第10話 異例の適合者
踏み砕かれた床が巻き上がる。
ジアドとルシウスが空気を裂いて衝突しようとした、まさにその瞬間だった──
轟音とともに建物の壁が破られ、何者かの影が二人の間へ飛び込んだ。
ジアドもルシウスも動きを止める。
そこには、低く構え、二人の攻撃を同時に受け止める“女”の姿があった。
《誰だ……!?いや、それよりあの姿……!》
揺れる白銀の髪。鋭く輝く金色の瞳と小麦色の褐色の肌。夜眼のような耳や尾こそ生えていないが、その容姿はまるでジアドのようだった。
「ジアドにそっくりの……人間の女……?」
攻撃を止められたジアドとルシウスは、互いに飛び退いて距離を取る。
二人が退いたのを確認し、女は立ち上がりながらゆっくりと顔を上げた。
その顔立ちはルシウスに似ている。
190cmほどの長身に、女性とは思えない逞しい筋肉を纏っていた。
「貴様……何者だ?」
ジアドが警戒して問いかける。
不意を突かれたとはいえ、自身の渾身の一撃が受け止められたことに、少なからず驚いているようだった。
「ベル、てんめえ……!!
男の勝負にケチつけてんじゃねえぞおおおッ!!!」
女に向けて怒号を飛ばすルシウス。
満身創痍でありながらも、決して衰えない威圧感だけは圧巻だった。
ベルと呼ばれた女は呆れたように溜め息を漏らし、ルシウスへ言い放った。
「何言ってんだ、クソ親父。
あたしが止めなきゃ、あんた死んでたぞ?」
「え?ルシウスの……娘……?」
アクトは驚きの声を漏らした。
だとしても、あの姿と力はどういうことなのか。とても普通の人間とは思えない。
「まさか……娘も適合者なのか!?」
「おめえ、色々と勘が働くなあ!
そうだ。ベルも適合者……しかも、換血率は30%だ。」
「30%!?まてまて……!じゃあ、なんで理性があんだよ!?」
換血率30%──
それは本来、亜人化が始まる代償として理性が失われる領域だ。
圧倒的な力と理性の共存は、純粋な亜人である夜眼にしか備わっていない特性のはず。
「詳しくは知らねえが、俺の娘だからなあ!
ベルは選ばれた人間ってことじゃねえのかあ?
クリプトは10%が限界のカスだったけどなあ!はっは!」
その言葉に、ベルは一瞬だけ顔を顰めた。
すぐに表情を戻した彼女はジアドへ向き直ると、カツカツと靴音を響かせて近づいていく。だが、そこに敵意は一切感じられなかった。
「なんだ、次は貴様が相手なのか?」
ジアドも口ではそう言うが、ベルに敵意がないことは察していた。
彼の放つ声には、先ほどまで見せていた圧倒的な威圧感は宿っていない。
「あたしはベリアル・ガイアード。あのろくでなしの娘だ。
実は、折り入って相談がある。あんたたちへの非礼は詫びよう。
うちは部下も潰されているし、親父ももう戦えない。
ここは一つ……あたしに免じて手打ちにしちゃもらえないか?」
「ほお……?我は別に、貴様が相手でも構わんぞ。」
ジアドはどこか好奇心を滲ませていた。
恐らく、彼女の内に潜む“強者の気配”を感じ取ったのだろう。
彼の中で燃える王者としての本能が、戦いを求めるように昂っていた。
「そんな雄々しい気配を向けないでくれないか?
あたしまで……昂ってくるじゃないか。ふふっ。」
ベルは余裕の笑みを浮かべた。
そこには自らの力への確かな自信と、圧倒的強者であるジアドへの敬意が見えた。
《あのジアド相手に挑発してやがる……!》
アクトの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
それは純粋な強さへの羨望と、絶対的強者たちのぶつかり合いへの期待が混ざる、不思議な胸の高鳴りだった。
「くっそ……!勝手に話進めやがって……
仕方ねえ。おい、てめえら!あいつらを屋敷に案内してやれえ!」
「我はまだ、話に応じるとは言っていないぞ。」
腕を組んで不快そうにするジアドだが、彼も戦いの終わりは感じ取っていた。
それにジアドも、途中から現れたベルが気になっている様子だった。
白銀の髪に鮮やかな金の瞳、そして褐色の肌。それは白変種の特徴であり、ジアドと同じ“特別な夜眼”であることを示している。
つまり彼女に現れた変化は、“特別な夜眼の致死量の血”を抜き取り、自らに取り込んだ証と言える。
「あたしはここでやる気はないんだが……
どうしてもっていうなら相手になるよ。ただ……やるからにはその命を貰う。」
女でありながら、ジアド相手に一切臆さない不遜な態度。
それを見たジアドは目を見開き、珍しく大きな笑い声を上げた。
「ふふ……あはははは!“我の命を貰う”とは、なんと豪気な女だ。
気に入った!その話とやらを聞いてやろう。ただ……一つだけ条件がある。」
「なんだ?」
ベルが眉を寄せ、首を傾げた。
「貴様の血……誰のものか教えろ。
我の知る限りでも、白変種はそう多くないはずだ。」
ベルは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて静かに口を開いた。
「……わかった。親父も構わないな?」
「ちっ……!仕方ねえ、好きにしろやあ。」
アクトは唖然としていた。
戦いが終わったと思ったら、今度は突然の話し合い。これまでの怒涛の時間が嘘のようだ。
「な、なんだよ……どうなってんだ?」
戸惑うアクトをよそに、ルシウスとベルは屋敷へ向かう。
そして、意識の残っていた黒服たちの案内の下、アクトとジアドもその後へ続いた。




