第2話 見つかる妹
アクトの視界を塞ぐように立つ金髪の男は、ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべていた。
ドアの上枠に頭がつきそうなほどの長身が相まって、無駄な威圧感を放っている。
「クリプト、てめえ……
もうすぐクールタイムだぞ?こんな時間に何の用だよ。」
「はっはー!景気はどうよ?
ちょっと小遣いが足りなくてよぉ。家賃の前借り頼むわぁ。」
クリプトと呼ばれた男は嫌味な笑みを張り付けたまま、アクトの肩を軽く叩いた。
「ああ!?今月の分は渡したじゃねえか!もうそんな金ねえよ!」
声を荒げるアクトに、クリプトの表情が一変する。眉を吊り上げた彼はアクトの銀髪を鷲掴みにし、顔をぐっと近づけた。
「おいおいおいおーい!俺に逆らうと……
この辺り一帯には住めなくなるぜぇ?ああ?」
クリプトは、この周辺を仕切るガイアードファミリーのボスの息子。地下空間拡張工事を牛耳る組織の影響は強く、こいつらに逆らえば仕事どころか住む場所すら危うい。
未登録の夜眼であるリーリアを隠しているアクトにとっては、それだけは絶対に避けなければならなかった。
「……わかった。いくらだ?」
「20万ディールでいいぜー?
ちょっと娼館に良い亜人の女が入ったらしくてよぉ。
これからたっぷり挨拶してこねえといけねんだよ。はは!」
《クソ野郎……俺のひと月分の稼ぎ以上じゃねえか……!!》
アクトは舌打ちしながら家の奥へ引っ込むと、折れ曲がった札束を握りしめてクリプトの元へ戻った。
「来月分は、これでチャラだからな!」
「はは!物分かりが良くて助かるぜぇ!じゃあ、またなー?」
不快な嘲笑を残し、クリプトは背を向けて歩き出す。だが、アクトがドアを閉めた瞬間、彼はぴたりと足を止めた。
クリプトはアクトの家を振り返り、不気味な笑みとともにいやらしく舌舐めずりをする。
「夕食は二人分、か……
男一人にしちゃあ、“良い匂い”がしやがるんだよなぁ。」
クールタイムが迫り、地下空間を照らす天蓋灯が消え始め、薄暗い夕闇に包まれる街並み。
暗闇の中、自立発電灯の薄明かりを灯す娼館街へ、クリプトの影は怪しく消えていった。
◆◆◆
静けさが戻ったアクトの家では、リーリアが自室からそっと顔を出していた。
「アクト兄……大丈夫?」
「ああ……端金を取られただけだ。気にすんな。」
「ねえ、私が働けばもっと……」
視線を落とし、小さく呟くリーリア。
その言葉に、アクトは鋭い視線を向けた。
「お前が働ける場所なんて、ゴロツキ専用の闇娼館くらいだ!
身体だけじゃねえ……心もぐちゃぐちゃにされたいのか!?」
「ごめん……なさい……」
リーリアは項垂れた。アクトを助けたい気持ちはあれど、未登録の夜眼である彼女にそれは叶わない。
仮に管理局へ出頭したところで自由を奪われ、繁殖施設送りか、金持ちの愛玩用にされるだけだ。
「お前は俺の……」
アクトが小さく呟く。
リーリアは、彼を見つめて聞き返した。
「なに……?」
「なんでもねえ!てかお前……
完全に明かりが消えるまでは、外をうろつくんじゃねえぞ!」
そう言い残したアクトは、リーリアを残して自室へ閉じこもった。
明日も仕事が待っている。未来のない、ただ使い潰されるだけの毎日。
「くっそ……!いつまでこんな……!!」
ベッドに転がり、腕で額を覆うアクト。
胸に込み上げる悔しさは自分の境遇なんかじゃない。リーリアを不自由にさせていることへの情けなさだった。
◆◆◆
やがて、緊急避難路の薄明かりだけになった、暗闇のクールタイムが始まる。
酒場や娼館も明かりを落とした地下空間は、目の前も見えないほどの闇に包まれ、異様な静けさだけが満ちていた。
「やっと、身体を動かせるー!」
リーリアは小さく声を漏らし、ぐっと背伸びをする。夜眼の瞳は闇の中でもくっきりと辺りを映してくれる。
さらに、強靭でしなやかな筋肉と肉球は衝撃を吸収し、どんな場所でも無音での移動を可能にした。
「さーてと。さくっと運動してくるぞぉ!」
次の瞬間──
岩壁を蹴ったリーリアは一気に跳躍する。
足場やレール、削り出された岩壁を縦横無尽に駆け回る姿は、人間とは一線を画していた。
「ふふ。やっぱり、身体を動かすのは楽しいなぁ。」
楽しげに笑いながら飛び回るリーリアだったが、あまり長く外にいるわけにもいかない。
そろそろ切り上げようと、降りた岩壁から家のある壁の上に向かって跳び上がった。
その時だった──
「バシュッ!」という発射音とともに、網状の何かがリーリアの身体に絡みついた。
彼女はそのまま岩壁へ叩きつけられ、頭を打ったのか、視界が弾けて意識が揺らぐ。朦朧とする中、聞き覚えのある嫌な声が響いた。
「はっはー!張ってた甲斐があったぜぇ!
さあて……売り飛ばす前に、可愛がってやらねえとなぁ?」
声の主はクリプト──
彼は、網に包まれて気絶したリーリアを抱え上げると、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、非常灯だけの薄暗い街の奥へと姿を消した。




