第3話 夜眼の王
クールタイムの静寂が街を包む中──
部屋に閉じこもったまま寝ていたアクトは、喉の渇きでふと目を覚ました。
剥がれかけた壁紙を指でなぞりながら、電灯のスイッチを探す。電力を抑えた薄明かりが部屋を照らし、アクトはキッチンへ向かった。
「はあーぁ……目が覚めちまった。まだ3時か。
なんだよ。リーリアの奴、まだ帰ってねえのか?」
いつもならとっくに帰ってきているはずだ。
アクトは胸に微かな不安を抱きながら、30分ほど起きて待ってみたが、やはりリーリアが帰ってくる気配はない。
「あいつ、怪我でもしたんじゃ……!」
夜眼が人間離れしていることは、長年の生活でよく知っている。
だからこそ、普段なら戻るはずの時間に戻らない彼女を、アクトは心配せずにいられなかった。
「くっそ……明るくなるとまずい……!」
そばにあった暗視ゴーグルと集光ライトを掴んだアクトは、慌てて家を飛び出した。
岩壁や足場、建設途中の街に至るまで光を当てて目を凝らし、リーリアの影を必死に探す。
──数十分後
やはりリーリアは見つからない。
「あのバカ!あと1時間ちょっとでデイタイムになっちまう……!」
5時頃になれば、街を照らす天蓋灯が作動し始める。そうなれば、耳や手足の毛皮で夜眼だとすぐにバレる。
男なら、この街では作業員として誤魔化せる可能性もあるが、こんな時間に出歩かない女の夜眼は誤魔化せない。
「下手に名前叫べねえし……くそったれ!!」
その時だった。大穴の少し下の足場に、ライトを反射して光る何かがあった。
アクトは暗視ゴーグルの倍率を上げ、光の範囲を絞ったライトを当てながら目を凝らす。
「あれは……!リーリアの耳飾りじゃねえか!!」
一気に血の気が引いた。
その下の、建設途中の街へ再びライトを向け、必死にリーリアの姿を探す。
でもどこにも姿はない──
「降りるしかねえ……!」
アクトが岩壁の足場へ足をかけた瞬間。
「ガゴッ!」と音を立てて緩んでいた足場が抜け落ち、アクトの身体が宙に浮く。
「まじかよ……!!」
まさに落下し始めたその瞬間。
岩壁から黒い影が飛び出した。影はアクトを抱き抱えたまま、軽やかに足場を蹴り上がる。
そのまま地上へ登ってアクトを放り投げたその影は、目深に被った黒いフードの奥から鋭い瞳を覗かせた。
「助かった……けど、あんたその眼……!」
暗闇の中でも微かに光を反射する金色の瞳。
それは、紛れもなく夜眼のものだった。
「同胞が見つかったと思って来てみれば……
貴様、人間ではないか。紛らわしい匂いを撒き散らすな。」
少し高圧的な、青年と思われる声。
彼は不満げに呟くと、すぐに外套を翻して立ち去ろうとする。
「待ってくれ!妹を……リーリアを探してくれないか!?
あんたが言ってた匂いは、その子のものだ!頼む!!」
藁にもすがる思いで声を上げるアクト。
青年は立ち止まって振り返るが、アクトへ顔を近づけ、金色の瞳で鋭く睨みつけた。
「人間が……夜眼を“妹”だと?
どうせ、身体目当てに汚い金で買ったのだろう?」
「種族なんて関係ねえんだよ!大体……
俺がそんなに金持ってるように見えんのか!?」
青年はしばらく黙り込む。
やがて、アクトの全身を見渡すと、溜め息とともに口を開いた。
「まあ……たしかにな。詳しく話せ。」
アクトは自分たちのこれまでの境遇と、今起きていることを簡潔に話した。
全てを聞き終えた青年はフードを外し、何かを思い出すようにぽつりと呟いた。
「あの孤児院か……」
「あ?ババアのこと知ってんのか……?」
「いや……なんでもない。」
意味ありげに視線を落とす青年。
少し間を空け、彼は再びアクトを見据えて告げる。
「その話は真実のようだな……貴様からは嘘の匂いがせん。
我の名はジアド。地表にある、夜の国を統べる夜眼の王だ。」
「夜眼の王……!?」
アクトは驚きを隠せなかった。
それはリーリアがよく話していた“御伽話”に出てくる夜の国を統べる王。
そんな眉唾とも言える存在を、何の躊躇いもなく名乗る夜眼が目の前に立っている。
《あの御伽話が真実?そんなわけが……》
一瞬考え込んだアクトだが、それを振り払うように首を振った。
《いや……今はそれどころじゃねえ!》
「ジアド……お願いだ。リーリアを一緒に探してくれ!俺にはあいつが必要なんだ!!」
ジアドは少し考え込んだが、何かを察知してぴくりと耳を動かし、険しい顔でアクトに声をかけた。
「助けるなら、少し急いだ方がよさそうだな。
その匂いのする方角から、微かに悲鳴が聞こえた。」
「なんだと!?」
アクトが声を上げた瞬間、ジアドは彼を再び抱き抱えた。
「うお!?」
「少し我慢しろ。貴様の足では間に合わん。」
《おいおいおい!まじかよ……!?》
ジアドはアクトを抱えたまま、闇に沈む歓楽街へ向け、凄まじい速さで駆け抜けた。
◆◆◆
その頃──
歓楽街のさらに奥にある倉庫では、薄気味悪い笑みを浮かべるクリプトと、数人の男がリーリアを囲んでいた。
鉄板を繋ぎ合わせただけの簡素な倉庫だが、防音だけはしっかりと施されている。
「はっはー!いーい雌が手に入ったなぁ!」
クリプトの不快な高笑いが響く。
周囲の男たちも縛られたリーリアを品定めするように眺めていた。
「いやぁ、ずいぶん上玉じゃねえか。
変態の金持ちどもが涎垂らして寄ってくるぜぇ?」
首輪をはめられ、壁に鎖で繋がれ、手足を拘束されたリーリアが悲痛な声で叫ぶ。
「あんたたち何よ……!これ、解いて!!」
「いいねぇ!もっと叫んでみなぁ?
売り渡す前にじっくり可愛がってやるからよぉ!」
クリプトは嘲笑い、ゆっくりとリーリアに近寄ると、彼女の首元にナイフを添えて一気に服を引きちぎった。
「いやッ!!やだ!やめて……!!」
「はっはー!もっと鳴けよ!なぁ!?」
甲高い声が倉庫に響き、クリプトの汚い手がリーリアへと伸びた。
その時──
後方から響く、鈍い轟音が倉庫を揺らす。
その場の全員が思わず振り返った。
「ば、爆発!?」
「おい……なんだよあれ!」
振り返ると、鉄板に数本の鋭い爪のようなもの突き刺さっていた。
「つ、爪……?」
男の一人が恐る恐る近づいた瞬間──
ギリギリと鉄を裂く音が響き、鉄板が斬り裂かれていく。直後、亀裂に分厚い手が差し込まれ、大きく広げられた隙間から鋭い金色の瞳が覗き込んでいた。
顔を歪め、深い皺を刻む夜眼。
王たる風格を纏うジアドは、燃え上がる怒りを胸に倉庫へと足を踏み入れた。




