第22話 打倒イグニス
ベルはどうやら、この部屋の上に建つ店側から入ってきたらしい。
亜人好きのベルにとって、夜眼たちから慕われるマーガレットは良き理解者であり協力者だった。
「ははは。驚かせたか?ん……なんだ……
肝心のジアドが全く動じていないじゃないか。つまらんな。」
豪快に笑ったかと思えば、無反応のジアドを見てベルは顔を顰めた。
彼女はどうやら、ジアドのことを相当気に入っているらしく、彼との再会を心待ちにしていたようだ。
「ふんっ。足音と匂いで分かっていたぞ。」
そう言って鼻息を鳴らすジアドだが、彼もまたベルの来訪を密かに喜んでいるように見えた。
「あらあ!レディに対して“匂う”とか言っちゃダメじゃなーい!
ジアドったら、ほんっとにデリカシーないんだからー!気をつけなさーい!?」
大袈裟に茶化すマーガレットにベルは再び顔を緩めた。
次に、彼女はアクトとリーリアに向き直ると、まるで姉が弟や妹に向けるような優しい笑みを浮かべる。
「二人とも元気だったか?まあ、そんなに時間は経っていないがな。」
「あ、ああ。色々びっくりすることばっかであんま頭がついていけてねえけどな……」
「わ、私も……まだ夢見てるみたい……」
そんな二人の様子を、ベルは腰に手を当てて笑い飛ばした。
その豪快さは力強く、誰の心も掴んでしまいそうな魅力に溢れていた。
「はははは。これからもっと驚くことになるんだ。今のうちに慣れておけよ?」
「そ、そうだな。」
「うん……頑張る……」
二人はそう答えながら苦笑した。ベルが来たということは、本格的に下層を攻める話が進むだろう。
そんな重大な話の真っ只中に自分たちがいることが、未だに実感が湧かないままだ。
「でもー、どうやって下層を手に入れるのー?下層だと……
イグニスファミリーでしょお?あの人たち陰険で嫌いなのよねえ……」
下層は最下層が造られ始めてから治安が徐々に悪化し、現在では最も夜眼が虐げられていると言っても過言じゃない。
最下層は確かに最底辺だが、それは人間も含めた話で、夜眼の扱いに関してだけは下層に比べればかなりマシといえる。
「夜眼の扱いも、イグニスが牛耳るようになってから特に悪化した……
もしジアドたちと出会っていなくても、近いうちにあたしが潰すつもりだった。」
ベルは固く拳を握った。違法薬物の人体実験や女夜眼の性奴隷化など、下層のやり口は日に日に悪化の一途を辿っている。
それどころか、独自の繁殖施設で未登録夜眼を生産しているなんて噂もあるくらいだ。
「下層の話なら俺も聞いたことあるけどよ……なんであいつら捕まらねえんだ?」
アクトの純朴な問いにベルは呆れた様子で眉を寄せた。
いくら負けん気が強くても、やはりまだまだ世間知らずなのは否めない。
「当然金だ。あとは、男女問わず見た目の良い夜眼を当てがうとかな。
マーガレットの話は聞いただろ?それを亜人管理局の一部のお偉いさん相手にやってるのさ。」
アクトは顔を歪めた。結局はどの人間も変わらず、薄汚い欲望を優先するクズばかりだ。
夜眼であるリーリアを何よりも大切にするアクトは、そんな人間の醜さに胸を掻き乱された。
「うふふふ。そんな風に怒るのは、ベルとアクトくらいよー?
あんたたちみたいな人間がいることがせめてもの救いねえ。ジアドもそう思うでしょーん?」
マーガレットが微笑むと、ジアドも深く頷いた。
これまで散々虐げられてきた夜眼たちを救う一筋の光が、アクトとリーリアの絆に秘められている。そんな感覚がジアドには芽生えていた。
「近いうちに、イグニスファミリーを最下層に誘き出そうと思う。
あたしが取り込んだ血と同じ、“白銀の夜眼が見つかった”と言ってな。」
ベルの提案に、ジアドはピクリと耳を動かした。
一瞬ジアドを見たアクトは、身を乗り出してベルに詰め寄る。
「それはジアドをエサにするってことか!?」
ジアドの力は十分知っているが、相手は下層を仕切る一大ファミリーだ。いくらなんでもタダで済むはずがない。
それに、敵対勢力であるファミリーの下へのこのこ現れるかも疑問が残る。
「構わんぞ。面白そうではないか。
当然、我が全員叩きのめしても構わんのだろう?」
ジアドは不敵に笑い、太い指の骨をポキポキと鳴らす。
楽しげなジアドの姿を見たベルは、当然だと言わんばかりに握った拳を掲げて言った。
「ははは。もちろんだ!あたしの力を知っている奴らは、“白銀の夜眼”と聞けば必ず来る。そこで奴らを完膚なきまでに叩き潰すぞ。」
盛り上がる二人を前に、立ち上がったマーガレットも鋭い眼光を宿す。
久しぶりに暴れられる予感に胸を躍らせる姿は、普段の陽気さからは想像できない戦士の気配を纏っていた。
「ふふふふ。ひっさしぶりに暴れられるわーん。腕が鳴っちゃうわねえ……」
三人が放つ異様な気配にアクトとリーリアは息を呑んだ。
この地下室には今、地下世界を揺るがしかねない最強クラスの三人が集っている。
《とんでもねえことになったな……でも……
この三人なら本当に地下世界をどうにかしちまいそうだ……!》
アクトは、踊るような脈を確かめるように胸に手を当てた。握った拳は興奮で震える。
アクトとリーリアの地表到達に向け、三人は早速、打倒イグニスファミリーへと動き出した。




