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第1話 少年と亜人

 無天歴4037年──

(西暦約6500年頃)


 薄暗い部屋の片隅には、一人の少年と、猫耳を畳んで俯く亜人の少女がいた。

 少女を庇うように立つ年配の女性が、冷や汗を浮かべ、慌ただしい様子で少年に声をかける。


 「アクト!リーリアを守っておくれ!」


 「は!?なんで俺が亜人なんか……!」


 「頼むよ!さあ、早くそこに隠れな……!!」


 勢いのままリーリアを押し付けられたアクトは、反論する暇もなく、女性の手で二人まとめて床下へと押し込まれた。


 「おい!?出せよ!おい──!」


 アクトの声をかき消すように「ドカドカ」と荒々しい足音が床を軋ませると、続けて高圧的な男の怒号が床下まで響き渡った。


 「おとなしくしろ!亜人管理法に基づき、貴様らを連行する!」


 《なっ!?亜人管理局の奴らがなんで……

  まさか……あのババアが匿ってたのは未登録の亜人か!!》


 アクトは息を呑み、押し付けられたリーリアを睨んだ。


 《こんなの見られたら、俺もヤバい……!》


 その時、ふわりと風が頰を撫でた。

 床下の隙間から吹き込む微かな空気の流れ。


 《外に繋がってる!?》


 アクトはその風を頼りに這い進む。

 すると背後から、消え入りそうな声がした。


 「一人にしないで……!」


 アクトは振り返るが、すぐに顔を逸らす。

 だが、無視して進もうとした彼の裾をリーリアが掴み、怯えた瞳で必死に睨み返してくる。


 「私、大きな声出すよ!?」


 「……っ!!」


 アクトは眉間に皺を寄せて躊躇うが、すぐに舌打ちしながら小声で言い放った。


 「くっそ……!ついてこい!」


 リーリアは深く頷き、彼の後に続いた。

 頭上で繰り広げられる怒号と物音を背に、二人は必死で外へ向かって這い続けた。


 ◆◆◆


 ──8年後。


 18歳になったアクトは、燻んだ紺色の作業服に身を包み、日の当たらない地下の岩肌を睨んでいた。

 傷んだ銀髪は埃にまみれ、鋭い視線を飛ばす淡蒼の瞳には疲れと苛立ちが滲んでいる。


 「はぁ……いつになったら終わんだよ。

  重労働のくせに、給料安すぎんだろ。くそったれが。」


 砂を蹴りながらぼやく少年の背後から、野太い声が飛んできた。


 「おらぁ!アクト、てめえ……

  さぼってねえで掘削作業手伝ってこいやぁ!!」


 「わーったよぉ!ったく、うるせえなぁ……」


 アクトは文句を言いながら安全ロープをベルトに繋ぎ、深い谷のように削られた岩壁から大穴を覗き込む──

 そこには、無数の足場とレールが蜘蛛の巣のように張り巡らされた建設途中の“街”が広がっていた。その至る所では、猫のような耳と金色の瞳を持つ、逞しい身体つきの亜人たちが働かされている。


 「おーい、夜眼どもぉ!そろそろ休憩だぁ!

 30分以内に飯やら済ませて現場に戻れよぉ!」


 夜眼(ヤガン)と呼ばれる彼らは、いつから現れたのかもわからない亜人種。

 セルトラルの亜人管理局によって奴隷として扱われ、管理ナンバーを肩口に刻まれたうえで、交配から殺傷まで厳しく頭数管理されていた。


 アクトはその日の仕事を終え、薄暗い荒んだ帰路を歩く。

 汚い酒場、奴隷斡旋所、亜人の娼館。そんなくだらないものしかない僻地であるここは、地下空間拡張のためだけに存在するド底辺の街だ。


 「こんな場所で、俺の一生は終わるんだな……」


 遥か昔、地表は異常気象による熱波で死の大地と化し、人類はこぞって地下へ逃げた。

 かつて山や海と呼ばれた僻地に逃げた者もいたらしいが、結局は地下に逃げ延びた人間以外は絶滅したと言われている。


 「地表かぁ……出た瞬間、熱波?だっけ。

  やべえ暑さで干からびて死ぬらしいけど、それもいいかもなぁ。」


 くだらない独り言を漏らしながら家に着いたアクト。

 溜め息をつき項垂れながら扉を開けると、元気な声とともに少女が抱きついてきた。


 「アクト兄!おかえり!」


 「リーリア!?バカヤロウ!

  デイタイムは外に出るんじゃねえ!!」


 アクトは慌てて彼女を中へ押し込み、声を荒げて怒鳴りつける。


 「誰かに見られたらどうすんだ!?

  クールタイム以外は中にいろっつってんだろ!」


 「ええー?つまんないよぉ!

  クールタイムになるとアクト兄、寝ちゃうじゃん!」


 「俺は働いてんだぞ……しょうがねえだろ!ボケ!」


 そうやって怒鳴りながらも、アクトは必ずリーリアの作った夕食を二人で囲む。

 デイタイムとは朝から夕方までの時間。クールタイムは、地下都市を支える超巨大ソーラーパネルやその供給網の機材を休ませる時間で、要は地下都市における“夜”だ。


 リーリアには猫耳があり、髪は赤茶で瞳は鮮やかな金色。そう、彼女は夜眼だ。

 しかも未登録の夜眼であり、管理ナンバーが刻印されていない。管理局に見つかれば殺処分か、よくて繁殖施設行き。さらに裏では高値で売買され、デイタイムに外へ出るのは危険極まりない。


 「ねえねえ、アクト兄。地表にはさ……

  夜眼の国があるって噂、ほんとかなぁ?」


 「んなもんあるわけねえだろ。

  起きたまま寝ぼけんな。皿洗ってこい。」


 「ええー?ひっどいなぁ。

  浪漫ってものがないね、アクト兄は!」


 不貞腐れながら食器を片付けるリーリアは、よくその御伽噺を口にした。

 地表にあるという夜眼だけの夜の王国──

 そんな与太話を相手にする気のないアクトは、深呼吸をするとくしゃくしゃに曲がったタバコに火をつける。


 その瞬間──

 不躾にドアを叩く音が響いた。


 「おーい、アクトくーん。

  いるんでしょー?ちょっと話しよっかー?」


 男にしては甲高く嫌味な声。

 その声を聞いたリーリアは怯えて耳を畳み、アクトは手で払って自室へ隠れるよう促した。


 「うるせえ!今開けるから静かにしろ!」


 アクトが勢いよくドアを開けると、そこには金髪を掻き上げてアクトを見下ろす長身の男が立っていた。



多くの作品の中から本作を読んでくださり、誠にありがとうございます。

ご感想などいただければ、今後の参考にさせていただきます。


【更新について】

できるだけ毎日(午前11時頃)更新するつもりです。

お手隙の時間に楽しみいただければ幸いです。

※都合により前後したり、更新できない場合があります。


【AIの補助的利用について】

物語の構想や設定、登場人物やアイデア、各エピソードごとの仮原稿を含む全てにおいてAIの関与は一切ありません。

完全オリジナルの仮原稿を自作したのちに、語彙の補完や誤字脱字のチェックを目的としてのみAIを利用しています。


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