第12話 ベルの真意
ルシウスを見送ったベルは、それまでに見せていた険しい気配をふっと緩めた。
肘掛けに腕を預け、どこか肩の力を抜いた様子で語り始める。
「はぁ……二人とも悪かった……
親父はいい歳して短気でな。あたしも手を焼いてるんだ。」
深い溜め息とともに呟くベルに、アクトはなぜか共感めいたものを覚えて苦笑した。
まだ出会って間もないが、ジアドも大概短気だと言える。アクトはジアドを眺めながら、小さく溜め息を漏らした。
「アクト……今、我に呆れたな?」
「いやいやいや!そんなこたねえよ!」
《野生の勘か……!?》
アクトはびくりと身体を震わせ、慌てて両手を横に振った。ジアドは訝しげにアクトを見据え、大きく鼻息を鳴らす。
「ふんっ、まあいい。それで?
今後の話とやらを聞かせてもらおうか。」
「……ああ。ただ、その前に一つ……
あんたたちに、はっきり言っておきたいことがある。」
再び険しい表情を浮かべたベルは、どこか重々しい空気を纏っていた。顔の前で両手を組み、二人に鋭い眼光を飛ばす。
「親父はな……あたしですら武器の一つくらいにしか思っちゃいない。あたしは親父を……奴を始末したいんだ。」
「は……?あんた、娘じゃねえのかよ!?」
アクトは驚きのあまり声を上げた。
ルシウスは確かにクズだが、口ぶりからしてベルを大事にしているように見える。
それにも関わらず、まさかベルが、父親を始末したいと口にするとは思わなかった。
「……なぜだ?」
ジアドは微かに驚きつつも、どこか興味深そうに問いかけた。
ベルの放つ重々しい空気には殺気のようなものが混ざっており、ジアドはその訳が気になる様子だった。
「これは、ジアドが気にしていた件にも通じてる。
つまり……あたしの身体に流れる夜眼の血についてだ。」
ベルの言葉にアクトは息を呑んだ。
隣に座るジアドも珍しく黙ったまま、静かに耳を傾けている。
「おかしなことを言うようだが……あたしは、夜眼が好きだ。
10年ほど前になるが、あたしは夜眼の男と出会い、そして恋に落ちた。」
《おいおい!まじかよ……!?》
アクトは口にこそ出さないが、叫びそうになるほどの衝撃が走っていた。
人間と、奴隷である夜眼の恋愛など、決して許されるはずがない。ましてや、都市を牛耳るファミリーの娘ならなおさらだ。
「……ジアドに似た、白銀の髪を持つ勇ましい男だったよ。でもね……
関係を持って2年ほど経った頃、親父に見つかって……奴は、あたしを人質にして彼を殺したんだ。」
「なっ!?」
拳を固く握るベルは声を震わせていた。
アクトは驚くと同時に、ルシウスという男を心底軽蔑した。
まさか、自分の娘を盾にしてまで夜眼を殺すなんて。クリプトもクズだったが、ルシウスはそんなもの非じゃないほどのクズだった。
「……そうだったのか。しかし……
白銀の夜眼などそうはいない。その男の名は……ザストというのではないか?」
「あんた、彼を知ってるのか……!?」
思いがけないジアドの言葉に、ベルはガタリと音を立てて立ち上がった。
その瞳は、かつて恋焦がれた男の影を、今も鮮明に映しているようだった。
「ああ。よく知っている。そして……
貴様──いや、ベルの強さにも納得がいった。」
「ど、どういうことだよ……?」
アクトが尋ねると、ジアドの口からも驚きの内容が飛び出した。
「ザストは我の兄だ。そして、兄ザストは先代の夜眼の王だった。」
「なっ!?」
「それは本当か!?」
アクトとベルは同時に声を上げた。夜眼の王と呼ばれる亜人が人間の女と心を通わせていたという事実。
そして、自分が愛した男が、御伽噺でしか耳にしたことのない夜眼の王だったという衝撃。二人は、それぞれが驚き隠せずにいた。
「しかしなぜ、兄の血がベルに輸血されたのだ?」
ジアド自身も、兄が人間と関係を持っていたことに驚きつつ、異種輸血の経緯についてをベルに尋ねた。
「まあ、隠す気もないが……当然肉体関係を持っていたからな。
恐らく、その影響で亜人の血に耐性が出来ていたんだろう。
それを見越した親父が、人体実験ついでにあたしにザストの血を30%ぶち込んだって訳さ。」
「……あっの野郎……!!」
「救いようのない下衆な男だな。」
アクトとジアドは呆れと怒りで顔を歪ませた。
ベルは苦笑いを浮かべながら、二人を宥めるように言った。
「おかげであたしは最強の半亜人になって、親父は万々歳。
あんたたちから見て、あたしを大事にしてるように見えるのはそのためだ。」
「恨んでんなら、なんですぐに始末しねえんだ?あんたなら勝てんだろ?」
笑みを浮かべるベルに対し、アクトは身を乗り出して問いかけた。
力のなさを悔いる出来事ばかりが続いたアクトにとって、強大な力があるのに行動しないベルに苛立ちを覚えていた。
「……アクト、だったか?
見た目通り、お前はまだまだガキのようだな。」
「なんだとッ!?」
凄むアクトに、ベルは鋭い眼光を飛ばす。
そこには裏の世界を生き抜いてきた者の、本物の威圧感があった。
「力だけで解決できるほど、甘い世界じゃあないんだよ、ガキが。
ましてや、何の力も持たない底辺のクソガキが、粋がってんじゃねえぞ。」
「……くっ!!」
今にも押しつぶされそうなベル気配に、アクトはただ押し黙るしかなかった。
確かに、ジアドがいなければ自分がこの場にいることすらあり得ない。こうやってベルと口を聞けているのも、ジアドがいるからだ。
「す、すまねえ。でしゃばっちまった……」
アクトの言葉に、ベルは目を見開いた。
裏の世界しか知らないベルにとって、素直に頭を下げる人間は珍しい。
皺を刻んでいた顔を緩めたベルは、大きく口を開け、豪快な笑みをアクトに向けた。
「あはははは。すぐに弱さを認められるのは、いつか強くなる奴の証だ。
お前もなかなかいい男じゃないか。どうせこの先の話もしなきゃいけないし、あたしが裏の世界を教えてやるよ。」
そう言ってベルは、この地下世界に渦巻く闇と、セントラル打倒についてを語った。




