第23話 下層を仕切る大男
マーガレットの店で話し込んだ翌日、ベルは早速、ルシウスを経由してイグニスファミリーへ話を持ちかけた。
白銀の夜眼の情報はやはり魅力的だったようで、イグニスファミリーのボスはすぐさまこの話に飛びついた。
──ガタガタガタッ!──
マーガレットの店の地下室で、机の上に置かれた携帯端末が音を立てて震え出す。
それは、ベルからこの場の全員に渡された連絡用の端末だった。
「むっ……うるさいぞ……」
「いや、ベルからじゃねえか……!早く出ろよ!」
アクトに促されても、ジアドは眉間に皺を寄せて電話に出ようとしない。
「こういうものは好かんのだが……」
「ジアド、早く早く!」
リーリアに急かされたジアドは仕方なく端末を手に取ると、面倒くさそうに画面を叩く。
そもそも手が大きく爪の長いジアドにとっては、扱いづらいことこの上ないようだ。
「こんな高級品貰ったのに置きっぱなしかよ……
つーか、今まではどうやって連絡取ってたんだ……?」
「我らは音や匂いで大体伝わるからな。人間の連絡手段は面倒で困る……」
地下世界の、しかも最下層で携帯端末なんて持っているのは、それこそファミリーに所属している奴らくらいだ。
操作のおぼつかないジアドに代わって仕方なくアクトが端末を取り上げ、スピーカーにして話を聞くことにした。
『おい、聞こえてるか?これからよく使うことになるから慣れておいてくれよ?』
ベルの声が端末から響く。
どういう仕組みかは分からないが、ロストテクノロジーといわれている昔の技術の名残を利用しているらしい。
宙に浮いてる、見えないほど微細なナノマシンとかいう機械がどうとか──正直聞いてもよく分からない。
「こんなはっきり聞こえんだな……すげえ。」
『ははは。便利だろう?送受信の端末自体は我々でも作れるが、根本的な仕組みは今じゃ再現できないらしいぞ。』
「へえ……地表にまだ人間が住んでた頃の技術だっけか?
今までだったら、そんなもん信じられなかったけどな……」
昔は地表に人間が溢れていたという歴史は、もはやこの世界では御伽噺のようなものだ。
しかし、夜眼の国があると分かった以上、それも本当なのかもしれないとアクトは思い始めていた。
『話が逸れたな。イグニスファミリーの件なんだが、こちらの思惑通りに釣れたぞ。
街の端にある倉庫を買い取った。そこでジアドのお披露目をして、のこのこやってきたイグニスのボスと幹部たちをその場で潰す。』
「そうか。せいぜい暴れてやるとしよう。」
「やだーん。緊張しちゃーう!」
不敵に笑うジアドと、楽しげに身体を揺らすマーガレット。アクトの脈も跳ね上がる。
ジアドの実力はもちろんだが、ベルやマーガレットが本気で戦う姿を見られるかもしれない。アクトの胸にはそんな期待と好奇心が膨らんでいた。
「そりゃすげえ……!でも、その間俺たちはどうすればいい?
まさか、そんなとこにリーリアを連れて行くわけには行かねえよな?」
確かにそこは、ファミリー同士がぶつかり合うかもしれない危険の真っ只中だ。
そんなところにリーリアを連れていくのは気が引けるが、ここに二人だけで残るのも不安がある。
『ああ。それなんだが……
アクトはあたしの部下として、リーリアは所有夜眼として連れていく。
イグニスファミリーを招き入れる時に、お前たちが手元から離れるのは危険だからな。』
アクトはほっとしたような、しかし胸がざわつくような、不思議な気持ちになった。
まさか一大ファミリー同士が邂逅する現場に、自分が居合わせることになるとは思ってもみなかった。
「あ、ああ。それしかねえか……」
「ちょっと怖いけど、アクト兄が守ってくれるでしょ?」
不安げなアクトを見て、リーリアが微笑んだ。そこには確かな信頼と同時に、アクトへの気遣いもみてとれる。
守るはずのリーリアにそんな気を遣わせている自分に、アクトは改めて苛立ちを覚えた。
『ははは。リーリアのが肝が据わってるな。
今回はリーリアのそばについていることがお前の仕事だ。あとのことはあたしたちに任せておけ。』
ベルの力強い言葉は、アクトの胸に頼もしく響いた。
そしてそれは、今自分にできることを精一杯やれという後押しにも感じられた。
「分かった。あんたたちがやり合ってる間、俺はリーリアから離れねえ。」
「ふふ。頼りにしてるよ、アクト兄。」
その様子を見ていたジアドとマーガレットは、互いに顔を見合わせた。
そこには、ほんの短い間に見せるアクトの成長を、どこか誇らしげに思う二人がいた。
◆◆◆
一方、ここは下層──
アクトたちのいる最下層とは異なり、中央に位置する大都市を取り囲むように小さな街や集落が配置されている。
中心にある大都市には層を代表するファミリーの名が付けられ、そこは現在イグナディアと呼ばれていた。
そして今──
イグナディアにあるイグニスファミリーの屋敷では、浮き足立つボスの姿があった。
「ぬははは。ガイアードの奴ら、白銀の夜眼を見つけたからって調子に乗りやがって。
このドルダート様に、遥々最下層まで来いとはいい度胸だよなあ……!リオネット!?」
高笑いをしていても、そこに滲む憤りが透けて見える。
大仰に飾りつけられた広間には、赤茶の古木に金細工の施された、無駄に豪奢な椅子に座る大男の姿があった。
「ドルダート様。長年お探しの夜眼でございますので、どうか気をお鎮めください。
事実確認ができ次第、僻地の物知らずどもを叩きのめせばよいだけのことでございます。」
澄んだ声で男を諌め、隣に立つ女。
金糸の髪をなびかせ、黒服に身を包む姿は、どこか威厳を感じさせる。
「ぬはははは。まあ、それもそうだな!」
豪快に笑う、獣人顔負けの大男。
金髪の坊主頭に刺青の施された威圧的な風貌は、荒々しくも唯ならぬ気配を漂わせていた。




