第4話 王の力
倉庫の壁を切り裂いて現れた夜眼。
逆立つ白銀の髪と褐色の肌を持ち、金色の瞳が鋭い眼光を飛ばす。
筋骨隆々の身体と2メートルほどの巨躯は、ただ立っているだけで空気が震えるほどの迫力を纏っている。後ろに控えるアクトは、その圧倒的な気配に思わず息を呑んだ。
《なんっだよ……こいつ、こんなデカかったのか……?》
崖で助けられた時は暗闇でよく見えなかったが、倉庫の薄明かりに照らされたジアドの姿は、まさに“王”の名に相応しい威容だった。
「なんだぁ?てめえ……夜眼か?」
それでも、身長だけなら負けていないクリプトは、ジアドを目の当たりにしても余裕ぶって息巻いていた。
夜眼というだけで見下している彼は、ジアドを“多少ガタイのいい夜眼”程度にしか思っていない。だが、取り巻きの男たちは違った。
「おい、クリプト……
さすがにあれは、ヤバいんじゃないか?」
「なぁ……あんな夜眼、見たことねえぞ……」
夜眼は確かに人間より身体能力に優れているが、ジアドほど圧倒的な者はまずいない。
そもそも、岩壁を自由自在に、まるで飛ぶように駆け回るリーリアですら珍しいくらいだ。
「てめえら、夜眼なんぞにビビってんじゃねえぞ!
まったく……情けねえなぁ!いいからやっちまえ!」
クリプトの怒号に、男たちは顔を見合わせながらも逆らえず、覚悟を決め、一斉にジアドへ飛び掛かった。
「愚かな人間風情が……!」
顔に深々と皺を刻んだジアドは、両手の爪を剥き出しにして低く身構える。そして次の瞬間、まるで撃ち放たれた弾丸のように飛び出した。
男たちの隙間を縫う風。
瞬く間に走り抜けるジアド──
「うがっ!?」
「ぎあああ!俺の腕がッ!!」
「ごふっ……!」
後に残ったのは、喉を裂かれ、腕を落とされ、腹を突き刺されて血反吐を吐き、無様に悶え苦しむ男たちの姿だった。
「おいおいおい……!なんだその動き!?」
ようやくジアドの恐ろしさに気づいたクリプトは、血の気が引き、青ざめた顔で後ずさる。
身体中から汗を吹き出し、先ほどまでの威勢が嘘のように、みっともなく膝をガタガタと震わせた。
《夜眼ってこんなヤべえのか……?
それとも、こいつが特別なだけ……?》
アクトも呆然としていた。あの一瞬で、何が起きたのかまるで理解できない。ジアドが身構えた直後、気づいた時には血まみれの男たちが床に転がっていた。
「……っ!あれは!!」
目を凝らした視線の先──
アクトは、クリプトの後ろにいるリーリアを見つけて叫んだ。
「リーリア!今助けるからな!!」
「アクト兄!?」
リーリアは壁に繋がれた鎖をガシャリと鳴らし、縛られた手足で必死に身を乗り出す。
だが、彼女へ駆け寄ったクリプトが、その髪を鷲掴みにして醜く怒号を飛ばした。
「い、痛いッ!!」
「それ以上近づくんじゃねえ!!こいつ殺すぞ!?」
「くっ!?てめえ……!!
薄汚ねえ手でリーリアに触んじゃねえッ!!」
アクトは怒りに任せて懐からナイフを取り出した。しかし、リーリアの首元に刃を突きつけられ、彼には成す術がない。
「ちっくしょぉ……ッ!!」
リーリアが目の前にいるのに、何もできない。その情けなさがアクトの胸を締め付けた。
人質が夜眼であるにも関わらず、本気で怒りを滲ませるアクトを横目で見たジアドは、薄く笑みを浮かべて呟いた。
「……どうやら、貴様の想いは本物のようだな。」
次の瞬間──
ジアドの姿が消えた。
「なっ!?」
ほんの刹那でクリプトの懐へ飛び込んだジアドは、彼が視線を向ける暇もなく、ナイフを持つ手を爪で斬り飛ばした。
続けてジアドがクリプトの腹を蹴り抜くと、その身体は宙を舞い、端に積まれた瓦礫へと叩きつけられる。そのままリーリアの鎖と枷を切り飛ばしたジアドは、ゆっくりとクリプトへ向かい歩き出した。
「リーリアッ!!」
その隙にリーリアへと駆け寄ったアクトは、急いで上着を彼女の肩にかけた。リーリアはアクトを見つめたまま涙を浮かべ、彼の胸に顔を埋める。
「アクトぉ!怖かったよぉぉぉッ!!」
「ごめんな……俺が気ぃ抜いたせいでこんな……」
「私こそ、ごめんなさいぃぃ!アクトに迷惑かけてばっかりでぇぇぇ!うぇぇぇ!」
リーリアはアクトの存在を確かめるように、強く彼を抱きしめた。
アクトの胸には安堵と情けなさが込み上げ、堰が切れたように泣くリーリアを、ただ黙って抱き返すことしかできなかった。




