第11話 ガイアードの真意
最下層らしくない豪奢な佇まいの屋敷とは裏腹に、中はどこか物々しい空気を漂わせていた。壁には高価な装飾が並び、床は大理石で出来ている。
だが、その美しさには似合わない黒服の男たちが要所に立ち、来る者を見定める鋭い視線を向けていた。
《まさか、俺みたいな最底辺の人間が……
ガイアードファミリーの屋敷に入ることになるとはな……》
アクトはきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた。そのままジアドに歩み寄ると、彼の太い腕をつつき、囁くように声をかける。
「おい……リーリアは大丈夫なんだよな……?」
「ん?ああ。ちゃんと目立たないところに隠れているよう言ってある。問題ない。」
その言葉を聞いたアクトは、ひとまず安堵の息を漏らした。ジアドの後ろを歩きながら、長い廊下を抜けていく。
すると、前を歩くルシウスとベルの前に、焦茶色の分厚い扉が見えてきた。
「ここだ。」
ベルが扉を押し開ける。
中には、大きな一枚板の円卓と、それに合わせた艶のある黒木の椅子が並んでいた。
ルシウスはズカズカと奥まで進むと、一番高そうな飾り彫りの椅子に座り、円卓の上へ足を投げ出す。
「適当に座ってくれ。」
二人が入るのを待っていたベルが促すと、ジアドはドカリと椅子に腰掛け、アクトは恐る恐る周りを確かめながら座った。
「それで、相談とはなんだ?」
ジアドが唐突に口を開き、アクトはただ黙って見守っていた。
彼の気の早さに、ベルは呆れたように溜め息をつき、早速“相談”についてを語り始めた。
「王という割にはせっかちなことだ。
じゃあ早速……相談というのは、恐らくあんたの目的にも通じているはずだ。」
ベルの言葉にジアドは眉を寄せた。
怒るというほどではないが、少し圧を強めて彼女へ問いかける。
「……どういうことだ?
我の目的を、貴様らが知っているというのか?」
ジアドの様子を見たベルは、薄っすらと笑みを浮かべて両手を広げると、ある意味では彼を挑発するかのように話を続けた。
「あたしたちは仮にも、この層全体を仕切るファミリーだ。
情報網に関して、あんたたちに遅れをとる道理はないだろう?」
一瞬、ピクリとジアドの耳が動く。
アクトはハラハラしながら二人の会話に耳を傾けていた。
だがジアドは、意外にも落ち着いた様子でベルとのやりとりを続ける。
「それもそうだな。武力では勝るとも……
情報という点に関しては、恐らく貴様らに歯は立つまい。」
アクトは驚いて目を見開いた。
あのプライドの高いジアドが、先ほどまで戦っていた相手に弱みを突かれ、それをあっさり認めるとは思わなかった。
「あはは。ずいぶん潔いじゃないか。
それで本題だが、あんた……セントラルを潰したいんだろ?」
「は!?セントラルを潰すだって!?」
アクトは思わず声を張り上げ、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
すると、ルシウスから鋭い眼光を浴びせられ、アクトはゆっくりと席に戻る。
「落ち着け、アクト。お前たちを連れ出すと決めた以上、いずれ話すつもりだった。
ベルだったか。貴様らの言う通りだ。我は戦力を集め、近い将来必ずセントラルを潰す。」
ジアドの表情は変わらない。
だが、その瞳にはただならぬ気配が宿っていた。
《まさか、ジアドが未登録の夜眼を集めてんのは……そのためだったのか?》
アクトは考え込んでいた。
もしそうなら、わざわざ危険を冒してまで、ジアドが最下層に現れたことにも合点がいく。
「実は、あたしたちも奴らを潰したいんだよ。
“親父は”地下世界の頂点に立ちたいと考えてる。
つまり、あんたとあたしたちの利害は一致してるってことさ。」
ジアドは険しい顔を浮かべながら腕を組み、椅子の背に深く身を預けた。ベルの目をじっと見つめた彼は、やがて静かに口を開く。
「貴様らと手を組めということか?我にどんなメリットがある?」
すると、それまで黙っていたルシウスが、机に上げていた足を音を立てて下ろし、イラついたように声を張り上げた。
「メリットだあ!?俺たちから狙われなくなるってだけでもありがてえと思えやボケがああッ!!」
突然のルシウスの悪態に、ジアドは眉間に皺を寄せ、彼を睨みつけながら指先に力を込める。
「ほお……やはり殺しておく方がよかったか?」
部屋は瞬時に、ビリビリと空気を揺らす張り詰めた気配に包まれた。
アクトは思わず身を震わせ、息を呑む。その空気を遮るように、ベルが大きく溜め息をついて声を上げた。
「やめろ、親父!ジアドも!二人とも落ち着いてくれ。
あたしたちが争ったところで、それこそ何のメリットもないぞ。」
「……それもそうだな。」
ベルの言葉には素直に従うジアドを見て、アクトは呆気に取られた。
どうやらジアドは、本当に彼女を気に入っているらしい。自分も友人と呼べる仲ではないが、なぜか複雑な気分になった。
「……ったく。しゃーねえなあ……
俺たちに協力するってんなら、ひとまず最下層では自由に動けるようにしてやる。
亜人管理局の連中も、金さえ渡しときゃあ雌一匹くらい見逃してくれるだろうよお。」
「ほんとか!?」
ルシウスの信じられない言葉に、アクトは大きな声を上げた。
まさか、リーリアと自由に外を歩ける日がくるなんて、アクトは夢にも思わなかった。
「ああ。ファミリーの誓いに二言はねえ。
ただし、そこの夜眼の返事次第だがなー。」
アクトは歓喜したが、同時に後ろめたさも感じていた。
結局はジアドに頼ることになる。自分の力ではないことが、これまで以上に身に染みた。
「……わかった。貴様らに協力してやろう。
アクトたちを連れて行くにしても、その方が都合がよさそうだからな。」
「ジアド……すまねえ。俺たちのせいで……」
「ははは。気にするな。あの時……
お前に関わった時点でこうなる運命だったというだけだ。」
「はは。そりゃ……そうかもしれねえ。
ありがとな。この恩はいつか必ず返すぜ。」
「ふむ。楽しみにしておこう。」
アクトとジアドの間には、どこか友情のようなものが芽生えつつあった。
そんな二人のやりとりを見ていたベルが、ジアドたちへ声をかける。
「じゃあ、あたしから今後の話をしよう。
親父は傷の手当てでもしてきたらどうだ?」
「……ちっ!じゃあ、あとは頼んだぞー。」
ベルに促されたルシウスは部屋を後にした。
彼を見送ったベルは二人へ向き直ると、深く息を吐き、今後についてを語り始めた。




