第5話 期待を胸に
瓦礫に埋もれたクリプトの前で、ジアドは静かに立ち止まった。
手を斬り落とされた血まみれの腕を掴み、クリプトは奇声を上げながらジアドを睨みつける。
「ぐぞおおッ!よくも俺の腕をおおおッ!!」
痛みに耐えきれず、締まりのなくなった口からは汚い唾が垂れ、目は血走り、気が触れたように顔を歪めている。
「……最初の威勢が嘘のようだな。
人間とはこうも醜くなれるのか……穢らわしい。」
侮蔑の視線を向けるジアドに、クリプトは手当たり次第に瓦礫を投げつけた。
その姿には、怯えた獣が他に何もできず、ただ吠え散らかすかのような醜さがあった。
「俺を見下すんじゃねえッ!!
使い捨てのゴミクズ亜人がああああッ!!」
ジアドは大きく溜め息をつき、右手の爪に力を込めた。
「……耳障りだ。」
その一言とともに、鋭い風切り音が鳴った。
クリプトの甲高い声は止み、顎から下だけを残して頭部が床に転がり落ちる。
《なんつう容赦の無さだ……》
アクトは言葉を失った──
この場にいた全員の命を奪ったにも関わらず、ジアドの顔には何の感慨もない。
それどころか、その瞳には、まるで羽虫を潰すかのような冷酷さが宿っていた。
《まさか、次は俺も……》
アクトは密かに覚悟を決めた。それほどに、ジアドの“人間”に対する気配は禍々しい。
だが、アクトは震える手を固く握りしめ、ジアドを見据えて声を上げた。
「ありがとう!あんたがいてくれなきゃ……
俺は、リーリアを助けられなかった。感謝してもしきれねえ……!」
「誰かわかんないけど……ありがとう、おじさん!!」
二人の言葉に、ジアドの耳がぴくりと反応した。振り返った彼は、なぜか顔に皺を刻んだまま、ズカズカと二人へ向かってくる。
その形相はどう見ても怒っている。それに、さっきまでとは違った威圧感を放っていた。
《や、やっぱり俺も……!?》
アクトは思わず目を閉じた。だが──
立ち止まったジアドは何もせず、こちらを睨みつけている。いや、リーリアを睨んでいた。
「我は“おじさん”ではない!まだ24だ!」
尊大で、雄々しい佇まいからは想像もつかない言葉を浴びせられ、二人は唖然とした。
「いやいやいや、そのなりで24だあ!?
あんた、どう見てもおっさんじゃねえかよ!」
「貴様……どうやら死にたいようだな……」
「やめて!?ほら、アクト兄謝って!!」
「いや、謝るのはお前だろ!?」
さっきまでの重苦しい空気が嘘のようなやりとりに、ジアドは思わず顔を緩めた。
「くくっ……あはははは!まったく、不思議な奴らだ。
それで……お前たちはこの先どうするつもりだ?」
「そ、それは……」
アクトは改めて、自分たちの置かれた状況を理解した。こんな惨状、絶対に誤魔化せない。
ましてや、ボスの息子であるクリプトが死んだとなれば、ガイアードの連中が黙っているはずがない。
さらに言えば、あいつらは立場を使って揉み消せるからと、普段から監視カメラを気にしていなかった。
《ジアドは速すぎてピンボケしてるだろうが……
クリプトたちといるリーリアの姿は、確実に写っちまってるな……》
クリプトたちの遺体が見つかったら、確実にリーリアが疑われる。そうなれば、彼女が未登録夜眼であることが、亜人管理局に知られるのも時間の問題だ。
その時、アクトはジアドと出会った時の言葉を思い出し、思い切って彼に尋ねた。
「なぁ、ジアド。あんた夜眼を探してるって言ってたよな?
てことは、見つけたらあんたたちの住処に連れてってくれるのか?」
ジアドはアクトを見据え、頷いた。
「我の目的は、未登録の夜眼を探し出すことだ。
残念だが……管理された夜眼は連れて行けぬのでな。」
その判断は間違っていない。
この地下世界で暮らす夜眼は、亜人管理局によって厳しく頭数管理されている。
管理ナンバーを割り振られた夜眼を連れ出せば、追跡されて間違いなく居場所がバレる。
すると突然──
アクトは深々と頭を下げた。
「なら、リーリアを頼む!俺は……
この街を離れて、どっか適当に身を隠す。」
「えっ!?」
リーリアは驚き、一瞬息を止めた。
だが、すぐに涙を溜めて怒りを露わにする。
「そんなのダメに決まってるじゃん!
アクト兄を置いてくなんてあり得ない!!」
「んなこと言ったってお前!
捕まったら何されるか……もし殺されてもいいってのか!?」
二人が激しく言い合う中、ジアドは呆れた様子で腕を組み、アクトへ思いがけない言葉をかけた。
「おい、人間。アクト、だったか?
貴様は人間だが、我の知る者たちとはどこか違う。
我と共に来い。まあ、国の者が歓迎するかは保証できんがな。」
アクトは顔を上げて固まった。
ついさっき、あれほど冷酷に人間を殺した夜眼の王が、人間である自分を夜眼の国へ来いと言っている。
「まさか……俺は喰われちまうのか……?」
「貴様……やはり死にたいらしいな……」
「わあ!?すまねえ!!
いや、でも……俺ぁ人間だぜ?いいのか?」
恐る恐る尋ねるアクトに、ジアドは不敵な笑みを浮かべて告げる。その声には、どこか“期待”のようなものを滲ませていた。
「構わん。我は貴様に興味が湧いた。
もし見込み違いなら、我が自ら刻んでやるまでだ。」
冗談なのか本気なのか、アクトには計りかねる言葉だった。
だが、今の彼に選択肢はない。これまでの境遇と、この状況を考えれば願ってもない話だ。アクトは悩む間もなく立ち上がった。
「それでいい!よろしく頼む!」
「はは。いい度胸だな。よし、ではついてこい。」
ジアドは颯爽と倉庫を後にした。
慌ててリーリアを立ち上がらせたアクトは、その背を追って二人で倉庫を飛び出した。
自らの弱さに打ちひしがれていたアクトと、隠れて暮らすしかなかったリーリア。
そんな二人の胸は今、未来の不安を覆うほどの、未知の世界への期待で満ち溢れていた。




