第24話 降り立つ下層のボス
異様な気配を放つ男の名は、ドルダート・イグニス。230センチの身長と硬い筋肉に覆われた身体。片目が夜眼のような金色をしており、およそ人間らしからぬその風貌は見る者を怯えさせる。
そして、その隣に立つのはドルダートの秘書を務めるブレンダ・オータム。スラリと伸びる長い手足とその美貌は、すれ違う男を否応なしに振り向かせるほどだった。
「ひとまずガイアードの話は置いといて……
なあ、ブレンダ。そこにいるゴミはなんだ?」
ブレンダの言葉で機嫌を直したはずのドルダート。しかし、その表情は一変した。
凍てつくような鋭い視線を向けた先には、一人の男が膝をつかされてガタガタと震えている。
「こちらは繁殖場の責任者なのですが、どうやら夜眼の雌を一匹逃してしまったようで……
逃げたのは未登録ですし、亜人管理局に見つかると少々“余分な費用”がかかるかもしれません。」
ブレンダが淡々と語るにつれ、男の顔から血の気が引いていく。
ドルダートは眉間に皺を寄せ、男を睨みつけたまま深い溜め息をついた。
「はあ……あのカスどもにまた借りができちまうじゃねえか。
未登録の夜眼の雌がいったいいくらすると思ってんだ?ああ!?」
「も、申し訳ありません……!!
すす、すぐに見つけますからどうか……!!」
ドルダートは大きく足を組み、二本の指でこめかみを軽く叩きながらブレンダに告げた。
「使えねえ頭はさっさと変えちまえ。
探し出した奴に責任者やらせるってファミリーの奴らに伝えろ。」
「承知しました。」
「そ、そんな……!待ってくだ──」
その瞬間──
男の頭は、スルリと首から滑り落ちる。
横に立つブレンダの手には鋭利に光る刀が握られ、その刀身は薄っすらと赤く染まっていた。
「ぬははは。相変わらずいい腕だな。
刀なんて変わったもん使うのは、地下世界でお前くらいじゃないのか?」
ドルダートは再びご機嫌な様子で笑った。
ブレンダは刀の血を払って鞘に納めると、胸に手を当てて頭を下げる。
「恐縮です。では、私は皆にドルダート様の命を伝令して参ります。」
「おお、頼んだぞ。」
ブレンダはカツカツとヒールの音を響かせながら、ドルダートの元を後にした。
その姿を見送ったドルダートはゆっくりと立ち上がり、興奮を抑えきれず拳を握りしめた。
「待ってろよ、白銀の夜眼。このドルダート様がきっちり躾けてやるからよお。ぬははは。」
不敵な笑みを浮かべるドルダート。
その声には、純然たる興奮とともに底知れぬ野心を孕んでいた。
◆◆◆
その頃──
アクトはマーガレットに最低限の護身として、近接格闘の手ほどきを受けていた。
何年もかけて訓練されたマーガレットは、夜眼の能力を抜きにしても驚くほど強い。また、洗練されたその動きは人間に近いことからも、今のアクトにはうってつけの師だった。
「ほらほらー。そんなんじゃ大好きなリーリアを守れないわよーん?」
「わ、分かってるよ!てか大好きってなんだよ!そんなんじゃねえっつの!」
アクトは汗を垂らしながら、顔を真っ赤にして声を上げる。
そんな様子を見てマーガレットはニヤつきながらも、アクトの打撃を華麗に捌いていた。
「マーガレットさん、そろそろ休憩にしない?」
リーリアはそう言って地下室の奥へ行くと、飲み物を用意して戻ってきた。
少しでも何か手伝いができないかと、密かに店の従業員から教えて貰っていたのだ。
「はい!二人ともどうぞ!」
「やだあーん!おいしそうにできてるじゃなーい!
リーリアは超かわいいし、お店に出たらアイドルになっちゃうわねえ!」
奇妙に身体を揺らしながら、リーリアの頭を撫でるマーガレット。
それを聞いたアクトは机を叩き、声を荒くして彼に詰め寄った。
「リーリアにおっさんどもの相手なんてさせねえからな!」
「んもお……冗談じゃないのよお……」
マーガレットは呆れた顔で両手を上げる。
それを見たリーリアも、呆れた様子でアクトに落ち着くよう促した。
「アクト兄は怒りすぎ!仲良くしてね!」
そう言いながら、リーリアは店の裏で洗い物くらいはできないかと地下室の階段を上がっていく。
ジアドも奥の部屋で休憩していて二人になったこともあり、マーガレットはアクトに出会った頃から疑問に思っていたことを口にした。
「ねえ、アクトのことはもう疑ってないんだけど……
なんで、人間のあんたがそこまでリーリアを大事にするの?」
「な、なんだよ急に……」
突然の質問に、アクトは戸惑った。
しかし、マーガレットはどうしても気になっていた。人間が自分の生活を犠牲にしてまで、夜眼を守る理由に興味があったからだ。
「だって、こんな危険を冒してまであの子を守る必要ある?
いくら恩人に頼まれたからって、そこまでするのはなんでなの?」
アクトはしばらく黙り込む。
やがて意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……拾われるまでずっと一人だった。
本当は、逃げる時もあいつを見捨てようとしたんだぜ?
でもさ、置いてったら叫ぶぞってあいつに脅されたんだよ。はは、やべえだろ?」
アクトは逃げた日のことを思い出しながら、苦笑いを浮かべた。
それを聞いたマーガレットも目を細め、口元を押さえながら笑みをこぼす。
「うふふふ。リーリアらしいわねえ。」
「最初は鬱陶しいって思ってたんだ。けどよ……
一緒にいるうちに、妹がいるのも悪くねえなって……そう思ってよ……
なんか、そうしてるうちにあいつがいねえ生活は考えられなくなったんだよ。」
そう話しながら優しい笑みを浮かべるアクト。
その姿を見たマーガレットは、子を慈しむ母のようにアクトを見つめた。
「リーリア、ものすっごくかわいいしねえー?」
「だから!そんなんじゃねえって言ってんだろ!?」
「やーん。赤くなってるわよー?」
「……ちっ!」
アクトは赤らんだ顔を隠すように顔を背ける。
そこへ、手伝いを終えて戻ってきたリーリアが不思議そうに声をかけた。
「どうしたのー?なんか楽しそう!」
「な、なんでもねえよ!」
アクトの様子に首を傾げるリーリア。
それを見たマーガレットは、クスクスと肩を震わせた。
それから二日後──
ついに、イグニスファミリーの幹部数名が最下層へと足を踏み入れた。
そこには、興奮覚めやらぬドルダートと、淡々とそばに仕えるブレンダの姿があった。




