてやってもいいぜー?」
「なっ!?」
アクトは思わず身を乗り出し、声を上げた。
ガイアードファミリーのボスが、息子を手にかけたかもしれない相手に放つ言葉とは思えない。
「どういうことだ!?」
「アイツぁ、威勢だけで、ろくに使えねえクズだったからなぁ。
まあ、息子だから大目に見てやってたが、殺してくれて手間が省けたぜー?はっは!」
「じゃあ、なんで俺を……?」
ルシウスは懐からタバコを取り出し、火をつける。
深く息を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出すと、鋭い矢のような眼光をアクトへ向けた。
「あのデケえ夜眼……ありゃなんだ?
それと、クリプトの後ろにいた雌の夜眼もだ。」
アクトは視線を落とし、押し黙った。
命の恩人であるジアドも、もちろんリーリアの存在も、こんな連中に話すわけにはいかない。
「だんまりかー?めんどくせえなー。
おーい、そいつが暴れねえように押さえろ。」
ルシウスが気怠そうに指示を飛ばすと、黒服の男たちがアクトを椅子に押さえつけた。
アクトは必死に抵抗するが、男たちは人間にしては力が強く、まったく歯が立たない。
「おい!離せッ!!」
《こいつらの力……どうなってんだ!?》
立ち上がったルシウスはそばにあったペンチを手に取り、アクトの前に立った。
冷ややかな視線で彼を見下ろすと、憐れむように嘲笑を浮かべ、アクトの腕を掴んだ。
「どの指からちぎられてえんだ?なあ?」
開いたペンチをそっと指に添える。
その声には、一切の容赦がなかった──




